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No.01 あの空の一番近くへ

 あの大空を抜けた先には、いったい何があるのだろう。昔から、まだ小さい頃から漠然とそんなことを考えてた。家から学校へと続く、傾斜角度五十度とも言われている通学者泣かせの心臓破りの急坂。

 みんなから嫌われまくってるこの坂なんだけど、あたしは好きなんだ。だって、あたしの家からこの坂を見上げると、晴れた日の綺麗な青空が、吸い込まれそうな程のスケールで間近に感じ取れるから。何て言うのかな、あの《空が落ちてくる》っていうの? あの感覚。あたし、あれが大好きなの。



 ある日のこと、ホントに空が落ちて来ちゃった。いや、あれにはマジビビったわ……。だってさ、いつも通りボーッと空眺めてたらいきなり、

「のわー!」

 とか喚きながら空がこの急峻を転げ落ちて来たんだから。まあ、厳密には日ノ本空くんていう、あたしと同じ日大川崎高校に通ってる、一年生のサッカー部員なんだけど。

 それがまた、狙い済ましたかのように、半開きになってる両足に頭を捩込む形の仰向けで停止、あたしはスカートだったから反射的に下腹押さえて座り込んじゃったもんだから……、顔面騎乗乙……。

「……、さいってー……」

 もう本気でこの一言しか言えなかったわね。まあ、出合っていうか、第一印象は最低最悪だったんだ、あたしと空くんの馴れ初めって。



 日ノ本空、16歳。日聖大学付属川崎高校サッカー部所属、ポジション、フォワード。

 どうやら彼、一年生にしてチームのエースストライカーとか言うやつみたい。あたしのサッカー知識は今だに、

「オフサイドってなに?」

 って空くんに聞いちゃう程度なんだけど、それでも一発で理解できたことはある。それは、

「あんたみたいなドジっ子がエースなんかやってっから、いっつもうちは初戦で負けちゃうのよ!」

 ってこと。あれだけの恥をかいたんだから、この程度の嫌味の一つも言ってやんないともう気が済まない。実際エース張れるようなコにも見えないし。



 とまあ、ここまでが最悪の出会いの日に知った日ノ本空の情報。何でこんなパーソナルデータを知ってるのかって? そりゃあのボケナスが、

「詫びにパフェの一杯でも奢るよ、いや、是非奢らせてくれ」

 とかほざいて、強引に茶店に連れ込んだからよ。たく冗談じゃないわよ、何であんな、人の脚の間からかっつり股ぐら覗いたド変態と茶ぁなんか……。腹いせに八千円も奢らせてやったわ!

 でもあいつ、あたしの例の嫌味の返事に、凄くカッコイイこと言ったんだ。

 爛々と輝く一片の疑いもない眼差しと、自信に満ち満ちた口調で、

「でも俺が日大川崎サッカー部の歴史を変えますよ。いや、必ず変えて見せます!」

 その真剣な一言に、本の一瞬、こいつのこと見直したんだよね。



 あーっ、もうだめ。あたし、あの言葉に完全にノックアウトされちゃった。だって、気付いた時には毎日練習見に来てて、しかもなんか、マネージャーのまね事みたいな事してんだもん。だって気になるじゃん、こんなザコチームをあんなドジっ子エースがどうやって変える気なのか。こないだのアクシデントの理由だって、

「いや、あれはその、バナナの皮に滑ったんすよ」

 だよ? まあ坂登ったら実際あったんだけどね、踏み潰されたバナナの皮……。

 いやもう、ホントに凄いわ空のやつ。どうやら伊達や酔狂で俺が変えるとか言ってた訳じゃ無いみたい。あたしみたいなド素人にもはっきり解るぐらい、あれは凄い。

 背が高いっていうのはサッカーにおいて好選手の条件の一つらしいんだけど、あいつ、194もあんのよね。それじゃただデカいだけなんだけど、それがまた、1.5メートルぐらい跳ねるんだわ。なんなの? あの人並外れた垂直飛びは。



 あたしもあたしで、頑張ってるあいつ見てたらじっとしてらんなくなって、帰宅部からはご卒業。普通ここはサッカー部のマネージャーなんだろうけど、なぜかあいつのためにって気持ちじゃなくて、あいつには負けたくないっていう負けん気が出てきちゃって。

 結局あたしの選んだ道は、運よくあってくれた女子サッカー部……、じゃなくて、陸上ハイジャンプ。まあほら、高校二年にもなってオフサイドも解って無いようなやつがいきなり途中入部したって、何の戦力にもなりゃしないことは解り切ってるし、それより何より、悔しいかなあたしがあいつのプレイで感動させられちゃったのは、サッカー自体じゃなくてあの垂直飛びなんだから! だから、ハイジャンプ。高く跳べは跳ぶほど、大好きな空に近付けるんだってのもあるしね。



 もう認める。はい認めます。あたし吉岡美空は日ノ本空に惚れました! 今はもういつそれを空くんに切り出すか、その取っ掛かりを探してる段階。

 だって空くん、サッカーが恋人みたいなもんだから、そういうのちっとも気にしてなさそうだし。多分女の子のほうからほしいと言い出したってオッケーだよね? つんくさん。

 ってな訳で、いつにしよっかなー、告るの。あの坂を空くんと二人でダッシュすることになったせいか、なんかすんなり高校総体クラスの高さ跳べるようになっちゃったし、総体の選手宣誓で暗喩しちゃおっかなー。そうだ。そうしよう。うーん、我ながらナイス考え。全国の総体ファンの前で告っちゃうぜー! って浮かれても、宣誓回って来なきゃ意味無いんだよね。



