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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第一章 支援術式が得意なんですけど、やっぱりパーティーには入れてもらえないでしょうか
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●5 蒼き紅炎の騎士団と剣嬢ヴィリー



 ここでちょっと、おさらいをしておこう。


 エクスプローラーの集まりには、いくつかの形がある。


 まずは『ソロ』。言葉通りの一人ぼっち。エクスプローラーの最小単位。集まりですらない。一匹狼と言えば聞こえはいいけど、基本的には寂しい人を指す。僕のことである。


 次に『コンビ』。これは僕とハヌを見ての通り。必要なのは二人を繋ぐスイッチ。そのお値段は――ルーターと比べてだけど――それなりにお手頃。と言っても、僕みたいな貧乏人にはかなりの痛手になるぐらいには高価だ。


 そして『パーティー』。これが最も一般的な形だろう。スイッチと比べて価格が文字通り桁違いのルーターを用いて、基本的に四~五人で編成される集団。組み込める人数はルーターのポート数に限られるけど、超高級品であれば十五人同時接続可能なものもあるとか。もちろん、天文学的なお値段である。もはや桁数を数えたくなくなるぐらいに。


 最後に『クラスタ』。これは複数のパーティーを合体させたものを指す。ルーターとルーターを繋ぎ合わせ、パーティーの規模を単純に大きくしたものだ。当然、ルーター毎に使用可能ポートが一つずつ減ってしまうし、共通プロトコルも重くなる。けど、やはり数は力だ。『ゲートキーパー』のような存在と戦う時には、クラスタ単位で挑むのが常識となっている。


 クラスタには、前の三つと違い、時代と場所によってその名称が大きく異なるという特徴がある。


 今時は『クラスタ』が主流だが、僕の祖父が現役だった頃は『ギルド』という呼び方が流行ったらしい。遠いご先祖の英雄セイジェクシエルの時代だと、『レギオン』と呼称されていたとか。


 他にも『クラン』『アーミー』『トルーパーズ』『チーム』『リニエッジ』等々、多彩な名前がある。


 その中の一つに、『ナイツ』というものがある。


 その名前を名乗る集団と言えば、いの一番に思い浮かぶのが『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』だ。


 かの〝剣聖〟ウィルハルトを父に持つ、〝剣嬢〟ヴィリーことヴィクトリア・ファン・フレデリクスが率いる新進気鋭のエクスプローラー集団。


 昨今のエクスプローラーでその名前を知らない奴はモグリだと断言してもいい。それぐらい、勇名を馳せているトップ集団である。


 蒼く燃える太陽を赤く染め抜いた腕章が、その一員たる証だと聞いている。




 まさか、それを目にする日が来るなんて、夢にも思わなかった。




 四十体近くいたSBが、瞬く間に蹴散らされた。


 もはや戦いというより、ほとんど一方的な虐殺だったように思える。SBは生き物ではないけれど。


 一段落の後、剣を鞘に収めた金髪の女性が僕達に歩み寄ってきて、優しげに微笑んだ。


「ごめんなさいね、獲物を横取りしてしまって」


 その声は確かに、先ほど僕の耳を打った鬨の声と同質の響きを持っていた。


 左腕の腕章は、どう見ても『NPKノーブル・プロミネンス・ナイツ』のもの。しかも彼女だけ、金の箔付きだった。


 やはり、この人が〝剣嬢〟ヴィリー。


 超がつくほどの有名人。


 写真で見るより、ずっとずっとずっと美人だった。


 零れ落ちる砂金のように眩しい髪、長い睫毛に縁取られた憂いのある目元、その中に納まっている透き通るような深紅の瞳、流麗な稜線を描く鼻梁、桃薔薇のごとき唇――絶世の美女だと聞いてはいたけど、ここまで目を惹きつけられるものだとは思わなかった。


 自覚はないけど、見惚れていたのだと思う。


 くいくい、とハヌに手を引かれる感覚に我を取り戻した。


「――あっ! い、いえ! よ、横取りなんてとんでも……!?」


 慌てて空いている方の手をパタパタ振って、ヴィリーさんの言葉を否定する。


「む、むしろ助かったぐらいで――あ、ありがとうございます!」


 大きく腰を曲げて頭を下げる。顔がすごく熱い。多分、今の僕は耳まで真っ赤になっているんじゃなかろうか。


 くすっ、と笑う気配に面を上げる。


「ならよかったわ。こちらの都合が、人助けにも繋がっていて」


 言いながら、ヴィリーさんは光そのものを束ねたようなポニーテールを手で払う仕草をとった。腰まで届く長い髪が、海面に反射する日光のように躍る。


 彼女はハイランクの剣士でありながら、術式も使いこなすと聞いている。その情報は正確だったようで、ヴィリーさんの格好は動きやすさと重視した、シンプルかつスマートなものだった。


