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No.04 空の王女と大地の騎士

 昔、ある国にとてもやさしくてきれいなお姫様がいたの。

 そのお姫様は髪と瞳が水色で、とても心が広くて優しい人だったから、彼女は民衆から好かれ空の王女と呼ばれるようになったわ。

 そんな空の王女には思い人がいたの。

 王女の思い人は国の騎士で、それはそれは強くて聡明な人。

 彼もまた騎士であるにもかかわらず、その人柄から民衆に好かれていたわ。

 もちろん彼も王女が愛するように彼女を愛し、誠心誠意尽くしていたわ。

 でも王族の掟では騎士と王女は絶対に結ばれることは無かったの。

 二人がどんなに愛し合っていても、掟が彼らの仲を引き裂いていったわ。

 そしていつしか彼のことを民衆はこう呼ぶようになったわ、大地の騎士と……

 空とは絶対に結ばれることの無い大地の騎士ってね。


「お父様! 私の騎士、ラテールをどこへやったのですか!」


「あやつなら、今ドラゴン退治をしているところじゃろう」


 声を張り上げ、ルシエルは自分の父親であるニュアージュ王へと自分の騎士、ラテールの所在を言及した。

 彼女の騎士ラテールはこの国最強の騎士であり、数多くの危険な任務をこなしてきたため、今日もまた王の命令で任務を遂行していると思われる、だがここ最近、彼がこの国最強の騎士だからとはいえあまりにもその数が多い。

 そのため彼を慕っているルシエルは、ラテールの安否を気にしていたのだ。

 だが、そんなルシエルの感情などを無視し、王はそっけない態度で答えただけであった。


「ドラゴン退治って――――まさかお父様、彼を一人で行かせてはいませんわよね?」


「ふん、ドラゴンなど奴一人で十分じゃろ。それよりもルシエルいい加減奴との仲はあきらめろ。でなければ奴が苦しむだけだぞ。それじゃわしはこの後ジェリア候と会食があるのでな」


「そんな……」


 以前は王もラテールの功績を称え優遇していた。だがルシエルとの逢引の事実を知ると、彼に対し王は非常に冷たい人間となったのだった。

 現に今ラテールが行っている任務は、とても一人では行えない任務であり、無謀とも言えるものであった。そんな危険で無謀な任務を王はラテール一人に押し付けるようになったのだ。

 もちろんルシエルはそんな王に反発して見せたが、王である父親は彼女の言葉に耳を貸そうとはしなかった。

 そしてラテールがドラゴン退治の任に就いて五日後、彼はぼろぼろになりながらもその任務を全うし自分の主が住まう城へと戻ってきたのだった。


「親愛なるニュアージュ王、騎士ラテール、ドラゴン退治の任を終え、ただいま戻りました」


「そうかご苦労。それでは次の任を与える」


 ラテールが王の前で片膝をつき頭をたれながら、自分に任された任務を終えたことを王へと報告した。

 本来ならば彼がしたことは偉業とも言うべき所業であったが、王の反応は非常に淡白なものであり、何事も無かったかのように、隣にいた大臣が持つ次の任務が書かれている用紙を受け取ると、彼に次の任務を与えようとしたのだった。

