これも女主人の役目……?
エレットというビールによく似たお酒が飲みたいあまりにジールを煽り、無事エレットを飲む手筈が整った訳ですが、今となってはあれは間違いだったのではないかと少し後悔をしています。
なぜなら……。
「さあ、リリアーナ様。今日もいっぱい食べて下さいね」
「……え、と……」
「あ、おかわりもありますから。遠慮はいりませんよ?」
「……」
翌日から私の食事の量は激変しました。
以前の倍ほどの量になり、ひたすら肉を食べる毎日。
あんなに楽しみにしていた食事の時間が、今では憂鬱なものへと変わってしまいました。
「あの、ジール。私、もうこれ以上は……」
「まさか残す、なんて言わないですよね? すべてリリアーナ様の為に用意したんですよ? ちゃんと最後まで食べて下さい」
「でも……」
「約束、しましたよね? エレットがあればたくさん食べれるって」
言いましたよ?
確かに言ったけれども、いくらなんでもこの量は無理ですよ。
私は食べる事は好きですが、別に大食いという訳ではないですからね?
「エレットと一緒にならって言ったのよ。だから、エレット無しだとあまり……っていうか、いくらなんでも限度ってものがあるでしょ?」
「ではこれをエレットと思って食べて下さい」
ジールはそういって白ワインを差し出してきました。
いやいや、いくらなんでもこれをエレットと思って食べるなんて無理ですよ。
そんな芸当ができるなら、あんな真似してまでエレットをせがんだりしませんから!
「さあ、まだこんなに残っていますよ? お手伝いしてあげますから、ほらお口を開けてください」
「やめてちょうだい。気色悪くて余計に食欲が失せるわ」
「……我慢な子豚ですね。私は従順な豚の方が好きなんですが……あとで調教が必要かもしれないな」
お腹がいっぱいになってしまった私の口に肉を押し込もうとするジールに反抗すると、とんでもない発言をボソッとこぼすジール。
もうあれですよね。
完全に私の事、豚として扱ってますよね?
しかも調教とか……この男、危険すぎる。
本当ならこんな馬鹿みたいな食事の量も拒否したいところではありますが、エレットが来るまでは下手な真似は出来ません。
なにせエレットが飲めるのは、やはりジールの執念による功績が大きいですからね。
それ故にジールの機嫌を損ねてしまてはエレットが飲めなくなるかもしれません。
それだけは絶対に嫌です。
無事にエレットを飲めるまでは大人しく従っておくほうが得策でしょう。
そんな生活が数日続いたある昼下がり。
少しでも運動しようと屋敷内を歩いていると、ライトとマルコが二人で談笑をしているところに鉢合わせしてしまいました。
向こうもこちらに気付いたのか、ライトはサッと蝋燭を掲げ、マルコは顔を青くさせたり赤くさせたりしてこちらを見ています。
ああ、面倒な二人に出くわしてしまいました。
「それ以上近づかないで下さいね」
「分かってるわよ」
「マルコ、なんで近づこうとしてるんだ。また死の呪いを受けてしまう!」
ふらふらと近づいてくるマルコの腕を掴み止めるライト。
死の呪いって、むっつり過ぎてそっちが勝手に鼻血を流しただけじゃないですか。
言いがかりも甚だしいです。
「あんな呪いなら自分はいくらでも受けて立ちます……ですから手を繋いで散歩などいかがですか?」
「正気かマルコ!? 相手は魔王だぞ!?」
「……しゃれにならない事態になるからやめて」
不本意ながらライトの正気か? という言葉には同意見です。
言ってる側からもう鼻血垂れ流していますし、馬鹿な事を言わないで下さい。
またあんな大変な目に遭うと目に見えているのに、やるわけないですよ。
「……あれ? 魔王、少しお腹が膨らんでいませんか?」
「……え、と……」
この連日の大量の食事により、悲しいことにお腹に更にお肉がついてしまいました。
そのことを指摘されるとやはり恥ずかしいです。
お腹を隠して顔を赤くさせていると、マルコはハッとした顔をして口元に手を覆いとんでもない言葉を発してきました。
「まさか……自分の子……ですか!?」
いや、ないから。
何をどうしてそうなったんですか。
一度もそんな関係になったことないでしょうに。
「な、なんだって! まさか魔王が無理やりマルコを……!?」
「待って、なんで私が襲う方なのよ」
「そうだ、失礼だぞライト。自分が無理やりリリアーナ様を……」
「うん、それも違うわよね? 誤解されるから変なこと言わないでちょうだい」
マルコがあまりにも真面目な顔して言うものだから、ライトはすっかり信じてしまっているじゃないですか!
