3 虫
体力のある限りは、どんな痛みのなかでも動いていたい。
止まってしまったら最後。白衣を着た機械のような男がやってくる。
この痛みがなくなるのならーー
そう思っていたのは最初の二年だけ。
たくさんの薬がごちゃ混ぜにされた点滴カクテル。
その正体の分からないまま打たれ続けて失った私の時間。
ある日、虫が大好きだという変わった薬剤師に、
カクテルの中身を聞き出した。
ケシ、安定剤数種類、ビタミン剤、その他栄養……
奪われていたのは尊厳じゃない。
きっと私の個性そのものだった。
「もう死んでやる」と叫んで、医者をはじめ、
この狭い病室に来る人たちを困らせた。ただ、
あの気味悪い薬剤師だけは、いつもニヤニヤと私を見ながら、
「今度毒虫を見せてあげるよ」と言うのだった。
私が泣いて、それが痛みのせいではないと伝わると、
医者はカクテルから安定剤を抜いてくれた。
代わりの薬をひとつ増やして、「しばらくゆっくりするんだ」と言われた。
だんだん強くなっていく痛みを必死に抑えつけながら、
「この人でなし!」と、ほとんどかすれた声を医者の背中に投げつけた。
次の日、頭がぼーっとして起き上がれないので、薬剤師を呼んだ。
彼はコオロギのたくさん入った虫かごを持ってきて、
私の部屋で蓋を開けた。この人は頭がおかしい。でも、
きっと私のことが好きなんだと思えて嬉しかった。
口元だけ少し笑えて、彼もなんだか嬉しそうだった。
コオロギがあちこち飛び跳ね、ときに鳴き声を出し、それらを、
彼は踏み潰した。何匹も何匹も、踏み潰した。
「こいつらには死の痛みが分からないだろうな」
と彼が言ったので、
「あなたには生の痛みが分からないでしょうね」
と言ってやった。
するとくすくす笑い始めて、彼は私の手に触れてくれた。
「ポラリス、君はどれくらい痛いんだ?」
「このコオロギが全部死んでも足らないくらい」
「それじゃあ、試しに全部殺してみよう」
彼は自分の仕事など忘れて、ひたすら大量のコオロギを殺し続けた。
踏んで、叩いて、潰して、投げて……
その体液が頬に散ってきたので、微妙な痛みがある舌で舐めとった。
痛い……
「やめて!」
気付いた時には、叫んでいた。
彼はぴたっと動きを止めて、何も言わずに窓を開けると、
ふっと笑ってそのまま部屋を出て行った。
増やされた薬は、次の日からなくなっていた。