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本当にずるいです


「本邸に、ですか?」


 レオナルド様がエレットの件を了承してくれてから二週間が過ぎた今日、夕食時にレオナルド様から本邸に行く事になったと告げられました。

 何故急に本邸に? という疑問が顔に出ていたのか、レオナルド様はその理由を教えてくれました。


「父に話したら折角だから三人で飲みたいと言ってきて……嫌なら断ってもいいけど? というか、そうして欲しいくらいだし」

「そんな滅相もございません! 喜んで行かせて頂きます!」


 正直、こんなに早くエレットと対面を果たせると思っていなかったので驚いています。

 それに、もしかしたら私を期待させるだけさせておいて用意する気がないのでは? なんて思ったりしてもいました。

 疑って本当にごめんなさい。


「……5日後を予定しているから準備しておいてよね」

「分かりました! ありがとうございます!」


 5日後、ですか。

 確かにレオナルド様はお仕事があるしすぐには無理ですよね。

 二週間待ったとはいえ、5日間が長く感じてしまいそうです。


「どのくらい居られるのですか?」

「あまり長居はしたくないけど、父が煩くて仕方ないから3日程はいる予定よ」


 という事は、3日間毎日エレット飲み放題!?

 ……というのは流石にないですよね。

 でも毎日一杯くらいはいただけるかもしれません。

 それだけでも最高過ぎます!

 ああ、早く5日後にならないでしょうか。





 そうして待ちに待った5日後。

 準備はもう2日前には終わり、今か今かと心待ちにしていました。

 私は嬉しい気持ちを隠しもせず、うきうきとしながら馬車に乗り込み出発のその時を待ちます。

 暫くしてレオナルド様が馬車に乗りようやく出発した私は、逸る気持ちを抑え小窓から外の景色を眺めながらエレットの妄想に勤しんでいると、ある違和感に気づきました。


「……」

「……」


 そう、やけに静かなんです。

 いつも会話などあまりないですし、これまでも馬車の中はいつも静かではあったのですが、空気が違います。

 なんというか、これまでと違って重々しくないんです。

 ピンと張りつめた空気ではなく、ただ静かな空間になんだか逆に居心地が悪く感じてしまいます。


 そっとレオナルド様を覗き見ると……え!

 こっちを見てる!?

 なんで!?


「……」

「……」


 無言でただじっと見られるというのは、なんとも落ち着かないものです。

 しかもその相手が絶世の美男子って、半端ない破壊力です。

 ……私、顔に何かついてるのでしょうか?

 いつものようにぼろくそ暴言吐いて下さっていいので、お願いですから何か言ってください!

 大人しいレオナルド様とか、逆に怖いです。


「……」

「……」


 いまだじっと見てくるレオナルド様。

 なんとなく目を合わせられず、視線が泳いでしまいます。

 もう、なんで見てくるんですか!

 そんなに見つめられると、どうしていいのか分からなくて非常に困るんですけど。

 落ち着かない上に、なんだか体がこそばゆくなってきます。


「……あの、何か?」


 もう無理です。

 この空間に我慢できません。

 耐えきれずそう尋ねると、レオナルド様は私をじっと見つめながら答えました。


「随分と嬉しそうだな、と思って」

「え、ええ。とても楽しみですから」

「そう」

「はい」


 …………で?

 え、それだけ?

 いつもみたく私の事貶してきたりしないんですか?

 なんだか普通すぎて調子が狂います。


 それきり窓に目を向けてしまったレオナルド様。

 大人しすぎます。

 こんなレオナルド様、気味が悪いです。


「あの、なんだか様子がいつもと違いますけど……体調でも悪いのですか?」

「……別に」


 素っ気ない返事をするレオナルド様。

 体調は本当に悪くはなさそうですが、やはりどうにも様子がおかしいですね。

 他に考えられる原因として何があるでしょうか?