 黒を基調として各所に銀の装甲を配置し、その上から『NPK』の制服と思しき深い蒼の戦闘コートを羽織っている。蒼と黒と銀――そんなシンプルな色合いが、彼女の美しさをより際立たせているように見えた。


 戦いの女神。そんな単語が脳裏をよぎる。


「実は私達、ちょうどここを二分割したナイツの合流地点にしていたのよ。なのに、いざ集まってみたらあの状態でしょう? もしかしたら一網打尽にして狩るつもりなのかしら、とも思ったのだけど……こちらにも予定があるから、申し訳ないと思いつつ手出しさせてもらったのよ。でもよかった、杞憂で終わって」


 そう言って笑う姿は、優美というか典雅というか。


 何を言われても許してしまいたい、そう思わせるような魅力に満ち溢れていた。


「……そういえば、あなた達」


 不意にヴィリーさんが笑みをひそめ、深紅の瞳が僕の顔をじっと見つめた――それだけで息が止まるほど緊張する――かと思うと、今度はハヌの方に目を向けた。


 ハヌはいつの間にか外套を深く被り直していて、僕と手を繋いだまま俯いていた。顔を見られたくないのだろう。


「よく見ると、あまり見ない顔ね? もしかして、迷い込んじゃったクチかしら?」


 全く以てその通りである。でも、素直にそう言う訳にもいかなかった。


 ハヌはさっきから黙りこくったままだ。多分、あまり多くの人と関わりたくないのだ。だから、ここで馬鹿正直に『実はそうなんです』『じゃあ安全なところまで送るわ』なんて事態になるのは、きっと避けたいはずだ。


 適当に誤魔化さなければ。


「あっ、いえ、僕達は――」


「あっれぇ? 君、ぼっちハンサー君じゃね?」


「えっ?」


 いきなり横合いから話しかけられてビックリした。


『NPK』の一人、明るい茶髪の男性が、こちらに一歩進み出てきていた。


 その軽薄そうな顔に見覚えはない。初対面のはず、なのだけれど。


「――ぼっち、ハンサー……?」


 何というか、ものすごく胸を抉られる響きだった。ヴィリーさんに見つめられた時とは違う意味で、動悸が激しくなる。


「新入り、あなたの知り合い?」


 僕達に話しかける時とは打って変わって、鋭い口調で問うヴィリーさん。


 新入りさんは、ひょい、と肩を竦めて笑う。


「いっえぇー? 知り合いじゃないっすよ、こんなのとぉ」


 くはっ、と笑うその声が、まるで棘か何かのように心に突き刺さる。


 彼はヘラヘラ笑いながら僕を指差し、説明しだした。


「俺、昨日まで集会所で野良パーティー組んでたんで、知ってるんすよ。彼、有名人なんすよ。何をトチ狂ったのか、いまどき支援術式メインのエンハンサーらしくて? あーそりゃもちろん、どこもパーティーメンバーとして拾ってくれないっしょ? だからいつも一人ぼっちなんすよ。うはっ。んで、俺らの間でついたあだ名が『ぼっちハンサー』ってわけっす」


 二の句が継げない、というのはこういう時に使うのだろう。


 言葉のナイフによって、僕の心は一瞬にしてズタボロにされてしまった。けれども、嵐はまだ去ろうとはしない。


「笑っちゃうんすよねー、彼。エンハンサーってだけで敬遠されてるっつーのに、それでも必死こいて色んな勧誘に顔出しに行くんすよ。んで、いっつも断られてて。うへっ。いい加減気付けよっつー話でぇ」


 どうして。


 どうして、よりにもよって、今ここで、こんなことを言われちゃうんだろうか。


「支援術式ってアレじゃないっすか。意味なく術式ランク高いわ、制御が難しいわ、無駄にリソース喰うわ、体の感覚おかしくなるわ、三ミニトしか効果続かないわ、重ね掛けしても時間延長しないわ、そのくせ術力は最大出力要求するわ――まぁ枚挙に暇がないってぐらい、マゾい仕様じゃないっすか」


