12 セミの廃墟
その日も看護師が窓を開けてくれて、
「暖かいと痛みも和らぎますか?」と訊いてきた。
この人は季節が分かっていない。
太陽が燃やしている世界は死にたがりを増やし、
私の語りかけは彼らの行為を一瞬だけ引き止める。
でも風が止まることはない。
上昇に次ぐ上昇を繰り返し、休む間もなく大気に充満していく。
全てが全てに満ちている。もちろん、痛みも。
「私の体は燃えているの。痛くないわけないじゃない」
そう言うと看護師は嫌そうな顔をして出ていった。
部屋に誰もいなくても、夏はいつも騒がしい。
昼も夜も変わりなく活動している。
星だってその声を私まで届けることができる。
そこにもやっぱり痛みがあって、
その明滅を見るたびに、私は泣きそうになる。
でも夏は何よりもセミ。
窓のすぐ側にある木が激痛に取り憑かれて、
セミがその痛みを吸い取りながら絶叫している。
でも、今日は少しおかしい。
時折、セミが突然鳴くのを止めてしまう。
全身の痺れと痛みと震えを引きずりながら窓辺に近付いて見下ろすと、
ズュートがいた。
しゃがんで何かをしているから、「暑くないの?」と声をかけた。
かすれてほとんど音も出なかったけど、彼はちゃんと気付いてくれて、
ニヤニヤしながら振り向いてくれた。
「あまりにもうるさいから殺しているんだ」
「彼らは痛みを叫んでいるだけよ」
「ポラリス、君はそれによって、少なからず痛みを忘れている」
「そうかもしれない」
また、セミの引きつるような声がして、ズュートの足元にその死骸が落ちた。
彼は握りつぶしている。
「あなたがどれだけ殺しても、セミはいなくならないわ」
「だろうね。でもあまりにも君が理不尽で」
私はズュートに愛されている。きっと愛されている。
でもそれに対してどう接したらいいか分からず、
私は泣いた。
少なからず痛みを閉じ込めた涙が伝って、
窓の外に落ちる。
それはズュートのすぐ側に落下して、
力なく萎びた痛みを拡散した。
「やめてあげて」
私はそう言うのが精一杯だった。
セミがかわいそうだったんじゃない。
ズュートが理不尽だった。
彼は小さな声で「ありがとう」と言って、
はっきりしない足取りでどこかに行ってしまった。
木の下には、大量のセミが死んでいた。




