15 魔女
夏の終わりは、痛みと痛みの境目みたいにはっきりしている。
この時期にはみんなの口数が減っていく。
看護師も医師もあまり喋らなくなって、
窓の外を歩いている人たちも、どこか静か。
ズュートも少しだけ無言の時間が増える。
「何を考えているの?」と訊くと、
「この季節には、ポラリスの面影を強く感じるよ」と言われた。
世界全体がうなだれているような、そんな感じ。
「私はそんなんじゃない」
「いいや、喪失に抗うことを諦めている」
「私はもう、何も失わないわ」
「ポラリス、君は今もやっぱり、失い続けているよ」
私は何も言い返せず、
ズュートもそれ以上何も言わず、そして、部屋を出ていった。
悲しいわけでも寂しいわけでもない。
でも……私はきっと悲しくて寂しい。
それを心地いいと感じているだけ。
もしかするとーー
日々の痛みは私から何かを、
ひとつひとつ、確実に、奪っているのかもしれない。
そしてたぶん、最後にこの激痛だけが残って、
私は……セミのようにあっけなく死ぬのかもしれない。
夕方近くになって、トン・イータがやってきた。
ひとりで、ではなく、誰かを連れて。
その人はまだ暑い世界のなかでフードを被り、
よく見えない視線と曲がった口で静かに笑っていた。
「はじめまして、あなたがポラリスね。私はオヴェスト」
響いたのは女の声。若いのか年を取っているのか分からない。
ゆったりとした話し方がちょっと気持ち悪くて、私は何も返さなかった。
「ポラリス、これで君の痛みが和らぐんだ。
この人はね、分割することができるんだよ。もちろん、君の痛みだって」
興奮するトン・イータと、目を見せずにふっと笑うオヴェスト。
「トン・イータ、今日は帰って。私は……」
痛みをなくしたくないの、と言いたかったのに、言葉が出なかった。
それはきっと無意識。
私は、「なくす」という言葉に反応したのだと思う。
私から何かを奪っている原因が痛みだとすれば、
痛みがなくなるというのは、私にとってどんな意味を持つだろう。
ただ、窓の外を見て、やっぱりうなだれた世界だと思い、
そこに自分を重ねられたことに反発して、私は、
痛みの喪失に抵抗した。
動かせない足、背中から腹部までの連続する激痛、痺れ続ける手、
割れそうな頭、燃えるような眼球、セミの声より大きな耳鳴り……
それら全てが愛おしく思えて、私は叫んだーー
「出ていって!」
「待ってくれ、ポラリス!
僕は、僕は君に……」
「二度と来ないで、この気狂い!」
トン・イータは泣きそうな顔。
オヴェストに連れられるようにして、二人はいなくなった。
息切れと動悸が酷くて、すぐにナースコールを押す。
本当は使いたくない。使いたくないけど……
今日は痛み止めがないと、きっと明日まで、私は生きられない。




