番犬たちのエスコート
ふぅ………落ち着いた。
つづいてやるのは護衛戦闘の展示、オルトロスの主任務だけあって期待は高まる。
実況、解説はもちろん
「おねぇ、ちゃん。がんば。」
「ですよねー。」
俺、だよなぁ。
つか俺以外で詳しいやつがこの場にいないしな。
マリアは下手したら俺以上に詳しいが………それでもやりたがらないだろうし…………。
護られる役になるのはドレス姿のオルトロスオペレーター。
観客たちが見守る中で背後の隊員に服の腰辺りを捕まれながら歩いている。
「今、ドレスの彼女が服を捕まれているのは有事の際に護衛が即座に彼女を引き倒し伏せさせるためです、また、周囲を固める護衛は常に周りに気を配り、離れた場所に居る別動隊と連携を取りつつ任務を遂行します。」
飛行船のスピーカーから俺の説明が響く
我ながらよく通る声だ、聞き惚れちまうぜ。
………っと
そろそろか。
「今回の標的役が到着しました。右手をご覧ください。」
エンジン音を響かせて、装甲を施された大型トラックの車列が演習場に入り込む
ピリッ、とした空気が場を包み、護衛部隊のP90を握る手に力を込める。
トラックに載せられたコンテナから出てきたのは――――――――
「森で捕獲したオークのみなさんです、今回の襲撃者役として来ていただきました!」
大きなどよめきが起り、どうやったのだやら生け捕りにしたのか!?やらの声が聞こえてくる。
そいつは、乱杭葉に縦長の瞳、引き締まった隆々の肉体の…………人形モンスターども。
俺はそいつらを哄笑をあげながら紹介する
オーク
人類の怨敵
二から三メートルにも達する巨躯に武器を使う知性を備えたモンスターだ。
ヘリから彼らの集落に麻酔ガス弾をぶちこみ眠らせ捕獲、運搬
装甲用の圧延鋼でできたコンテナは彼らと言えど破れるわけもなく、脱出できずにここまで運ばれてきたわけだ。
「ゴギャッ!グギャアアッ!」
ひときわ大きな、三メートルクラスの個体の叫びに合わせて12頭のオークが戦斧を振りかぶり突撃する。
自分達を連れてきた軍用の装甲トラックには歯が立たないことがわかっているのだろう、目指すのは目の前に居る女の集団……………。
だが、甘い。
彼女らは精鋭の兵士、オークを認識した瞬間ドレスの隊員は腰を引かれ倒れ伏し、エスコート役はその背中に覆い被さる。
周囲を固めていたそれ以外のオペレーターは即座にP90から威力貫通力に優れるスカーに切換え、お手本のようなコスタ撃ちでオークたちにライフル弾を浴びせ、次々と射殺していく。
被我の距離は100メートルほど
うん、あいつらが外すわけねー距離だ。
勝負は一瞬、オークたちは眉間や胸に6.8㎜スチールコアを食らって即座に全滅させられた。
滑り込むように演習場に侵入してきたヴァランクスに護衛対象を叩き入れると、オペレーターたちもすぐに車に乗り込み、撤収した。
「えー、このように、緊急時には護衛対象を伏せさせ隊員が壁となって、脅威を排除、撤退します。これで我が軍の要人警護の基本的な動きは理解して頂けたと思われます。続きまして…………」
そうして俺たちは粛々と次の演目に入る。
現代軍隊の本領はここからだ、よぉく見ておけ中世
お前らの知らない“戦争“をやってやる
「エイブラムス戦車部隊とF35戦闘機による機動戦闘および近接航空支援の展示です。みなさまごゆっくりお楽しみください。」
エアランド・バトルというにはちと足りないが
それでも充分
しかも明日の観艦式ではちょうどいい実弾演習の的が到着する予定だしな。
誇りも、尊厳も、一切なく
ただただ効率的に殺す
その極致を見せてやる。
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アンたちがオークを的とした演習を終わらせた時、観覧席ではざわめきが起きていた
「オークを一瞬で…………。」
「騎士ですら手こずるのだぞっ!ありえん!」
貴族たちは自身の騎士団を遥かに越える圧倒的な戦力を、たかだか15の令嬢が保有すると言う事実を受け入れられずに居た
その中で―――――
「やはり、あれは驚異だな。矢より使いやすく、クロスボウより連射が利き、威力も高い。」
「はっ、殿下。その上かの者は躊躇いなく人を撃てます…………新兵は普通、最初の殺人で躊躇………いえ、熟練の騎士ですら人形のものを殺したときは病む者が後をたたないと言うのに……………。」
第2王子と騎士団長子息
以前リアーナと絡んだ二人は比較的冷静に分析ができていた
「なによりも恐ろしいのはその心性……………殺す事への忌避の無さか。いったいどうやっている………?」
スリムで形の良い顎に手を当てて思い悩む王子
リアーナと出会った時から格段に成長した彼は彼女たちの――――現代兵士の“真の恐ろしさ“に気づいていた
「やはり、慣れかと。それに…………あれだと殺す時肉の感覚を感じません。自覚なしに、的を射る感覚で殺せるのでは。」
優秀だ、
この場にリアーナが居たらそう褒め称えただろう。
兵士と言うものは死ぬことより殺すことを恐れる
第2次世界大戦では兵士の80パーセントが敵に向かって撃てなかったなどという話もあるほどだ。
そこで、現代軍隊は兵士の発砲率を上げるシステムを構築した
その根幹は慣れと、暗示と、集団心理、そして合理化である。
人形の的を撃たせスコアが高いものに褒美を、低いものに罰を与えることで人形のものを撃つことは良いことと暗示をかけ、かつ慣れさせる。
その上で仲間と共に殺させることで集団心理による正当化を行ない、殺害後は「正当防衛だった」「相手は敵だった、人間ではなかった」と合理化することでストレスをうまくコントロールする。
無論リアーナの軍もそのメソッドにより兵士の発砲率を極限まで上げている。
さすがにここまでの具体的な方法論は理解していないにせよ、王子と騎士団長子息は彼らの“殺人への躊躇いの無さ“の恐ろしさ、そしてそうなるに至った大まかな筋道を見通していた。
思えば、まだ10になるかという子供の頃から片鱗は有ったのだ。なにせ、王子は見た目の可憐さに惑わされること無くリアーナの人格………悪辣さと傲岸さを初見で見抜いていたのだから。
そして騎士となった青年も、そんな王子に忠誠を誓い、タスマニアに数々の被害をもたらし、これからも災禍を振り撒き続けるだろう悪女に噛みついたのだから。
この二人の間違いはそれを本人に直接ぶつけたことのみである。
「これを応用すれば、あるいは…………。」
タスマニア王国第2王子と、近衛騎士団長子息
彼らの路はこれから始まる