獣人
川に到着しました。
向こう岸には緑に覆われた崖が、俺たちの居る川岸には青々とした森が繁っている。
「リアーナ司令。周辺警戒お願いします。」
「OK。」
脇を締めてHKを体に引き寄せ、銃口を下に向けて持つ。
左手はハンドガードを握りこんで敵が現れた瞬間にコスタ撃ちに移行できる。
「何分くらいで済む?」
「五分ほどで終わります。ここの他にも患者の便からもサンプルを採取しているはずです。」
防疫部のやつが川の近くにかがみこんで、寒天が入ったシャーレを取り出しながら答えてくる。
あれで培養すんのか。
「症状から見ればほぼ確実にコレラですが、今は経口補水液により脱水症状を押さえつつ様子を見た方がいいですね。コレラだと確定したらそれに有効なテトラサイクリン系抗生物質を投与開始します。」
なるほどわからん。
そのあと説明されて、とにかく今は検査して病気がなにかを調べる必要があるらしいことは何となくわかった。
なにもわかってないやつの台詞?
うるせぇ事実でも言っていいことと悪いことがあるぞこのやろう。
って、話してたら五分だよ。サンプルも採取できたみたいだし帰るか
………っ。
「動くな。お前ら。」
立ち上がろうとする同行者二人をもう一度伏せさせて、HKを構える。
森の方からかすかに音が聞こえた。
肌に風は感じない……………つまりはなにか生き物がたてた音だ。
サイトを覗いて、息をゆっくりと吐く。
心拍、呼吸ともにフラット。
「誰だ!出てこい!」
呼び掛けてみると、木の陰で息を飲む気配があった。
獣の反応じゃない。
人間
そう判断して一発威嚇のつもりで撃つ
中てるつもりはないので上空に向けて。
「もう一度言う、出てこい。」
声を低めて呼び掛ける。
すると、ガサガサと葉ずれの音をならしながら、それは俺たちの前に姿を表した。
「獣…………いや、子供?」
静かな驚愕を滲ませた声。
その防疫部の隊員の呟きの通りというかなんというか、こちらを警戒しながら現れたそれは
白い髪に赤い虹彩の瞳、そして
―――――狼のような耳と尾を持った人の少女だった。
「これは…………。」
ワーウルフ、か?
髪、尾、耳に白い毛並み湛えたその子はこちらを威嚇するように睨み付けてきている。
ジャパニメーションでは定番のケモノミミだが、たしかタスマニアンラプソティーにはいなかったはず。
そのような種族がいるということも聞いたことはない。
よくみれば耳は顔の横から上方向に延び、その特殊な形状により狼の耳のように見えていたようだ。これはおそらく…………
「何らかの遺伝子疾患による先天性形質異常、ですかね。」
俺が考えていたことを同行した隊員が代弁する。
マリアに習ったのか?
「耳と尾ですか、こんな症例もあるんですね。」
そーね。
この子、耳の形とか見てると聴力になんらかの影響が出てそうだが銃を撃ったら反応したってことは完全に聞こえてないわけでは無さそうだ。
彼女はこちらを見つめながら身じろぎもしない。
「むー、とりあえずこの子どうするよ。放っておくか、連れて帰るか。」
そんなことをこそこそ話していたら着信が入った。
防護服とガスマスクをつけてはいるがしっかりとインカムは装備しているのですよ、喉元から音を拾う咽頭マイクなので手を使わずに通信できるし。
「お、ねぇ、ちゃん?どうした、の?」
マリアだ。
「あー、実は見慣れない感じのと遭遇してな。連れて帰るか迷ってる。」
状況を説明してもマリアから特にリアクションはない。
俺の方はゆっくりと刺激しないように狼少女に近づいて懐柔を試みていた。
こわくないよー、こわくない。
「ふぅ、ん。どんな、の?」
うわ、興味なさそうな声ー。
妹からしたらどーでもいいって感じだがこっちは困ってんだよな。
「白髪赤目、狼耳に尻尾。顔と体はかなり可愛い人間の女の子って感じ。見た目10歳くらいかな。」
顔はかなりかわいいんすよ、この女の子。
風呂に入ってないのか垢とかすごいけど。
と、そんなことを伝えた瞬間に
「連れて帰れ、どんな手を使ってもだ」
マリアの口調が崩壊してそんなことを命令してきやがった。
なんだこいつ。
まぁ、やるけれどもね。
……………肉とかで餌付けしてみるか。