狂狼の群れ
「リアーナは無事だろうか……………。」
南部辺境伯邸のリビングにて私、ヴァイス・セレスはソファに座って少女とボードゲームに興じていた。
私は合同演習初日、自領の騎士団の出番が終わった後ですぐに帰路についていた。この領地は内陸、つまり私は艦隊など保有していない。必然的に二日目の観艦式への参加は無意味となる。
タスマニア南部辺境領としては、王や他の貴族への挨拶回り、顔繋ぎを初日で終わらせたら目的のほとんどは達成したようなものだ。
問題なのは私設艦隊をお披露目する娘の方である。
(とはいえあの子たちは私なぞよりやほどよくやる。心配するだけ無駄か。)
そんなことを考えながら盤面に目を落とすと、すでに自分のキングはチェックの状態になっていた。
「チェック………です、おじいさま…………。」
「早いな…………ルー。君がこんなにボードゲームが得意だとは思いもよらなかったぞ。」
狼のような耳を生やした少女――――ルー・セレス。
リアーナの養女となった娘。
「あ、はは………マリアママに鍛えられましたから…………。」
苦笑する様もえらく愛らしい少女は、なるほどたしかに何度か対局したマリアに打ち筋が似ている気がする。
とはいえ
「まだ、精進が必要なようだな。チェックメイト。」
「………………あぅ。」
あの子ならこちらの誘いに乗って安易にチェックなどしなかっただろうが。
これで詰み、投了だ。
―――――――――そのころ、ブリタニア近海
「補給が完了しました、いつでも発艦できます。」
改ワスプ級強襲揚陸艦三番艦「ブーゲンヴィル」、その甲板では俺たちの乗ったUH60が羽を休めていた。
航続距離から考えると目的地まで多少の余裕はあるが、それでも万全を期すに越したことはない、ヘリだけでなく俺達自身も艦内の食堂で軽食を取り、装備の点検を終わらせていた。
「最終確認だ、今回の目的はブリタニア王城の制圧及び全王族、そしてできうる限りの貴族の確保。王侯貴族どもはボディカウントだ、少しでも捕縛にリスクがあると感じたら迷わず撃ち殺せ。」
今回は敵国首脳部を完璧に殲滅することで戦闘終結を狙う
当然、王位継承権のあるやつが残っているとそいつを旗印にして反攻をかけられるリスクや、指揮系統がそいつに移って斬首作戦の意味がなくなることも考えられるため一人も残さず無力化する必要がある。
「むろん、王族の中には女、子供も含まれる。それらは戦闘訓練も受けていない文民だ。
それを理解した上で、作戦を降りると言うならここで申し出ろ。ここを越えたら…………………後戻りできなくなるからな。」
前世、俺が何度もやってきた事
少年兵を殺すのも、要人を“うっかり““事故で“射殺するのも。
当然、こいつらもそういった人の道を踏み外す覚悟はしているだろう。
だが、それでも、その一線を越えてほしくなかったんだ。それだけは、嫌だったんだよ。こちら側は、本物の地獄だから。
倫理も国際法も無いダーティーな戦争に足を踏み入れる人間は―――――俺みたいなヤツは――――――少ないほうが良いに決まってるだろう?
そんな自嘲気味な思いは、しかし
「今更ですよ。本当に、今更だ。我々だって既に何人も殺している。」
そんな声にぶったぎられて、霧散する。
「国を、家族を守ろうとする若者たちを散々殺してきた。仕事として、自分達が生きるために。
我々の国土を、家族を害する意思をもって侵略を命を下した白豚どもを処分するのに、何の躊躇いがありましょうか。」
頭のネジが飛んだ人間特有の雰囲気を纏わせて
決然と。
見渡してみても否やは無い、これはこの場にいる人間の総意だ。
あぁ
………………素晴らしい。最高だ。
「……………諸君の覚悟は理解した。
とはいえひとつだけ訂正しておこう。今お前は貴族の命が兵の命に劣るような事を言ったが、命は平等だ。
だから、我々は兵も王も平等に殺し尽くす。」
口の端が持ち上がる
彼等は俺の予想を遥かに越えて育ってくれた。望んで、覚悟を持ってこちら側に踏み込んで来てくれるほどに。
なら俺ももう迷わない。こちらに来る直前、テロリストから少女を庇ったときのように、躊躇い無く
前へ。
「我々は秩序の代弁者、愚かな争いを鉄槌でもって粉砕し、世界を調停する無敵の軍団。
諸君、人様の国に土足で上がり込む無礼者に、平和の素晴らしさを教え込んでやろう。」
ヘリに乗り込み、戦場へ
悪因悪果、戦争を引き起こす愚か者にはそれ相応の報いを受けてもらおうじゃないですか。
ねぇ――――――アルトリア陛下?