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無知ですみません



 別邸での生活にも徐々に慣れてきた私は、窮屈な上肩身の狭い生活ではありますが当初の予想に反して意外と平穏に暮らせております。しかし屋敷内を移動する時も常に使用人達から監視されているので気が休まる暇がありません。唯一監視の目から逃れられる自室に殆ど籠りっぱなしでしたが、いい加減飽きました。とっても退屈です。


「買い物、ですか?」

「そう。もうずーっと家に籠りっぱなしなんだもの。折角王都に居るのに」


 そう、ここは王都なんです。私はずっと田舎の領地で暮らしていたので、王都に来たことはありません。折角王都に住んでいるというのに、閉じ籠っているなんて勿体ないです。


「そうですね。では、明日にでも出かけましょうか」

「本当!? とっても楽しみだわ」


 もしかしたら反対されるかも、と少し心配でしたがアンナが快諾してくれてホッと一安心です。ふふ、今から楽しみです。買い物といっても、特に欲しいのはないので、一番の目的は王都の観光です。きっと素敵なお店がいっぱいなんでしょうね。

 私は遠足前の小学生のように、柄にもなくワクワクしながら楽しみにしていたのですが――。




「……なぜ、護衛?」

「リリアーナ様に万が一の事があってはいけませんので」


 翌日、てっきりアンナと二人で出かけるかと思っていたのですが、セシルが護衛に着くことになりました。たかが買い物に行くだけの事で護衛など必要ないと思うのですが。王都はそんなにも治安の悪い所なのでしょうか?

 ……はっ! まさか、買い物に見せかけて私を亡き者にしようという企みでしょうか。それなら納得です。私なんぞに護衛が付くこと自体が不自然過ぎますから。いくら侯爵家の嫁になったとはいえ、買い物くらいで護衛など……付くものなのでしょうか? 貧乏貴族の私には無縁だったので驚いてしまいましたが、金持ちはそういうものなのでしょうか?


「さあ、リリアーナ様、馬車にお乗り下さい」

「え、ええ」


 アンナに促され私は馬車に乗り込み、向かいにはアンナが座ると馬車は進み始めました。息抜きで買い物に行きたかったのですが、どうやら外でも気は抜けないようです。こんな事なら短剣をドレスに仕込んでおけば良かったです。少年とはいえ男相手に素手で立ち向かうのは心もとないです。まさかアンナも一枚かんでいるんじゃ……。


「どうされました? 顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」

「……私はアンナを信じているわ」

「……それは光栄です」

「私は貴方を疑ったりしてないわ。ええ、ちっとも疑ってませんとも。私はアンナを信じてます。例え護衛という名の死神を手配されたのだとしても、私は信じます。アンナは私の味方だと言ってくれました。そうですよね? アンナは私の王子になってくれたのですから、王子が私を谷底に突き落とすような真似する訳ないもの。……まさか、王子というのも冥界の王子とかそんなバカげた落ちではないですよね。ねえ、アンナ。貴方は私の白馬の王子様よね?」

「違います」

「そんなっ!」


 なんという事でしょう! アンナは私の王子様ではないの? では、やっぱり私を冥界に送り込もうとしている刺客だったというの? 酷いです、信じていたのに!

 ショックで顔を真っ青にした私に、アンナは頬を引き攣ったように苦笑いを浮かべていました。


「私は王子ではありませんが、リリアーナ様の味方ですよ。前にも申したではありませんか」

「じゃあ、あの護衛は?」

「レオナルド様に本日の事を話しましたら護衛を連れていけとのご命令でしたのでそれに従っただけの事です」

「レオナルド様が?」


 どうして護衛を連れて行けなど仰ったのでしょうか。仲睦まじい夫婦であれば理解できる配慮ではありますが、私を嫌うレオナルド様がそのような事をするようには見えません。もしかしたら、私が思っているよりも良い方なのでしょうか?

 うん、考えても分からないので止めましょう。取り敢えずはアンナが味方であるという事は間違いないようだし、オネエの手先である彼の動向に気を付けていれば何とかなるでしょう。うん、そう信じましょう。




 住宅街を抜けると無事商店街の通りに着きました。私はゆっくりお店を見て回りたいので商店街の少し手前で馬車を止めてもらい、スキップをしたい気持ちを抑えて私は商店街へ向かいました。人で溢れかえりごちゃごちゃしているイメージでしたが、綺麗な町並みでどのお店も高級そうな佇まいのお洒落なお店ばかりですし、行き交う人も身なりの良い方々ばかりで落ち着いた雰囲気の商店街です。


「まあ、なんて素敵なお店なの。とっても可愛らしい物ばかりだわ」


 最初に入ったお店は雑貨屋のようで、可愛らしいクマの置物やハンカチなど様々なものが売られていました。小物といっても、どれも値の張るものばかりで驚きました。ガラス細工でとても綺麗な薔薇のコサージュを見つけ思わず手に取って見ようと思いましたが、値札の金額を見て伸ばす手を止めました。

 高っ! くそ高いです!

