疾病対応、始動。
イタリカ王国の国境からしばし、アンに揺り起こされて微睡みから覚める。
あと三分で着陸するそうだ。
アデリーナの方を見てみるとすぅすぅと寝息をたてていた。
「アデリーナ、起きな。着いたぞ。」
耳元で囁くと彼女は身じろぎしながら起き出す。
目元を擦りながらぼーっとしている。
しょうがない、俺が手ずからシートベルトをしてやろう。
カチリと音がするまでしっかりとロックして、自分のぶんも同じようにベルトをつける。
これでよし。
と、そのときちょうどいいタイミングで着陸するとの通信が入り、浮遊感とともに尻に軽い衝撃が走った。
「着陸したようです。」
アンがそう言ってベルトを外し、俺はヴァランクスのエンジンをかけた。
光が車内に入り込み、C17のハッチが開いたことに気づく。
機外に出て、車を反転させてから出撃を要請しておいた防疫部との合流ポイントに向かう。
後ろを見ると巨大な輸送機が空に飛び立って行くところだった。
戦闘機にエスコートされて基地へと帰投するのだ。
「このまま五分ほどで到着予定です。」
「OK、疫病や飢饉への対応は防疫部や輸送部隊の連中に任せて俺たちは領地の脅威排除や非戦闘員の護衛に回ろう。」
飢饉や疫病は兵士や傭兵などもまとめて蝕み、その土地の防衛力を下げる。
そこを狙って盗賊による掠奪や他国の侵略が行われることも考えられるのだ。
火事場泥棒みたいなもんだな。
着陸したのは草原地帯だったが、しばらく走るとオリーブ畑が見えてきた。
いや………その名残と言った方が正確か。オリーブの木がほとんど全滅してやがる。
目を覚ましたアデリーナ曰く、この領地はこいつをメインの交易品にして食料などを輸入する金を得ていたのだそうで
それが疫病による農家の減少により立ち行かなくなったらしい。
しかも、鹿などの草食動物を狩るハンターもいなくなったせいで食害対策もできなくなってこの有り様だ、と。
しかし、飢饉の影響が交易にまで及んだのか。
「合流ポイントが見えてきました。」
アンの言葉につと前を向く。
そこにあるのは国境近くの村落だ。ここは特に被害が大きかった地域で、優先的に援助を行うことになっている。
車内でマスクとゴーグルをつけよう。感染したらかなわんぞ。
村の中まで車を進めると村の広場にはクリーンブースが立ち並び、白色の防護服を着こんだ防疫部のやつらが歩き回っていた。
俺たちより先に到着して拠点構築を済ませていたらしい、訓練の成果だな。
駐車できそうなスペースを見っけて駐める。
「防疫部のCH47チヌークとアンビで近くの村やら町から患者を運んでるのか。」
村には大型のアンビと、ローターを特徴的な前後並列式に配置したCH47ヘリが続々と集結していた。
うちの防疫部の救急車はACTION MOBIL社製
オフロード対応の大型トラック仕様キャンピングカー
“GLOBAL XRS 7200“をベースに改造して簡易的な無菌ブースまで備えた仕様になっている。
いつでも、どこにでも、大病院並の設備を――――そんなコンセプトで祖体となる車両からこだわり選定した。
チヌークのほうは担架24台を乗せて飛行することができるため、一度に大勢の病人を運ぶことができる。車両より早く輸送することができるが、中での手術は不可能なのであくまで応急的な手当てしかできない。
この村に到着したそれらの車両、ヘリたちは着いてすぐに患者を降ろし、もう一度次の病人を輸送してくるために出立する。
降ろされた人たちはすぐさま胸元に貼られた赤や緑のラベルによって迅速に分けられ、運ばれていく。
「マジェスティ、あれは?」
「トリアージだな、誰の指示だ?」
トリアージ、つまりは患者を重体、重症、軽症そして手後れの四パターンでラベリングして治療の優先度をすぐに見分けられるようにする処置だ。
赤いシールがつけられたものは重体、つまり意識などを失ってすぐにでも命に関わる状態なので最優先で治療。
黄色は重症、かなり症状が重いがしばらくは命に危機はない。
緑は軽症、命に別状はなくしばらく放置しても大丈夫。
そして、黒は…………まぁ、死んだかすぐ死ぬ。だから治療はしない、無駄なタイムロスになるから。
これによって災害時の救命率はかなり上がったらしい。徹底して効率よく治療を施せるからな。
そこまで説明して、アンが気づく。
「黒いラベルの人が見当たらないのですが。」
あー、たぶん、ブラックラベルは運んで来ずに放置してんだろ。輸送のときそいつぶんのスペース取るくらいならレッドラベルを乗せた方がいいからな。
「なるほど、そういうことですか。」
「そんな…………命の選別みたいな。いえ、必要なこと、なのよね。」
アンはすぐに、アディはすこし逡巡しながらも納得してくれた。性格出るなぁ。
「おねぇ、ちゃん。」
聞き慣れた声が後ろから聞こえてくる。
おぉ、マリアか。
ってうぉう。防護服着こんでて一瞬誰だかわかんねぇなお前。
「防護服、あっちのクリーンブース、で、着れる。」
「おっ。ありがとな。」
防護服バージョンのマリアが指差したクリーンブースに皆で入ると、まずは服を脱ぐように備えつけのディスプレイの表示で促された。
篭に脱いだ衣類を放り込み、シャワー室で体を洗い流す。
次の部屋に行くと熱風とUVで除菌加工を施された服が返される、
服を着直したら防護服が並んだロッカールームへ。
手早く装備して外で待っていると同じく防護服を着たアンとアディが出てきた。
「淑女には、裸になれだなんて…………。」
あー、アディはこんなとこで肌さらすのは貞操観念的にアウトだったかー、真っ赤じゃん。
まぁ色つきビニールで覆われてて俺たちの着替えシーンなんて見えないし気にするなよ慣れる慣れる。アンを見てみろよ、まったく気にしてないぞ。
「トリアージはマリアの指示だな、少なくとも教えたのはあいつだろ。」
そんなことを話しながら防疫部のところまで歩いていく。
「総司令殿、その方が今回のクライアントですか?」
「あぁ、今回の任務はこの娘からの相談でな、ここの公爵令嬢どのだ。」
俺が紹介してやると防疫部の隊員とアディは互いに挨拶を交わす。
よきかなよきかな。
「司令殿、防疫部から何名か感染源の調査に行くのですが同行しますか?」
ん?あぁ、そうだな。
同行しよう、護衛が必要だろうし最近暴れてなくて溜まってるからな。
行きと帰りの道中で周辺の脅威をなるべく排除しておけば防衛も楽になるはずだ。
「アンは村に残ってここを守ってくれないか?」
この場で一番強いのが俺で、次点でアンがくる。
二人ともが村を空けるのはちと不安だ。
「畏まりました、では私は村の防備を行います。気を付けて行ってらっしゃいませ、マジェスティ。」
アンは了承の言葉とカーテシーで応えてくれた。これで村は安心ですな。
「では、車両を回します。」
そうしてやって来たヴァランクスに乗り込んで、防疫部の隊員たちと共に俺は周辺の調査へと向かった。