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何もしてません



 レオナルド様と一緒に夕食を取るようになって、早いものでひと月近く経ちました。

 食事中は意外と和やかで、レオナルド様から声を掛けて頂くこともあります。

 それはとても嬉しい事ではあるのですが、その話の内容がいつも似たような事ばかりなのがここ最近気になるようになりました。


 親族に声変わりをしていない男性はいるのか?

 小柄なのは遺伝なのか?

 弟以外にも兄弟(特に姉か妹)はいないのか?

 髪は自毛なのか?

 いつから伸ばしているのか?


 こんな内容の質問ばかりをされるのですが、なぜでしょうか?

 私に興味でもあるのでしょうか?

 ……うん、絶対ないですね。

 それに、なんだか体についてばかりな気もしますし。


 まさか……!




 ◇ ◇ ◇




 夕食の時間になりいつものように向かい合って食事をしていると、レオナルド様は真剣な表情で話を振ってきました。


「アンタの弟もまだ変声期迎えてないって話よね?」

「……はい」


 今日もまた体についての質問です。

 毎度毎度似たような質問ばかりで、飽きないのでしょうか?

 というか、これって会話というより質疑応答ですよね?

 話題が無ければ無理に話などせずともいいのですが、もしかして気を遣わせてしまっているのでしょうか?

 ……レオナルド様に限ってそれはないですよね。


「そういう家系ってことなの? 羨ましい……くなんかないけどね!」

「……」


 慌てて言葉を訂正するレオナルド様ですが、全然誤魔化せていません。

 寧ろ強調しているくらいです。


 それにしても……羨ましい?

 私が?


 もしやと思っていましたが、やっぱりそうなのかもしれません。

 私は恐る恐る気になった事をレオナルド様に聞いてみることにしました。


「あの、レオナルド様は……私が羨ましいんですか?」

「……羨ましくないって言ったでしょ!」

「ですが、いつも私の身体ばかり気にされてますよね?」

「は、はあ!? 気にしてないわよ!」


 動揺するレオナルド様に、私は確信しました。

 これは絶対そうです。

 レオナルド様は女である私の体が羨ましいに違いありません。


 レオナルド様はオネエです。

 オネエが全員が全員女性になりたい訳ではないと思いますが、少なくともこれまでの言動からレオナルド様が憧れているのはわかります。

 きっと、少しでも女らしくなりたいと女の私に遠回しに色々聞いていたのでしょう。

 身近にいるのは私やアンナだけですしね。


「レオナルド様はとても綺麗ですし、何もしなくても大丈夫だと思いますよ」

「……はあ?」


 レオナルド様は意味が分からないと言った顔をされています。

 ここまでとぼけるなんて、そんなに知られたくない事だったのでしょうか?


「レオナルド様は私よりも綺麗ですし、女らしいですから」


 お肌もツヤツヤですし、髪の毛はいつもサラサラです。

 それにいつも爽やかなとてもいい匂いがします。

 何より色気がありますし。

 私なんかよりもずっと、女らしいと思います。


「……アンタ、私の事馬鹿にしてんの?」

「え? い、いえそんな事は」


 レオナルド様がギロリとこちらを睨んできます。

 褒めたつもりでしたが、何か気に触るような事でも言ってしまったでしょうか?


「私がアンタよりもずっと綺麗なのは知ってるわよ!」

「そうですよね……すみません」

「もういい! 部屋に戻る!」


 レオナルド様は酷くご立腹な様子で、食事を止めて部屋に戻ってしまいました。

 一緒に食事をするようになってからはここまで機嫌を損ねる事は無かったので、思った以上にショックが大きいです。


「……どうしましょう」


 今回は完全に私が悪かったですよね。

 軽はずみに無責任な事を言ってしまいました。

 私の軽率な言葉でレオナルド様を傷付けてしまったかもしれせん。


「リリアーナ様、こちらを食べて元気を出して下さい」

「……ジール」


 落ち込んでいると、ジールがデザートを持って来てくれました。

 いつもなら喜んで頂くところですが、今はあまり食欲もありません。


「本気で怒ってはいませんから気になさる事はありませんよ」

「……でも」

「ご自分で召し上がらないのであれば、私がお口に運びますよ?」

「頂くわ」


 明日ちゃんと謝りましょう。

 そう心に決めて口に入れたコーヒーゼリーのようなものは思った以上に苦く、それが今はとても身に染みました。





 ◇ ◇ ◇





 翌日――。

 今日はレオナルド様のお仕事がお休みで、予定なども特にないとアンナから聞いた私は、謝罪する為レオナルド様がいるであろう書斎に向かっていると、テラスに一人の女性が居ることに気付きました。

 今日は来客の予定もないと聞いていたのですが、急な来客でしょうか?