 万が一壊したりしたら私なんかではとても弁償できない金額です。なんて恐ろしいお店でしょうか。


「リリアーナ様、お気に召したものはございますか?」

「え、えっと」

「この薔薇のコサージュなんてリリアーナ様にお似合いではないでしょうか」

「そ、そうかしら? 私には勿体ないくらいだと思うけれど」

「そんなことございません。お気に召したならお買いになられますか?」


 か、買う!? こんな高価なものを? む、無理無理!

 レオナルド様になんてお叱りを受けるか分かったもんじゃありません。それに綺麗だとは思いますが、欲しいとまでは思いません。今日の買い物だって、買い物とはただの建前で何も買う気などないのですよ。ただ見て楽しみたかっただけなんです。私なんぞが贅沢など、図々しいにも程があります。これでも一応、身の程は弁えているつもりなんです。


「今日はいいわ。それより、次のお店に行きましょう」


 それからいくつかのお店をただ見て回り、休憩にお洒落な喫茶店に入りました。初めてこうしたお店に入りましたが、見渡せば麗しい貴婦人や身なりの良い紳士ばかりです。私なんかが入ってしまっても大丈夫だったでしょうか。田舎者だと気づかれないでしょうか。うう、こう見えて私は小心者なんです。調子に乗って買い物行きたいなんて言い出し私ですが、今になって後悔しています。


「リリアーナ様、どうされましたか?」

「あの、私変じゃないわよね? ちゃんと周囲に溶け込んでいるかしら?」

「どこもおかしくないですよ。自信をお持ちになって下さい。リリアーナ様はどこからどうみても素敵な貴婦人です」


 ああ、アンナはなんて優しい女性なのでしょうか。しかし、今はお世辞ではなく事実を言って頂きたかったです。取り敢えず、さっさとお茶を頂いたらこのお店を出ましょう。とても休まる気がしません。

 大して休まずにお茶を飲んですぐに出ると、外で待っていたセシルと一緒に再度散策にまだ見ていないお店に向かおうとしましたが、セシルがとても不快そうな感情を隠しもせずに私を見てくるかと思うと小さくぼそりと呟きました。


「何も買いもしないくせにまだ見るのかよ。……恥ずかしい」

「……え?」


 恥ずかしい? 何も買わずにお店を見て回る行為は恥ずかしいものなのでしょうか? こういった場所は初めてであったし、前世の記憶もあってかお店を見て回るという事に特に抵抗もなく普通に思っていましたが、これは貴族としては拙いのでしょうか? 田舎貴族であった私は家に訪ねて来る商人からしか物を買ったことがないので、王都での一般常識というのはあまり分かりません。


「……アンナ。もしかして、こういう行動は貴族としてはいけなかったの?」

「いけないという事はございませんが、あまりなされない事ではあります」

「そうなの!? では、お店に入ったら何か購入しないといけないの?」

「お気に召したものがなければ無理に買う必要はございません。ただ、大抵は目的があって入店されるので購入される事の方が多いだけです」


 つまり、私がしていたのはお店に対して冷やかしに近い行為を行っていたという事ですか。

 うわあああ、なんて最低な事をしてしまったのでしょうか! というか、なぜ早く教えて下さらなかったのですか! 王都では常識なのかもしれませんが、少なくとも田舎から出てきた貧乏貴族の私にはさっぱり分からない常識だったんですよ! どうりで店を出る時店員さんの視線を感じると思ったんですよ。律儀に見送っているのかと思っていましたが、あれは「見るだけ見て何も買わないのかよ!」という意味の視線だったんですね。ああ、恥ずかしいです。


「はっ! この程度の常識も知らないなんて、それでも貴族の令嬢だったんですか?」

「……っ」


 私を馬鹿にした笑みを浮かべながら吐き出したセシルの言葉に、私は苛立ちと恥ずかしさで顔に熱が集まってしまいました。こんなんでも一応貴族の令嬢でしたよ、田舎の貧乏貴族のね!

 うう……、とても買い物を続けられる状態ではありません。もう帰りたいです。というか、何も買う気はないので帰るしかないです。冷やかし行為と知ってそれを続けられるほど、私は無神経でも図太くもありません。


「……帰ります」


 一刻も早く家に帰りたいです。恥ずかしくてもうこの場にいれません。

 私は速足で馬車へ向かって歩いていると、突如背の高い一人の男性が私の前に立ちはだかりました。いきなりの事で驚いてしまいましたが、厳つい顔をしたその男性は真っすぐ私を見下ろしニヤリと口元を歪ませました。


 ……ああ、嫌な予感がします。




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