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想像以上でした


 翌日、元々荷物が少ないという事もあり別邸へ持っていく荷物の整理は早々に終わりました。玄関へ向かうとそこにはレオナルド様とライズベル様のお姿が。相変わらず機嫌が悪そうにしているレオナルド様にライズベル様も怖い顔して話しております。お声を掛けられる雰囲気ではないので、どうしようかと思案しているとライズベル様の執事がライズベル様に耳打ちしこちらに気づいたようです。


「リリアーナ、準備は済んだようだね」

「はい。お待たせ致しました」

「家族に遠慮はいらないよ、リリアーナ。向こうで何かあったらすぐ言うんだよ? 飛んでいくから」

「……はい、お義父様。ありがとうございます」


 真剣な顔で話すライズベル様に私は思わず身を引きそうになりました。本当に飛んできそうで怖いです。


「レオナルド、リリアーナの事頼んだぞ」

「……」

「レオナルド」

「……分かりましたよ」



 こうして一週間にも満たない短い間だけでしたがお世話になったライズベル様達とお別れし、私は王都へと馬車に乗って向かうのですが、馬車には私とレオナルド様の二人きりです。この狭い空間で二人きりというのは、これは何かの罰ゲームでしょうか。殺気に似たものをずっと向けられ続け、さすがの私も胃が痛くなってきました。息をするのも辛いです。気まず過ぎます。


「……レ、レオナルド様は……」

「……」

「な、なんでもないです」


 あまりの気まずさに耐え兼ね勇気を出して声をかけようとしましたが、無謀な事をしました。鋭い目線を向けられ、私はそれ以上言葉を続ける勇気はありませんでした。覚悟のない勇気は、ただの無謀な行為でしかありませんね。身を持って学びました、はい。


「……アンタに忠告しておくわ」

「え?」


 驚きました。レオナルド様からお声を掛けて頂けるなんて。勿論、忠告と言っている時点で喜ばしい内容ではないのでしょうが。


「家で自由にするのは百歩、いえ百万歩譲って許してあげるけど、私に近づこうものなら完膚なきまでに叩きのめすから気をつけなさい。私は生憎と女に容赦しないから、自分の身が可愛いなら近づかない事ね」

「……わ、分かりました。気を付けます」

「妻なんていらないしどうでもいいけど、なんだってあんたみたいな地味な女が選ばれたんだか。本当に不思議だわ。正直、あんたみたいな女が一番何考えているのか分からないし執念深いから嫌なのよね。しかも面の皮厚いみたいだし、大人しく人の好さそうな顔して意外と中身は我儘で性格悪い捻くれ者だったりするのよね」


 あれですか、レオナルド様は心眼の持ち主ですか? なんで私の事をそんなに分かるんですか。実は私の事秘密裏に調べたんですか? それともストーカー? 怖いです。ここまで私を理解しているあなたがとても怖いです。


「ふん。都合悪くなるとだんまりってのも気に入らないわ。あんた頭の回転悪そうだもんね。色々考えてはいても処理しきれなくてうまく言葉に出せないのかしら? 本当、愚鈍なアンタらしいわね」


 凄いです! あなたはやはり心眼の持ち主ですね! ここまで私の事を理解してくれる人はきっといないです。殆ど会話らしい事してないのに、どうして分かるんですか! ここまでくると、私ちょっと感動してしまいます。顔以外好きになれる要素が一切無かったのですが、少しだけ好感度上がりました。


「ねぇ、何か言う事はないの? それとも全部身に覚えがあり過ぎて驚いているのかしら?」

「その通りです! 凄いです、レオナルド様!」

「……は?」

「レオナルド様は心眼をお持ちなんですね! そんな希少なお力を持っているとはさすがですレオナルド様!」

「……アンタ馬鹿でしょ? ってか、それ以上近づかないでくれる? 殴るよ?」

「ああ、すみません。つい興奮してしまって」


 つい前のめりになってしまった私は慌てて座り直しました。ふふふ、それにしてもレオナルド様とこんな軽口を言い合えるとは思ってもみませんでした。私もレオナルド様もいい具合に性格が悪くて丁度いいのかもしれないですね。


「アンタ、少し話したからって調子に乗ってんじゃないわよ。これだから能天気な頭してる奴は困るのよ」

「す、すみません」


 はい、調子に乗ってました。駄目ですね、気を付けます。


「あと、私の事名前で呼ぶの止めてくれる? 不愉快よ」

「す、すみません。では……旦那様とお呼びすれば良いでしょうか?」

「はあ? 私はアンタを妻とは認めていないのに、なんでアンタにそんな風に呼ばれなきゃいけないのよ!」


 ではどうお呼びすればいいのでしょうか。名前もダメ、旦那様もダメだなんて、本当に我儘なオネエです。あ、そうか!