 隣にハヌがいるのに。向かいにはヴィリーさんまでいるのに。


 僕は、前世で何か悪いことでもしてしまったのだろうか。


「そりゃまー全部が全部ダメってわけじゃないっすけど? でも基本は不完全な術式ばっかっすよね、支援系は。コレ、誰だって知ってる常識っしょ?」


 いつの間にか僕の視界には、自分のブーツの爪先しか見えていなかった。どうしても顔が上げられない。ハヌの様子も、ヴィリーさんの表情も、怖くて確認できない。


 唯一、僕を小馬鹿にする新入りさんの笑い顔だけが、脳裏に焼きついている。


「なのにソレがメインとか! ウケるっしょ? まー術式開発が進んで、もう少しマシなものになれば別でしょーけどね? うははっ。でもそれ、何百年先になることやらっつー話っしょ?」


 言い返せない。言い返したい言葉はいくらでもあるけど、それを口にする気力が無い。


 支援術式、特に身体強化フィジカル・エンハンス系は直に肉体に作用するから、術式ランクが高くて制御が難しいのは当然だし、三ミニトの制限時間も身体にかかる負担を考えたらむしろ長すぎだし、術力を最大出力で要求する仕様も、対象の能力に関係なく倍数強化する機能を考えたら破格すぎじゃないですか? 少なくとも僕はそう思います。


 そんな台詞が頭の中に湧いてくる。けどやっぱり、舌は凍りついたまま動かないし、頭は重石を載せられたかのように重く、上げることが出来なかった。


「んでぇ? そんな君がこんなところでナニしてんのぉ? ぼっちハンサーくぅん? くははっ。子供と遠足しに来るにはちょっと危ないんでない? マジ空気読めなさすぎっしょ、うははっ」


 新入りさんの声に含まれる悪意が徐々に増えてきて、嫌味というより罵倒になって来た頃。


「……新入り、あなたいい加減に――」


 とヴィリーさんが何か言いかけたのと、ハヌが僕の手を離して前へ出たのは、ほとんど同時だったように思う。


 ずい、と外套を被った小さな身体が、僕と新入りさんとの間に割り込んだ。


 すぅ、と息を吸う音。




「――さっきから聞いておれば、くだらぬことをベチャクチャベチャクチャと! よくもまぁ他人の悪罵誹謗にそれだけ舌が回るものじゃな! 恥を知れ! このたわけが!」




 いきなりの怒声に、場の空気が凍りついたのがわかった。


 誰も何も言えない空白――そんな隙に、ハヌはぐいぐいと攻め込んでいく。新入りさんをビシッと指差し、


「そもそもおぬしはどこの誰なんじゃ! いきなり勝手に決めつけた珍妙な名前で呼びつけるなど無礼であろう! 礼儀の一つも知らぬのか! この恥さらしが!」


 ハヌの舌鋒はマンティコアの尾針よりも鋭かった。いきなり浴びせかけられた怒鳴り声にたじろぐ新入りさんに、間髪入れず追撃を加えていく。


「第一、おぬしなど誰も呼んでおらんじゃろうが! おぬしこそ何しに出てきよった! たかが新入りの下っ端であろう! しゃしゃり出てくるなこの三下が!」


 これだけの集中砲火を受けたら、僕なら心が折れて泣いてしまうかもしれない。しかし、新入りさんにも意地があったようだ。


「な……なんだテメェは! いきなり突っ掛かってきてんじゃねえよ! ブチ転がすぞ!」


「いきなりラトに突っ掛かってきたのはおぬしの方であろうが! 謝れ! 失礼千万な振舞いを頭を下げて謝るのじゃ!」


 言い返してきた新入りさんに、凄まじい勢いで噛み付き返すハヌ。


「――やめなさい、新入り」


 ぼそり、とヴィリーさんの低い声が聞こえたのは、僕だけだったかもしれない。


 新入りさんはこめかみに青筋を立て、目を剥いてハヌに食って掛かる。


「ああ!? つうかテメェこそ何様だよ! 偉そうにしてんじゃねぇぞクソガキが! 大体ラトって誰だコラ!」


 新入りさんが、最後の一言を放った瞬間だった。


 突如、ハヌの声の大きさが倍増した。




「おぬしがラトをラトと呼ぶでないわあああああっ!


