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ハイブリッドな私です



 ここ侯爵家へ越してきて三日が過ぎました。この日も私は特にすることもないので部屋で大人しく持参した本を読んで時間を潰していますが、なんだか落ち着かず途中何度も手が止まってしまいます。手を止めては古い記憶ばかり思い出してしまい、ため息が思わず出そうになってしまいそうです。



 実は私には前世の記憶というものがあります。それはまるで夢物語を見たような奇妙な感覚なんですが、もう一つの私の経験として確かに私の心に刻まれています。その前世の世界には見たこともないような風景や物で溢れかえっていました。日本という国に生まれ貴族などという堅苦しいしがらみの無い庶民の家に生まれ平凡に自由に暮らしていた前世が羨ましい限りです。前世の私は仕事をしながらそれなりに充実した生活を送り、一人の時間を娯楽に費やし恋人はいなかったみたいですがとても楽しそうでした。自分で稼いだお金を自分の為に使える幸せ。なんて贅沢な生活でしょう。

 一人暮らしを謳歌していた前世の記憶を取り戻したのは私が13歳の時でした。丁度領地が大変な時で、思い出した時は「なんで死んだんだ!」と怒り狂ったのは言うまでもありません。正直、現世よりも楽しそうな前世など思い出したくもありませんでした。これまで当たり前だった事が、とても窮屈に感じてしまって本当に困ります。


「……はぁー」


 ダラダラしたいです。こんな窮屈な服ではなく、ジャージ姿でベッドでゴロゴロしたいです。アニメや漫画を見てニヤニヤしたいです。ジムに行って走りまくって汗をかきたいです。観光地に旅行に行って美味しい物沢山食べたい。カラオケに行って歌をいっぱい歌いたい。食べ放題に行ってお腹がはち切れるまで馬鹿みたいに食いたい。キンキンに冷えたビールをジョッキで一気飲みしたーい!


 そうだよ、ビールだよ! こういう時は吐くまで酒飲んで、もう全部忘れてリセットしたい。なんでこの世界にはビールがないのさ。ワインとか上品な酒じゃ物足りないんだよ。こう、ぐいーっと一気飲みして、ぷはあーってやるのじゃないとダメなんだよ。ワイン片手にうふふなんて上品に笑いながらちびちび飲むのは性に合わない。ちびちび飲むのは日本酒と焼酎のロックって私は決めているのだ。それにどちらかというと、ワインは少し苦手なんだよ。しかも、この世界のワインって前世の時と比べると渋味が強くて癖もあってあまり飲みたいと思えない。




「うがぁ――! ビール飲みた――い!」


 手に持っていた本を閉じ、溜まった鬱憤を吐き出すように叫ぶ。

 ええ、そうですとも。本当はこんなお淑やかな令嬢なんではないんですよ。前世を知ってしまってからは全てが窮屈で仕方なかったです。前世の自由さ、気楽さを知ってしまった私は記憶を取り戻した後、暫く現実を受け止めきれず荒れていました。

 それは前世でいうところの「グレる」という現象を引き起こし、令嬢らしからぬ汚い言葉や暴言を吐きまくっていました。突然グレてしまった私にお父様も弟も顔を真っ青にしながら神に、そして亡くなった母に私の更生を必死に祈る姿を見て、ようやく現実を受け入れられるようになって落ち着きを取り戻しました。

 しかし、こうしてストレスが溜まったりイライラしてしまうと前世での言葉遣いが出てしまいます。現世の私と前世の私では多少性格の違いはありますが、それらが上手く組み合わさりハイブリッドな今の私が出来上がりました。



 バタバタと走って近づいてくる足音が聞こえます。そしてノックの音が聞こえアンナが慌てた様子で扉の開けて入ってきました。


「ど、どうかさないましたか!?」

「……いえ、なんでもないわ」

「ですが、叫び声が」

「気のせいよ」

「……そうですか。失礼致しました。何かございましたらすぐにお呼び下さい」

「分かったわ。ありがとう」


 明らかに疑ってる目ですね。アンナには悪い事してしまいましたが、ストレスは溜め込むのは良くないですからね。適度に発散しないと。ただでさえ、あの面倒な男のせいでストレス溜まりそうですし。

 ふー……。少し叫んだおかげでスッキリしました。完全復活です!