ありもしないことを言うのは本当にやめて下さい。
「でも、自分があの時……リリアーナ様と一線を越えてしまったから」
「ちょっ! 一線って何よ!」
「ふ、ふしだらだー!」
これ以上変なこと言わないで!
ライトは顔を真っ赤にしているし、これ以上は本当に誤解を招きかねないですからね。
しかしそんな私の気持ちなどお構いなしに、マルコは神妙な面持ちで更に言葉を続けます。
「あの時、自分が膝枕をしてしまったからですよね」
「……え?」
「……膝枕?」
膝枕?
なぜ今膝枕の話?
それが一体何の関係があるんでしょうか。
思わぬ言葉に私もライトも唖然としていると、マルコは顔を赤らめながらぼそりと呟きました。
「じょ、女性と過度な接触をすると……子を宿すと聞きました。まさか膝枕で妊娠させてしまうなんて知りませんでしたが……でもその子は自分の子に違いないです」
いえ、全っ然違いますけど?
その程度で妊娠してたら、そこら中妊婦だらけですからね?
「……」
「……」
えっと、これは冗談……ですよね?
まさか本気でマルコはそんな事で子供ができてしまうと思っているのですか?
……いやいやいや、さすがにそんな訳ないですよね。
大の大人がそんな子供みたいな事……。
「マルコ……本気で言っているのか?」
「冗談でこんな事言う訳がないだろう」
ライトが恐る恐る尋ねると、マルコは少しムッとした様子で答えました。
え、噓でしょう。
この歳でまさかこんな純情な男性がいるなんて。
「……そうか。まさか二人がいつの間にかそんな仲になっていたとは……しかし、よりによって魔王に子供だなんて……世界の均衡が崩れてしまう」
世界の終わりだ、と言わんばかりの深刻な顔をしながら呟くライト。
ちょっと待って。
まさかライト、あなたも信じているの?
嘘でしょう!?
「二人とも、何か勘違いしているようだから言っておくけど、私は妊娠なんかしてないわよ」
「……そう、ですね。そういう事にしておきましょう。で、いつレオナルド様にご報告しましょうか」
「マルコ、ちゃんと話を聞いてた? 妊娠していないと言ったの。これ以上話を飛躍させないでちょうだい」
「そんなに自分の子供だと認めたくないのですか? そんなに自分のことが嫌いですか? でも、そうですよね。自分が無理やりあなたに子を授けてしまったのですから。でも、男としてしっかり責任はとるつもりです。リリアーナ様が何と言おうと自分はリリアーナ様と子供を一生涯守り続けます」
これは完全に聞く耳を持つ気はないようですね。
困りました。
まさかこんな純情な男が二人も同時に存在するなんて。
どうしたものでしょう。
このまま誤解され続けるのは困りますし、ここは私が一肌脱ぐしかないですね。
「仕方ないわね。あまり気が進まないけど、私があなた達に教えてあげるわ」
「……教える?」
「何をですか?」
「もちろん子供の作り方よ」
これも女主人の役目と思えば、この程度のこと何てことないです。
それに誤解をしたままいつまでも私の脂肪を我が子扱いされるのはご免です。
「いい? 子供を作るには必要な行為があるの。それは手を繋いだり、ましてや膝枕なんかではないわ」
「必要な行為、ですか?」
「ふん、馬鹿にしないで下さい! それくらい知っています」
え、ライトは知っているの?
じゃあなんでマルコの言うことを信じたのでしょうか?
「その……キ、キスをすると……子を宿してしまうのでしょう? まさか膝枕でも子を宿すとは知らなかったですが」
「…………それも違うわ。そんな事では子供はできないわ」
「え!? ではどうやって……?」
顔を真っ赤にさせながら答えたライトの回答もどうやらマルコと大差ないようです。
やはりここはきっちりと教えてあげる必要がありますね。
女主人として、私の持ち得る知識を余すことなく教えてあげましょう!