 ラトをラトと呼んでよいのはシンユウである妾だけじゃこのくそたわけがァ――――――――ッッ!!」




 ものすごい大音声だった。


 空気がビリビリと振動するぐらいの声量だった。


 こういうのをマジギレって呼ぶのだと思う。


「――ッ!?」


 ハヌのあまりの迫力に新入りさんがたじろぎ、身体をやや仰け反らせて目を白黒させる。


 僕からはハヌの後頭部しか見えない。けれど、フードの陰から垣間見える蒼と金のヘテロクロミアが、ひどく剣呑な輝きを放っているだろうことは容易に想像できた。


「くっ……こんっのメスガ」


 キが、とでも言いたかったのだろう。けれど、言い切る前にひどく重い打撃音が響いて、それを遮った。


 次の瞬間、新入りさんは変な格好で宙を飛んでいた。


 そして、凄まじい勢いで近くの壁に叩き付けられた。肉が硬質の壁を打つ音が鳴り響く。その後、思い出したように重力に引かれ、床に転がった。


 誰あろう、ヴィリーさんが鞘に納まったままの剣で殴りつけたのだ。


「――やめなさい、と私は言ったわよ」


 そう言うヴィリーさんの声音は、氷塊を擦り合わせた音にも似ていた。ハヌの怒鳴り声とはまた違った意味で、その場の全員が凍りつく。


「カレルレン!」


 ヴィリーさんがその名を口にすると、少し離れた場所で待機していた『NPK』の人達の中から、一人の男性が歩み出て来た。


「はい。お呼びですか、団長」


 比べるのは流石に酷かもしれないが、ヴィリーさんと比較すると少しくすんだように見える金髪。男の僕から見ても綺麗に整った顔。大柄ではないけれどよく鍛え込まれていることが見てとれる体躯に、深い蒼の戦闘コートと、黒と銀が等分に混じった軽鎧姿。手に持った槍斧からは『業物』の匂いがする。


 顔は知らなかったけど、名前だけなら聞いたことがあった。


 カレルレン・オルステッド。『NPK』の副団長を務める、ヴィリーさんの幼馴染み。〝剣嬢〟ヴィリーの片腕、ハイランクの槍士ランサー――〝氷槍〟カレルレン。


 ヴィリーさんは自分より一〇セントルほど背が高いカレルレンさんを、じろり、と上目遣いに睨め付け、


「……これはどういうこと? 今回のメンバー補充はあなたに一任していたはずだけど」


 手に持った蒼い剣の鞘先で、壁際で気を失っている新入りさんを差す。


「アレは何? あんな騎士道精神の欠片もない人間が、我がナイツに相応しい人材だと思ったの?」


「面目次第もありません」


 カレルレンさんの返答は丁重かつ簡潔だ。それ以上言い訳するつもりがないのか、目を伏せて軽く頭を下げたっきり、口を開かない。


 数セカド、そんなカレルレンさんの顔を睨み付けていたヴィリーさんだったけど、やがて眉から力を抜いて大きく息を吐き、


「……あなたの考えはわかっているわ。内面はとにかく、早急な戦力の増強を考えてくれたのよね? あなたなりに考えてくれたことは嬉しく思うわ。【けれど】」


 最後の三文字を、特に力を込めて強調する。


「私達は敢えてクラスタではなく、ナイツを名乗っているのよ。その事を、もっとよく考えてちょうだい」


 カレルレンさんは姿勢を正し、改めて深く頭を下げた。


「ご理解ありがとうございます。次こそは必ず」


 それを見た瞬間、ヴィリーさんがそっと呆れにも似た溜息を吐いたことに、僕は気付いた。


 それでちょっと察してしまった。多分、今のやりとりは【わざと】だったのだ、と。


 カレルレンさんはわざと言い訳をしなかったのだ。


 そして、ヴィリーさんが彼の真意をちゃんと理解していることがメンバーの皆にわかるよう、ああ言わせるように仕向けたのである。自分の怒りがそんなパフォーマンスに転用された事に気付いて、ヴィリーさんは最後に呆れの息を吐いた――のだろう。きっと、おそらく。


