前世のガートルード
ある程度話進んだら別視点も入れていきたいですね。
ガートルードはどこにでもいるような、ごく平凡な庶民の次女として生を受けた。
両親は近くの工場で働き、小さな貸家に一家で住んでいた。
少々変わったところと言えば、姉妹とはいえ姉とは十年が離れていたくらいであろう。
それだけは年が離れれば、普通姉としては妹に対し過保護になるか無関心になるかのどちらかだと思う。
しかし姉は、年の離れた妹に対し、極端な敵愾心を燃やした。
理由はわからないが、それはあまり当たり前ではないことのように思う。
しかし、物心もつかないような幼子の時はともかく、ガートルードも黙っていたぶられるような可愛らしい性格はしていなかった。
叩かれたら物を投げつける。物を取られたら叩き壊す。暴言を吐かれたら何倍にもして言い返す。
最初は姉妹の争いを止めようとしていた両親や周囲の人間も、あまりのその苛烈さに次第に諦めていった。
そんなに妹が憎いのであれば、さっさと家を出ればいいものを、姉はいつまでも実家に残り続けた。
若い女性の一人暮らしはあまり推奨されない。
というより、身の危険さえ伴う。
しかし、家を出るのなら住み込みの仕事や結婚という選択肢はある。
住み込みの仕事は未成年では嫌がれることもあるが、家を出る手段など成人にさえ達してしまえばいくらでもあるのに、姉は行き遅れと言われる年になっても家を出ることがなかった。
成人は十八歳。結婚の適齢期は女なら十八歳から二十二歳くらいと言われていたのにも関わらずだ。
今思えば、姉は人とのコミュニケーションがうまく取れるタイプではなかった。
思っても結果につながらなかったのかもしれない。
しかし、その実際のところも、あれほど憎まれることになった経緯も、今となっては知る術もないが。
長年の姉との確執にほとほと嫌になったガートルードは十八歳の成人を機に家を出ることにした。
ガートルードは言動のキツイ、嫌味な性格ではあったが、姉よりははるかに世渡りがうまかった。
容姿もせいぜい中の上といったところだったが、妙な色気があると評価を得ていた。
頭もそれなりによく、無料で通える街の学校を卒業した後、後援をするからもっと上の学校へと行ってみないかと誘いを受けたこともある。
しかし、庶民の女の身で多少の学をつけたところで役にも立たないと断ったが。
そんなところも、姉から見れば妬ましく苛立たしく思えるところだったのかもしれない。
学校を卒業した後、実家近くのカフェで働いていたが、十八歳の成人になる際、裕福な下級貴族のメイドの職を得た。
ようやく家を出れると妙にすがすがしい気持ちになった。
あれは、住み込み先の職場である貴族の邸宅へ向かう為家を出た、霧が巻く早い朝の時刻。
バッグ一つだけを手に持って人通りのない道を歩いていたガートルードのその背後に、突如姉は現れた。
もしかしたら、ずっと後ろからついてきて様子を窺っていたのかもしれないが。
気配に気がつき振り返ったガートルードを、姉は思いっきり力の限り突き飛ばした。
その表情は見ることは叶わなかった。
笑っていたのか。
怒っていたのか。
無表情だったのか。
泣いていたのか。
ただ、その声だけは、妙にはっきりと耳に届いた。
「あんたなんかいなくなっちゃえばいいのに」
だから、家を出るんでしょう。
それとも。
それだけじゃ足りないというの。
疑問は声にはならず、ガートルードは落ちていった。
そこはちょうど、長く続く階段の上だったから。
頭に強い衝撃を受けたあと、意識は途切れた。
世界は暗黒に包まれた。
これが、ガートルードの最期。
この私、ガートルード・スワロ―の前世であるガートルードの一生であった。
次回もお願い致します。