 するとそれまでラテールの無事の帰還を、王の隣の席で心から喜んでいたルシエルであったが、王の態度に表情は一変し、焦りと懇願の表情を浮かべ王に進言したのだった。


「お待ちくださいお父様! ラテールは先の戦いで怪我を負っています。もう少し日をおいて……」


「ならん! これから言い渡す任は急用じゃ。しかもほかの奴にはできぬもの。それにラテールなら問題なくやってくれるわ。なぁラテールよ、やってくれるな?」


「はっ仰せのままに」


 ルシエルの進言を王は最後まで聞くことは無かった。

 王はルシエルの言葉を遮り、ラテールへと話しを振ったのだ。

 ラテールは王女であるルシエルの騎士であったとしても、王の言葉に反論することなどできるはずも無い。

 彼は心配そうに見つめるルシエルを横目に、王から与えられた任務を承諾したのだった。 


「ラテール!」


「心配しないでください。私は大丈夫ですから」


 今にも泣きそうなルシエルに彼は優しく微笑みかけ、王の下へと歩み寄り任務の書かれた用紙を受け取ると彼は王室を後にしたのだった。

 そしてその夜、彼は次の任務の準備をしていると、本来こんなところでは聞くはずの無い声を耳にする。


「ラテール、いる?」


「姫様こんな夜分にどうしてここへ!」


 ラテールは急いで部屋のドアを開けると、そこには黒いフードをかぶり闇にまぎれるような格好をしたルシエルがたたずんでいた。

 彼女は慌てるラテールを、脇を通り抜け部屋に入るとフードを取り彼へと語りかけた。


「そんなことはどうでも良いわ。それよりラテールあなたは私の騎士でしょ? 逃げて……私を連れて……」


「ルシエル姫! 何を考えているのです! そんなことをしたら私だけでなくあなたにも――」


「お願い! でなければこのままだとあなたが死んでしまうわ! あなたのいない世界なんて私は生きてはいけない!」


 歯切れの悪いラテールの言葉には、愛するものを心配する感情が込められていた。

 どんな思いでルシエルがここへ来たのか彼はわかっていた。できることなら彼も彼女が言うように連れ去ってしまいたかった。

 だがそんなことをすれば自分だけならまだしも、彼女まで傷つけてしまうかもしれないと思い彼は自分の気持ちを押し殺したのだ。

 けれど泣きながらすがる彼女にラテールはついに自分の感情に素直になる。


「ルシエル……わかった。そこまで君が言うのなら俺は君を連れ去ろう。おそらくつらい旅になるよ?」


「平気よ、あなたと一緒なら」


 彼らは逃げた、身分、名誉、権威、それらすべてのものを捨て、自分の体と愛しているただ一人だけをつれて。

 幾日も、幾日も彼らは逃げ続けた。

 しかし、そんな生活は長くは続かなかった。

 ルシエル姫の父親であるニュアージュ王が、国の総力をかけ彼らを探し出したのだ。


「ここか」


「はい、この小屋にルシエル姫と犯罪人ラテールがいると思われます」


「そうか、でははじめろ」


「はっ!」


「犯罪人ラテールよ! 貴様が連れ去ったルシエル姫を連れ即刻出てまいれ」


 一人の兵が王の命令に従い、海辺の小屋に向け声を張り上げた。

 小屋の後ろには断崖絶壁で下は海、小屋の周りは百を超える兵で囲まれ、追い詰められたラテールとルシエルには、もはや逃げ道は消えうせていた。


「…………」


 小屋の中からは反応は無く、ただ沈黙が流れているだけであった。


「依然として動きは無いようですが?」


「――突入じゃ、ラテールは殺してもかまわんがルシエルには一切傷をつけず捕らえよ」


「わかりました」


 一度目を瞑り考えをめぐらせた王は兵へと命令を下した。

 命令を受けた兵達は皆、剣を抜き放ち突入の準備にかかる。

 そして、突入が決行されようとしたまさにその時、小屋の中から水色の髪のルシエル姫が外に出てきたのだった。


「お待ちくださいお父様!」


「おぉ! 私のかわいいルシエル。さぁこちらにおいで」


 ルシエルの姿を確認すると王はそれはたいそう喜んだ。

 だが王の喜びとは裏腹にルシエルの表情は厳しい。

 彼女は毅然とした態度で、王へと一言だけ告げた。


「それはできません」


「なぜじゃ! お前も王族! なぜそれを捨ててまであのような男へとついていく!」


「お父様、民が私たちのことをなんと呼んでいるかご存知ですか?」


 怒鳴り声にも近い声でルシエルへと尋ねる王に対し逆に彼女は王へと質問をぶつけたのであった。それはこの国のものなら誰でも知っている、そう誰でも知っている自分たちのことについて。


「ん!? 空の王女と大地の騎士だったかの。決して結ばれぬがゆえにつけられた名だと思ったが、それがどうかしたか?」


「私も最初にその名を聞いた時は、愕然としました。民達にも私たちは決して結ばれることは無いのだと思われているとわかって」


 そう、彼女達は決して結ばれることの無い、空と大地の二つ名で呼ばれるようになっていたのだ。

 そのことを確認するように質問をぶつけたルシエルは悲しい表情を浮かべ、王の答えを肯定する。


「そうじゃ、お前達は消して結ばれることは無い。だから、さぁ早くこちらにおいで」


 王は王女の質問が、やっと自分の間違いに気づいてくれたのだと思った。

 けれどそれは違っていた。

 王女の質問は王が思ったように、自分が間違っていたというものではなかった。


「でもお父様、私たちは見つけたんです。空と大地が結ばれているところを」


「な、なんじゃと!」


「ほら見てください。あそこなら空と大地が交わっているでしょ? ですから私たちもあそこに行こうと思います」


 ルシエルは海の彼方を指差した。

 そう彼女が指差したのは水平線であった。


「まさか……よせ! ルシエルお前は何をしようとしているのじゃ!」


「お父様、もうお別れです。私たちはもう行きますわ。今まで育ててくれたご恩は忘れません」


 彼女はこれでお話しは終わりですとばかりに、最後の笑顔を王へと向けると、いつの間にかルシエルの脇へと来ていたラテールにつれられ、小屋の裏の崖へと歩みを進めていった。

 王はその様子を見てはっと気がつく。彼女達が何をしようとしているのかを。


「待て、ルシエル! ルシエル!!」


 王は叫んだ、心のそこから、今までで一番の声を張り上げて。

 しかし彼女達は王の言葉を振り切ると、肩を寄せ合いながら海へと身を投じたのだった。


「それでそれで! お姫様と騎士はどうなったの!? まさか死んじゃったの?」


 一人の男の子が目をきらきらさせて、母親へと話の続きをせがんでいる。

 母親もそれに答えるように、話の続きを聞かせるのだった。


「ううん、お姫様と騎士は死んではいないわ。お姫様たちは王様の目を欺くためにわざと海に飛び込んだの」


「それでそれで!」


「それでね、海に落ちた後はあらかじめ掘っておいた横穴に隠れて、やり過ごしたのよ」


「へ〜〜」


「お姫様は水平線を指差してあんなこと言ってたけど、あそこは海と空が交わっているところだから大地と交わっていないでしょ? だからお姫様たちは大地と空が交わる部分、地平線を目指して旅をしたの。そしてついにお姫様たちは地平線にたどりつき平和に暮らしましたとさ。これで今日のお話は終わりよ」


 母親は男の子にそうつげると、夕食の準備に取り掛かるためエプロンをして台所へと向かっていく。

 そんな母親の後姿を見ながら、男の子は一つ尋ねた。


「それじゃお姫様たちは幸せになったのかな?」


「えぇ幸せになったわ。だってお姫様はその後騎士と結婚して、一人の元気な男の子を授かったから」


 周りには何も無く空だけが見つめている一軒家には、今日も明るい声がこだまするのであった。

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