「もういいわ、アレを片付けてちょうだい」


「かしこまりました」


 カレルレンさんに新入りさん――結局彼の名前はわからず仕舞いだった――の介抱を指示すると、ヴィリーさんは僕達に向き直った。


「――ごめんなさい、うちの者が不愉快な思いをさせてしまって。ナイツの代表としてお詫びするわ」


 そう言って頭を下げるので、流石に慌てて、


「い、いえっ! そん」


「上の者が頭を下げたのじゃ、仕方あるまい。許してやる」


 僕がヴィリーさんを制止する前に、ハヌが先にすごく偉そうな口調でそう言ってしまった。ふん、と荒い鼻息を吐いて、そっぽを向く。


「……あなたも、許してくれるかしら?」


 ヴィリーさんがこちらに視線を向けて――しかも哀しげな目で――きたので、僕は思いっきり首を縦に振る。


「もももも勿論です! む、むしろこちらこそすみませんでした!」


 がくがくがくと頭を振っていた状態から、そのまま腰を折って謝罪へと移行する。するとヴィリーさんが、くすっ、と笑ってくれた。


「あなたが謝る事じゃないわ。こちらの管理責任なのだから……あ、そうだわ」


 ふと何を思い付いたのか、ヴィリーさんは右の装甲付き手袋をはずし、露わになった手を僕に差し出した。


「名乗るのが遅れてごめんなさい。私はヴィクトリア・ファン・フレデリクス。もし良ければ、後日にでもきちんとしたお詫びがしたいわ。私とネイバーになってくれないかしら?」


「えっ!?」


 とても剣士とは思えない繊手を前に、僕は彫像と化す。


 ネイバーというのはその名の通り、隣人、知り合いという意味合いを持つ単語だ。〝SEAL〟を持つ者同士がそのつもりで直に握手をすれば、互いのアドレス情報などを交換することが出来る。これを『ネイバーになる』と言うのだ。


 あの〝剣嬢〟ヴィリーとネイバーに!? こんな僕が!?


 畏れ多いにも程がある。だから断ろうと思った。けれど、この状況でヴィリーさんの申し出を拒否するのは、それはそれでとんでもない話だった。


「……す、すみません、よ、よよよ、よろしく、お願いします……!」


 数瞬の葛藤の後、僕は同じように手袋をとって、ヴィリーさんの手を握った。


 深紅の瞳が柔らかく微笑む。


「ありがとう、嬉しいわ」


 掌に伝わる、とても心地の良い感触。ハヌのマシュマロみたいな柔らかさとはまた違い、ヴィリーさんの手肌は、まるで最高級のシルクのようだった。


 手を離すと、ヴィリーさんは手袋を嵌め直しながら、


「――実は私達、これからこの階層の『ゲートキーパー』に挑戦することになっているの。もし時間があるなら、応援しに来てくれるかしら? ああ、もちろん、気が向いたらでいいのだけど。それじゃ」


 そう言い置くと、彼女は笑顔で手を振って背を向けた。返答を期待していないということは、社交辞令だったのかもしれない。


 ヴィリーさんはバッと腕を振って、『NPK』のメンバーに指示を飛ばした。


「総員、移動するわよ! 次の目的地は、この階層のセキュリティルーム! 準備は万端にしておくこと! いいわね!」


『はっ!』


 大勢が一糸乱れぬ動きで、右拳で胸を叩く敬礼の姿勢をとった。


 そんな彼らを、凛々しい背中が率いて立ち去って行く。


 僕はその後姿を、ただ呆然と見送った。




『NPK』の人達の姿が見えなくなってから、ハヌが話しかけてきた。


「のう、ラトよ」


「――なに、ハヌ?」


 ハヌの声音は、さっきとは打って変わって静かなものだった。フードの影の中から、らんらんと輝く金目銀目が僕を見上げている。


「おぬしは何故、何も言い返さなかったのじゃ。愚弄されたのはわかっていたであろう?」


 ハヌの語調には僕を責めているような感じはなかった。ただ純粋に、僕の態度の意味がわからなかった、という風だ。


 ずきり、と心が痛む。言い返さなかった理由なんて、一つしかない。僕は思わず視線を逸らして、呟いた。


「だって……一応、本当のことだから……」


 僕だって腹が立つし、悔しいし、悲しいし、反論できることだってあるけれど――実際、あの新入りさんが言ったことも決して嘘ではないのだ。


 支援術式は総じて使い勝手が悪い。


 見方を変えれば利点だって多いのだけれど、それは逆に言えば、普通に見たら駄目だってことでもある。


 取り扱いは難しいし、効果は微妙だし、使いどころは少なく、フォトン・ブラッドの消耗率も馬鹿にならない。


 普通の人ならば、よほどの理由でもない限り進んで習得しようとはしないし、ましてや支援術式をメインに据えるなど以ての外だ。


 それに、〈ストレングス〉や〈ラピッド〉といった身体強化系の場合、似たような効果が他の戦闘用術式に付与されていることも多い。


 例えば剣術式や格闘術式などには、ほんの数セカドだけど〈ストレングス〉と同じ攻撃力増強の補正があったりする。また、〈幻影剣〉という〈ミラージュシェイド〉と似た術式なんかもあったりする。