「過度な接触、という表現はあながち間違ってはいないわ。ただ、その接触というのはキスとかそんな軽いものではなく、もっと深く繋がる必要があるの。簡潔に言うと男性の……」
「リリアーナ様、その辺でよろしいかと」
そう言って急に話を遮って入ってきたのはブラッドフォードでした。
これからというところで話の邪魔をされ、少しムッとした顔を向けるとブラッドフォードは困ったように顔を向けてきます。
「今とても大事な話をしているんだから邪魔をしないでちょうだい」
「それは失礼しました。ですが、彼らには過ぎた話のようでしたので、その様な説明は不要かと思いますが」
「大有りよ! このままずっとコレを我が子扱いされるのは嫌だもの。誤解を解くためには事実を教えるべきでしょう?」
私が少し出てしまったお腹を触りながら訴えると、ブラッドフォードは事態を把握したのか「そういう事でしたか」と納得したようです。
「その誤解については問題ありませんよ。私の方からしっかり彼らに教えますから。それに、あまり女性からそういった話をされるのはよろしくないでしょう?」
折角恥を忍んで彼らに教えてあげようと思っていたのですが、そう言われては引くしかありません。
正直、あまりそういった生々しい話はしたくはないですしね。
ブラッドフォードがしっかり説明をしてくれるというのならば、私も異存はありません。
しかし、彼らをブラッドフォードに任せるというのも一抹の不安を覚えます。
……本当に大丈夫でしょうか?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、運動のために庭を歩いていると、ライトとマルコが揃って私の元へやってくるなり謝罪をしてきました。
どうやら誤解は解けたようです。
それは本当に良かったのですが……。
「リリアーナ様、すみませんでした。あんな勘違いをしていた自分が恥ずかしいです。それにブラッドフォードから子作りについて教えてもらい、自分にはまだまだ美しさが足りず未熟な事が分かりました。これからはもっと強さだけでなく美しさを極めるためにも精進していきます」
「僕も正直思い上がっていました。自分は美しいと少し自惚れていたので……。女性は嫌いなので子供なんていりませんが、今後は打倒魔王だけでなく自分自身と向き合ってより美しく強い勇者に相応しい自分になろうと思います。覚悟してくださいね魔王」
「…………そう」
真剣に話す彼らの言葉に顔が引き攣ってしまいます。
……美しさって何?
どっから湧いて出てきたのソレ。
子供を作るのに美しさとか関係ないはずですけど。
奴は一体彼らに何を吹き込んだの?
やはり奴に任せたのは間違いでした。
ライトとマルコが仕事に戻り、一人モヤモヤとしながらまた庭を散歩していると、このモヤモヤの張本人が。
「おや、リリアーナ様。お散歩ですか?」
「ええ」
ここで会ったのも何かの縁。
きっとろくな話ではないでしょうが、気になるので聞いてしまいましょう。
「ねえ、ブラッドフォード。昨日の件だけど、ライト達になんて言って教えたの?」
「……気になりますか?」
「そうね。特に美しさとか意味が分からないし」
私がそう答えると、ブラッドフォードは顎に手を当てながら考え込んでしまいました。
しかしすぐにこちらに向き直ると、いいですよと承諾してくれました。
ありがとう、とお礼を言おうとしたのですが、ブラッドフォードが急に服を脱ぎ出すという奇行に違う言葉が出てしまいました。
「え、やだ気持ち悪いっ! なんで服を脱ごうとしてるのよ!」
「……え? なぜって……知りたいのでしょう?」
確かに言ったけれども、全然答えになっていませんよ。
気持ち悪い上に変態とか、本当に始末に負えないから止めて下さい。
全身鳥肌が立ってしまったじゃないですか。
「美しさを語るにはまず、この私の美しい体を隅から隅まで見て頂かない事には始まりませんからね」
「断固拒否するわ。もしそれ以上脱ぐというのなら……始まる前に終わらせる」
「あぁ、いいですね。その殺気のこもった目! ゾクゾクします」
もっと下さい、と恍惚とした顔を向けてくるブラッドフォード。
一気に湧き上がった殺意もその姿にドン引きしてしまい、殺意よりも気持ち悪さが勝ってしまいました。
ああ、やっぱりろくな事にならなかったです。
ブラッドフォードに関わろうとした私が馬鹿でした。
……取り敢えず今日は徹夜確定ですね。