 あーっ、やっぱ一旦好きになると離れたくなくなるのが女の子なんだよね。時々サッカー部が実戦練習でクリアしたボールがあたしを直撃したりするけど、それだけあたしと空くんとの距離が近いってことだもん。これはもう心地いい痛み。痛いのが心地いいって、あたし実はMだったりすんのかな……。

 まあ、戯れ事はさておき、今日の彼、気合い入ってるわね。凄いよ、もう5得点。サッカーって確か、3点とれば大量点なんでしょ? なんで一人でこんなに取れちゃう訳。やっぱタッパは武器なんだねぇ。凄い! あら、6点目……。

 それじゃあたしも、あの日見とれた150でも跳びますか。助走は大股で目標50センチ手前から左足で真上に踏切。そのまま頭からバーを越え、背中、お尻、脚とバーを巻き込んでいく。バフッと重たい音を発てて、あたしだけマットに墜落し、なんとかクリアできました。

 いやーそれにしても、太陽が眩しかったなぁ。大空の向こう側に燦然と輝く絶対的な存在。あたしにとっての太陽は、やっぱ空くんかな。



 いよいよ空くんの国立競技場への挑戦が近付いてきた10月。互いに共有できる数少ない時間が今日もまたやって来る。とは言っても、あたしはもうへとへとで、それどころじゃないんだけどね。完璧にオーバーワーク気味……。

「先輩、無理ならついて来なくていいっすよ? この坂ダッシュは、あくまでもただの俺の自主練なんだから」

 なんなの、この子。なんであんな練習の後で、息切れ一つしてないの? あー、やだ。これが男女の体力差ってやつなの? あたしだってもう、アスリートとしての身体になってる筈なのに……。



 悔しい……。



「何言ってんのよ、あたしだって伊達に一年長く生きてる訳じゃないんだから、あんたなんかに絶対負けないんだからね!」

 あーあ、言っちゃった。どうしていっつもこんな事ばっか言っちゃうんだろ。ホントは真っすぐ目を見つめることもできないぐらい大好きなのに。意識してるのに。


「まあ、来るなら来るで構いませんけど。ただ俺大会近いから、本数増やしていきますからね。無理だと思ったら切り上げていいっすよ」

 キィ、くやしー!!

 空のくせに! なにあたしが付いて行けないって頭から決め付けてんのよ、ドジっ子の分際で!

 こうなったら根性見せるわよ。必ず最後に愛は勝つんだからね!

「望むところ」

 そしてこの勝負に勝ったら……、勢いに乗って告ってやる!



 ……、……、疲れた……。もう、クタクタ……。

「目眩……」

 ほんとに目眩する。もうそれぐらい疲れてる。限界。たかだか三往復でバテるなんて。あたしって、アスリートとしてまだまだひよっ子だったんだ。隣の空くんは全然余裕な感じ。ビビるを通り越して、呆れる。

「ちょっと休んだほうが良くないっすか」

 とか言いだす始末。あーっ、悔しい。だから、まだ付いてく。正直足腰フラフラなんだけどね。



 心臓破りの急坂。縁石のみの歩道。フラフラなあたし。そして、後ろから轟音。ある意味、こうなる条件は揃ってたのかもしれない。

「あっ」

 足が縺れて縁石を身体が乗り越えていく。後ろから轟音。反射的に振り向いた先には、大型トラック。

《やばい、轢かれる》

 そう思った瞬間、あたしの身体は車道とは逆方向に飛んでたんだ。なにがあったか理解するまで時間がかかったのは、それ程くたびれてたのと、血まみれの空くんが道に倒れてたから。

「ああっ、ごめんなさい、空くん、ごめんなさい」

 血まみれの空くんを抱きながらひたすら謝った。明らかにあたしのせい。ケータイを取って救急車を呼ぶと、また抱き抱えて、ひたすら謝る。

「俺は……、空だ」

 虫の息な空くんがボソボソと語り出す。

「そんな事解ってるよ、空くんは空くんだよ」

「好き……、だ。だから、誰も俺に……、近付けないで……くれ」

 えっなに、どういう意味なの? 意味解んないよ。

「美空が……、誰よりも高く……飛ぶんだ……。他の……、どの女より、俺の……、空の近く……に……、……、……」

 それっきり空くん、なにも言わなくなった。ぐったりして重みが倍ぐらいに増す。人から物に変わった瞬間を実感したあたしは、人目もはばからず、大声で、泣いた。



 2009年高校総体。こんな年に、空くんが居る筈なのに居ない年に、選手宣誓が回って来ちゃった。でも、ちゃんと告るよ! あんな言い逃げ、絶対に許せないもん。

「宣誓! 我々、選手一同は! あの、空の向こう側で輝く太陽に! 胸を張ってこれまでの努力の成果を示せるよう! 正々堂々! 全力を尽くすことを! 誓います! 2009年8月10日、選手代表、日聖大学付属川崎高等学校、吉岡美空!」

 よっしゃ! 言いたいこと言えたー! 空くん、最期に「俺は空だ」って言ってたけど、あたしにとっては太陽だったんだよ。

 これから約束通り、どの女より近くに跳んで見せるからね。まずはこの総体で。


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