 優雅に紅茶を飲んでいる女性は私が見ている事に気付いたのかこちらに顔を向けてきたのですが、そのあまりの美しさに私は息を呑みました。


 なんて綺麗な人なんでしょうか。


 サラサラと流れる金色の長い髪に、キラキラと輝くエメラルドの冷ややかな瞳。

 神々しいまでの美しさは、見る人全ての心を掴んで離さない不思議な魅力があります。

 絶世の美女とは、まさに彼女のような人を言うのでしょう。


 それにしても、これ程綺麗な人がレオナルド様以外にもいらっしゃったのですね。

 そういえば、お顔立ちがレオナルド様とよく似ています。

 もしかしてレオナルド様の親族の方でしょうか?


「私はリリアーナと申します。あの、失礼ですが貴女は……?」


 私がそう尋ねると、女性は勝ち誇った様な表情を浮かべました。


「私が誰かも分からないなんて、本当にアンタは馬鹿ね!」

「そ、その声は……レオナルド様!?」


 聞き慣れた声とこの馬鹿にしたような話し方は間違いなくレオナルド様です。

 似ているとは思いましたが、まさか本人だったなんて思いもしませんでした。

 立ち上がりふんぞり返るレオナルド様にただただ驚愕するばかりです。


「なぜ、そんな格好を?」

「アンタに分からせる為よ!」


 分からせる?

 何を?


「私はアンタなんかよりもずっと綺麗なのよ! だから私がアンタを羨ましがる事なんて何一つないわ!」


 え?

 そんな事の為にわざわざ女装を?


「ちょっと! 黙ってないで何か言う事ない訳?」

「とても綺麗です。見惚れてしまいました」


 素直にそう答えるとレオナルド様はとても満足気です。

 レオナルド様って意外と子供っぽいですね。

 でも、昨日の件で落ち込んでいないようで安心しました。


「あの……お召し物が小さいように見えますが、キツくありませんか?」


 立ち上がったレオナルド様を見ると、着ているドレスがピチピチで窮屈そうです。

 心配して言ったつもりだったのですが、私の言葉にレオナルド様はムッと顔を顰めました。


「うるさいわね! これしか持ってなかったのよ!」

「そうですか。でもこうして見ると、やっぱりレオナルド様は体を鍛えてるのが分かりますね」

「当然でしょ。それにしても、なんでアンタはそんなに筋肉ないのよ」

「そうですか? 普通だと思いますけど……」

「嫌味を言うなんて、アンタも偉くなったものね」


 いえ、嫌味なんて言った覚えはありませんけど。

 どこが嫌味に聞こえるんでしょうか?


「昔はこのドレスもよく似合ってらっしゃったんですよ」


 少し険悪な空気になった所にブラッドフォードがやってきました。

 レオナルド様のお姿を目を細めて見ているブラッドフォードは、昔を懐かしんでいるように見えます。


「奥様はレオナルド様に女の子の格好をさせるのが大好きで、よくレオナルド様で遊ばれておりましたよね」

「……そうね」


 へーそうなんですね。

 それにしても、女の子の格好をさせるなんてレオナルド様のお母様は結構変わった方だったのかもしれません。

 ですが、そういった経験から女の子に憧れてしまったという事なんでしょうね。


「今ではもうその格好にも限界がきてしまっているようですね、レオナルド様」

「……うるさいわね!」

「顔だけならば私好みの気が強い美女なんですが、どうにも体が逞しすぎて……残念です」


 ブラッドフォードが手を前に出してレオナルド様の身体を隠しながら残念そうに言っているので、私も同様に手でレオナルド様の身体を隠して見ると、なるほど納得です。

 レオナルド様は一見細身に見えますが、筋肉が程よくついていてしっかりとした体つきをしています。

 そんなレオナルド様がドレスを着ると、どうしても女性と比べてガタイが良く見えてしまうんです。

 顔だけならば、深窓の美女なんですけどね。

 細マッチョの美女は嫌いではないですが、顔とのバランスが悪すぎて違和感は拭えません。


「……確かに」

「おや、リリアーナ様気が合いますね」

「それはとんだ誤解だわ。一緒にしないでちょうだい」


 ブラッドフォードと気が合うなんて絶対に嫌です。

 不愉快さを隠さずにいるとブラッドフォードは嬉しそうな顔を浮かべています。

 ……気持ち悪い。


「逞しい女性でも、もう少し胸があれば意外といけるかもしれません」


 いけるって何?