「集会所でもちょっと触れたけど、基本、僕みたいなエンハンサーは敬遠されちゃうんだ。あんまり役に立たないから、そんな奴でルーターのポートを一つ塞ぐのはもったいない、って……」


 パーティーが組めるルーターは非常に高価なものだ。最低でも四人でエクスプロールが出来るパーティーは、安全度が増してコンポーネント回収の効率も良くなる。だから皆パーティーを組みたがるし、貴重なポートの割り当ては、出来るだけ有能なメンバーにあてがいたくなるものだ。


 よって、僕みたいな役立たずはどこに行ってもお断りされてしまう。


「それに、全部わかった上で、それでも誰かとパーティーを組むことにこだわっていたことも事実だし、いつも一人ぼっちなのも、実際にそうだから――」


「ばかもの!」


「えっ!?」


 いきなりの怒罵に驚き、ビクッとハヌの方に振り向く。見ると、ハヌはフードを脱いで僕を睨んでいた。


「ラトのばかもの! おぬしはもう一人ではなかろう!」


 その小さな掌で、彼女自身の薄い胸を叩き、


「妾が……妾がおるではないか! 妾とコンビとなりシンユウとなったことを、もう忘れたと申すか!?」


「――ハ、ハヌ……」


 じーん、と来た。


 怒られている。それ自体は吃驚したし、申し訳ないとも思った。けれど――


「思い出したか! 思い出したのなら、二度とそのようなことを申すな! このばかものが!」


「……うん……ありがとう、ハヌ」


 それ以上に、嬉しかった。思わず涙ぐんでしまうぐらい、ハヌの言葉が嬉しかったのだ。


 考えてみれば、こうやって真剣に怒ってくれるのは、ハヌがちゃんと僕のことを友達だと思ってくれているからではないか。こんなにもありがたいことは他にないではないか。


 僕は何をウジウジ考えていたのだろう。


 自分はもう一人じゃない――不思議だ。そう思うだけで、とても心が軽くなった。


 僕は目尻の涙を拭って、ハヌに笑って見せた。


「――そうだね、弱音ばっかり吐いてもしかたないよね」


 しかも年下の女の子に泣き言だなんて。我ながら情けない話である。


 僕の返答に満足がいったのだろう。ハヌも破顔して、


「うむ、それでよい。なにせ、おぬしは妾の唯一無二のシンユウなのじゃ。卑屈になる理由など、もはや何一つない」


「あ、あはは……」


 流石にそれ一つだけで堂々と生きれる気はしないけれど。それでも、ハヌの気持ちは十分に嬉しかった。


 と、ここにきて、不意に思い出した。そういえば僕、さっきの件についてまだお礼を言っていなかった。


「あ、そうだ、ハヌ。さっきは……いや、さっきも、かな……その……ありがとう。僕のために怒ってくれて……」


「ん?」


 何の話だ? という顔をするハヌ。すぐに、ああ、と思い出し、くふ、と彼女は笑う。


「案ずるな。シンユウなら当然のことじゃろう?」


 とか言いながら、まんざらでもない様子のハヌである。無意識にだろうけど、腰に両手を当てて、自然と胸を張っていた。


 と、


「――そんなことより、ラトよ」


 ハヌの声のトーンが、すとん、と落ちる。


「話の続きじゃ」


「へ? 続き?」


「あやつらが来る前にしていた話じゃ。よもや、忘れたとは言わさんぞ?」


「……あー……」


 そういえば、そうだった。


 ハヌにはまだ話していないのだ。


 僕が支援術式をメインに据えた理由――まさに先程、マンティコアとの戦いで見せた僕の【特技】について。


 普通の人ならば論外であるその選択を、僕にさせた、その『規格外』の話を。


 ヴィリーさん達が現れたおかげであやふやになっていたけれど。


 でも、話の続きをするなら、その前にまず、


「えっと……安全地帯まで移動しながらでも……いい?」


 身の安全を確保するのが先決だった。




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