 あ、もしかして……。


「ライズベル様にお会いするのがお嫌なのですか?」

「……」


 少しだけ顔を顰めるレオナルド様にそれが図星であると確信しました。

 あまり仲が良さそうには見えませんでしたし、頻繁には帰っていないのかもしれません。

 それが今回帰らなければならないのは、どう考えても私のせいですよね。


「すみません。私のせいですよね」

「……別に」

「でも……すみません」


 私がエレットを飲みたいなどとごねなければレオナルド様が本邸に帰らなくてすんだはずです。

 自分の我儘が他人に迷惑をかけてしまう事に申し訳なく思う気持ちはありましたが、こうして実害を目の当たりすると己の浅はかさに嫌気がさします。

 レオナルド様の事は好きではありませんが、だからといって迷惑をかけてもいいとは思っていません。

 今更後悔しても遅いでしょうが、それでも謝らずにはいられません。


「そこは『すみません』ではなくて『ありがとう』でしょ」

「……え?」


 意外な言葉に驚きレオナルド様に目を向けると、いつもの馬鹿にしたような顔でも睨みつける顔でもない、少し困ったような柔らかな表情を浮かべていました。

 そんな表情を向けられたは初めてで、さらに驚き困惑してしまいます。


「これは私が承諾したことなんだからアンタが気にする必要はないわよ。それに、父との事はアンタには関係のないことなんだし、そこまでアンタが気に病む必要もないわよ」

「……ですが」

「父とはお世辞にも仲が良いとは言えないけれど、別に嫌っているわけでもないのよ。ただ、私に対して干渉が過ぎるから苦手なだけで。帰るたびに喧嘩になるから距離を置くようにしたけれど、今はアンタもいるし父も前ほどは干渉してこないだろうし……だから、アンタは素直に喜んでいればいいのよ」


 レオナルド様が私を慰めて下さっている?

 あのレオナルド様が?

 なんで?

 どうして?

 理由は分かりませんが、本当に素直に喜んでもいいのでしょうか?


「あ……ありがとうございます」


 恐る恐る感謝の言葉を言うと、レオナルド様は静かに微笑みました。


「……っ!」


 見間違いかと思うほどの一瞬の事ではありますが、確かに微笑んだレオナルド様。

 ……ああ、本当にずるい。

 こういうのって本当にずるいです。

 たった一度の微笑みが、これほど嬉しくこんなに破壊力があるなんて。

 これまでの事を全部許してもいいかもしれないと、一瞬思ってしまったほどです。

 顔面偏差値が高いって、やっぱり得ですね。


「ボケっとしてどうしたのよ?」

「……あ、いえ。その……笑いかけて頂いたのが初めてだったもので驚いてしまいました。レオナルド様にこんなに優しく接してもらえたのが初めてで、とても嬉しいです」


 あまりの衝撃に呆然としていると、レオナルド様が怪訝そうな顔を浮かべながら尋ねてきました。

 その問いかけでハッと我に返った私は落ち着かないまま素直に気持ちを打ち明けると、レオナルド様が目を大きく見開いて「しまった」という顔を浮かべるので、思わぬ反応にこちらも困惑してしまいます。


「か、勘違いしないでよね! 優しくしたつもりなんてないんだから! って言うか、私がアンタに優しくする事なんて有り得ないから! どれだけおめでたい頭をしているのよ! エレットの件だってジールがしつこく言ってくるから仕方なくであって、アンタの為じゃないから! それに私は笑ってなんかないし!  私がアンタなんかに笑いかける訳がないでしょ? 勝手に変な妄想をするのはやめてくれる!?」


 ……おーっと。

 何故か流暢に早口で話し出しましたね。

 急にどうしたのでしょうか?


「大体、アンタはちょっと物事を楽観的に考えすぎなのよ。もう少し深く考えることが出来ないわけ? その頭は飾りなのかしら? ボケっとしてるのは顔だけでなくて頭もなのね。普段から考えたりしないからそんな間抜け面になるのよ。アンタみたいに能天気にお気楽に生きていけたらどれだけ楽だか。まあ、私は死んでも御免だけどね。どんなに楽でもそんな間抜け面になるなんて恥ずかしくて外も出歩けないもの。そう思うとアンタって図太い神経してるわよね。そんな顔でよく堂々と出歩けるものだわ」


 いつもの調子に戻ったのはいいですが、よくもまあそんなに嫌味が出てくるものですね。

 関心してしまいますよ。

 とりあえず、煩くてたまらないので総スルーです。

 しかしそんな態度が気に入らないレオナルド様は当然噛み付いてきます。


「ちょっと聞いてるの!?」

「ええ、勿論聞いてますよ。将来レオナルド様がハゲるって話ですよね?」

「はぁあ!? 全っ然違うから! ってか、何よハゲって!」

「気づいてなかったんですか? 最近おでこが広くなってるんですよ? あ、今もほら1本の尊い命が尽きてしまったみたいですよ。順調に育ってるようで良かったですね」

「……え、嘘!?」


 タイミング良くレオナルド様の膝の上にはらりと落ちた1本の髪の毛に、レオナルド様はギョッと目を向けます。

 そして慌てて前髪を抑えながら目に見えて狼狽えるレオナルド様。

 相当ショックだったようです。

 やっぱりハゲるのはお嫌なようですね。


 ……まぁ、嘘ですけど。

 我ながら性格が悪いですが、散々ぼろくそに人の事を貶したんです。

 このくらい可愛いものですよね。

 そのまま私の可愛い嘘に気づくまで大いに悩んで下さい。




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