「え、ここで暮らす訳じゃないんですか?」


 私はライズベル様から呼び出され、ライズベル様の書斎に来ていました。そこで告げられた事実に思わず声が大きくなってしまいました。折角回復した私の精神が一気に半分まで減ってしまいました。

 なんと、これから私が過ごす家というのは王都にある別邸なんだそうです。ライズベル様は騎士団長を引退し今はここ領地で過ごされているそうなんですが、レオナルド様は今も近衛騎士として王城で働いております。私はてっきり単身赴任でレオナルド様だけ王都に住み、私はここで暮らすと思っていたのですが違ったようです。……ちっ!


「今はレオナルドも休暇でここにいるが、明日には王都へ発つ。レオナルドと共に王都へ行き君も一緒に向こうで暮らして欲しい」

「……分かりました」


 正直、ライズベル様がいないのはとても不安です。上手くやっていける自信ありません。大丈夫でしょうか? うん、大丈夫じゃないと思うんです、本当に。


「君には本当に申し訳ないと思っている。しかし、息子を変えられるのは君のような女性しかいないと確信していてね。君を犠牲にするような事をして本当にすまない」

「……あの、私のようなとは?」

「実は結婚相手を探している時に君の噂を耳にしてね。なんでも、令嬢にも関わらず一人馬に跨り領地を駆け回り、川に行けば一人釣りをして魚を釣ったり、自ら畑を耕し作物を育てるなど食糧確保に励んでいると聞いてね。なんて逞しい令嬢なんだと思ったよ」


 いえ、それはただ貧乏故に必死だっただけですが。少しでも節約しようと馬に乗って山や森に行ってキノコやら山菜やら採りに行ったり、魚を釣ったり野菜育てていただけです。どうか変に美化しないで頂きたいのですが。生活にゆとりがあったら、絶対しないですからね私。基本だらけていたい、楽して生きたい人間なんですから。


「あいつは知っての通り女性が苦手でな。あいつは顔だけは亡くなった妻に似て良いからな。幼い頃から言い寄られ続けては色々問題に巻き込まれたりしてね。女性に嫌悪を抱くようになってしまったんだよ」


 苦手? あれは苦手という次元を突き抜けていると思いますが、ライズベル様がそう仰るなら敢えて突っ込まずにいましょう。まあ、あれだけの美しい容姿ですからね色々苦労もあるのですね。レオナルド様は中性的なお顔立ちをしていますが、やはりお母様似でしたか。それにしても、美しすぎるというのも考えものですね。


「だから、私は君にかけたんだ。令嬢らしからぬ君にね」

「……はぁ」


 え、なんでしょう。これは貶されているのでしょうか。とても褒められているとは思えない言葉です。というか、賭けたとはどういう意味でしょうか。


「君は特に何もしなくていい。自由に好きに過ごしてくれて構わない。あいつの機嫌だって伺うような事をする必要だってない。君は君らしく過ごして欲しいんだ」

「それは私としても有り難いですけど。その、賭けとは一体?」

「ああ、気にしなくていいよ。これは私個人の賭けで、君には一切影響はないから。安心してくれ」

「……はい」


 まあ影響ないのならどうでもいいですが、その賭けは間違いなく負けると思いますよ。察するに、私という人間によってレオナルド様の女性嫌いが緩和されるかどうかといったものでしょう。借金の為結婚は承諾しましたが、そこまで面倒見るつもりはありません。冷たいようですが、レオナルド様が女性嫌いを克服しようがしなかろうが、心底どうでもいいのです。私は優しい人間ではありませんので。


「レオナルドは少しとっつきにくいところがあるが、心根は優しい奴なんだ。打ち解けるには時間はかかるだろうが、どうかあの子を誤解しないであげて欲しい」

「……努力はしてみます」

「ありがとう」


 心根は優しい、ですか。男性にはそうなのかもしれませんが、女性に対してはそれは発揮されないのではないでしょうか。ですが、取り敢えずは努力はします。3年間はどんな酷い仕打ちをされようと、耐えてみせます。借金肩代わりして頂いたので、その分は頑張りますよ。





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