「では、オネエ様とお呼びします!」

「…………は?」

「これ以上ないぴったりの呼び名ですわ。そう思いませんか、オネエ様!」

「……し、仕方がないから特別に名前で呼ぶ事を許してあげるわ。感謝してよね!」

「え? お気に召しませんでした?」

「あ、アンタ馬鹿なの! なんで私がそんな呼ばれ方しないといけないのよ!」


 オネエ様は顔を赤くしてそっぽ向いてしまいました。そんなに嫌だったのでしょうか。私としては是非オネエ様とお呼びしたかったのですが、残念です。


「では、有り難くお名前で呼ばせて頂きます」

「……ふんっ! これ以上気安く話しかけないでくれる? ただでさえアンタと二人でいるこの空間が不快で仕方ないっていうのに。本当、不愉快極まりないわ」

「はい、すみませんでした」


 また怒らせてしまいました。駄目ですね、すぐ調子に乗ってしまうなんて。ですが、思ったよりも話しやすい方なのかもしれません。とはいえ、もう気安くお話をしたりはしませんが。可能な限り近づきも致しませんから、どうぞご安心を。




 王都までの道中、馬車の中は沈黙に包まれ気まずい時間に耐えながら、私達は無事侯爵家の別邸に到着しました。ようやく気まずい空間から解放され、私はホッと胸を撫で下ろします。

 ああ、外の空気とはなんて澄んで気持ちいのでしょうか。あの地獄の様な空間に閉じ込められていたので、余計にそう感じてしまいます。


「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」

「ああ」

「……」


 屋敷に入ると、十数人の使用人達がお出迎えしてくれました。残念ながら侍女は一人もおりません。……あれ、私の眼はおかしくなってしまったのでしょうか? 深呼吸をしてもう一度使用人達へ目を向けますが、やっぱり女性の姿はどこにもありません。

 異様な光景です。男ばかりの、しかもなかなかのイケメンばかりが勢揃いしております。あれですか、これはレオナルド様好みのアレですか? 10代半ばの少年から40代の大人まで幅広い年齢層を用意しているようですね。なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気持ちです。思わず絶句してしまいました。


「レオナルド様、この後はいかが致しますか?」

「……部屋で休む」

「畏まりました。では、お茶をお持ち致しましょう」

「ああ」


 レオナルド様にお尋ねになったのは執事の方でしょうか。腰程までに伸びた長い黒髪を一つに束ね、前髪から覗く紫色の瞳が妖しく光る妖艶な美青年。お歳はレオナルド様とそう変わらないように見えますが、なんでしょうか……二人がただ普通に会話しているだけなのになぜか漂う空気が怪しいと思ってしまいます。気のせいですよね。きっと色眼鏡で見てしまっているせいなのでしょう、うん。


 レオナルド様は私の事を置いてさっさと部屋へと消えていきました。この状況で置いていくのですか、私を。なぜか私に向けられる使用人達の視線が突き刺さるように鋭利なものなのですが、どうしたらいいのでしょうか。大人しく串刺しにされていればいいのでしょうか。


「こうしてお話をするのは初めてですね。私はレオナルド様の執事をしておりますブラッドフォードと申します。道中お疲れでしたでしょう。お部屋にお飲み物をご用意致しますので、リリアーナ様もゆっくりお休み下さい」

「……そうね。そうさせてもらうわ」

「アンナ、リリアーナ様を部屋へご案内して差し上げろ」

「はい。ではリリアーナ様こちらへ」


 実は一緒にこちらに来ていたアンナに案内され、私はやっとあの突き刺さるような視線から逃れられ部屋に入るなり大きなため息を吐いてしまいました。そんな私にアンナは気遣わし気に声を掛けてくれました。


「リリアーナ様、大丈夫ですか?」

「……ちょっと、想像以上で」

「リリアーナ様ならすぐに慣れますよ」


 あれにすぐ慣れる? いえ、無理です。一体私のどこを見てそんな事を言うのですかアンナ。ここは想像したよりも恐ろしい場所です。3年も耐えられる自信が無くなりました。





「はぁー……」


 アンナが淹れてくれたお茶がとても美味しいです。この冷え切った心をそっと優しく温めてくれます。そんな私の様子に、傍に控えていたアンナは穏やかに微笑んでいました。可愛い彼女の微笑みはとても可憐で更に私の心を和ませてくれます。


「ねえ、アンナ。こんな事聞くのもあれなんだけど……ここ少しおかしいわよね?」

「……そうですね」

「……侍女は何人いるの?」

「リリアーナ様がいらっしゃる前はおりませんでしたが、私がこちらに参りましたので今は私1人です」

「……少なすぎじゃないかしら?」

「そうですね。ですが男手は多いので、問題ございません」


 そう、問題ないのですね。いえ、問題ないならいいのです。男が圧倒的に多いという見慣れない光景に驚いただけで、ここではそうなんだと思えば私は気にしません。気にしませんが、彼らのあの敵意の籠った視線はいかがなものかと。私、寝込みを襲われるのではと今から恐ろしいのですが。勿論、襲われるというのは命の危険性の方の意味で。


「……アンナ、貴方は……いえ、なんでもないわ」

「……大丈夫ですよ、リリアーナ様」

「え?」

「彼らはレオナルド様をお慕いしているだけで、リリアーナ様に害などございません」

「……」


 いえ、それは大丈夫ではないのではないでしょうか? 間違いなく害がありそうなんですが。とても身の危険を感じます。明日を無事に迎えられるかも心配になりました。


 今すぐ逃亡した方が良いかもしれません。





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