 気持ち悪い。


「胸……? そうか胸か……」


 レオナルド様は自分の胸に手を当ててブツブツと言っていると思ったら、私をまじまじと見てきました。

 いえ、正確には私の胸ですけどね。

 不躾に女性の胸を見てくるなんてセクハラですよ。


「アンタ、それどうやってるわけ?」

「……は?」


 どうやってる?

 どういう意味でしょうか?

 盛っているかどうか、という意味でしょうか?

 だとしたら失礼ですね。

 盛ってなんかいませんよ!


「何もしてません」

「嘘ね」

「失礼ですね。嘘なんかついてどうするんですか」

「じゃあちょっと触らせなさいよ」


 …………はぁ!?

 触る?

 私の胸を?


「な、な、なんで!?」

「本物かどうか確認するから触らせなさいよ」


 た、確かにレオナルド様とは結婚しておりますし、旦那が妻の胸を触ることに問題はないのでしょうけど……でも!

 無理無理無理!

 そんな夫婦らしい関係でもないですし、さすがにそれは恥ずかし過ぎます!


「嫌です!」

「ほら、やっぱり嘘なんでしょ?」

「嘘じゃないです!」


 ジリジリと近付いてくるレオナルド様。

 女性嫌いなのに、なんで自分から近付いてくるんですか!

 嘘だったの?

 あれは嘘だったの!?


「触らせなさい」

「い、嫌です!」


 私の胸に伸ばしてくる手をガシッと掴み止めますが、更に空いている方の手を伸ばしてきました。

 どうやら大人しく引き下がる気はないようですね。

 私も負けじとその手を掴んで応戦しますが、レオナルド様は鍛えているだけあってなかなか力があるようで均衡状態が続きます。

 やや押され気味ではありますが、ここで負ける訳にはいきません。


「この馬鹿力! アンタやっぱり……!」

「もう止めて下さい。いい加減しつこいっ!」


 なんでこんなにも触りたがるのか分かりません。

 本気で私の胸の盛り方を知りたいという事でしょうか?

 でも、本当に私は盛ったりなんかしていないので教えようがありません。


「なんでそんなに知りたいんですか!」

「……悔しいけど、アンタの方が女らしい体してるからよ」

「当たり前でしょう。何を言ってるんですか」

「んなっ! 自分が少し華奢な体だからっていい気になってるんでしょ! アンタなんかに負けるなんて絶対嫌なのよ!」


 何を当たり前の事を言っているんでしょうか。

 体が女らしいのは私が女なのですから当然のことです。


「勝ちとか負けとか何なんですか。第一、私とレオナルド様では比べる事自体が無理な話じゃないですか」

「アンタ、やっぱり私のこと馬鹿にしてるでしょ!」

「馬鹿にしてるとかそういう話ではないですよ」

「私に胸があれば女らしさでもアンタに負けないわよ! だから、さっさと教えなさいよ!」


 じりじりと近づくレオナルド様の手を必死に食い止めていますが、いい加減疲れてきました。

 怪我をさせたら困るので全力を出せませんでしたが、もうこれ手加減しなくてもいいんじゃ……?


「これ以上訳の分からないことを言い続けるのなら、いい加減私も怒りますよ?」

「私もこれ以上とぼけた振りをするなら、本気出すわよ?」


 そっちがその気ならこちらも容赦はしませんよ。

 向こうが仕掛けてきたら遠慮なくぶん殴ってやりましょう。


 そう意気込んでいるとゴトッと何かが落ちる音が聞こえ、私もレオナルド様も思わずその音のした方へ目を向けるとそこには目を丸く見開いたブルーノが立っていました。


「女神……!」

「な、な、な……っ!!」


 突然のブルーノの登場に私以上にレオナルド様が驚いているようで、口をわなわなさせています。

 なぜか感極まったブルーノはレオナルド様に走り寄り抱きしめようとしますが、レオナルド様が必死に逃げて躱しています。


「久しぶりね、ブルーノ」

「ああ、久しぶりだなリリアーナ様」


 声をかけると、レオナルド様に顔を向けながらも挨拶を返すブルーノ。

 その顔は緩み切っていて、よほどレオナルド様に会えたのが嬉しいのでしょうね。


「こちらに戻るのはあとひと月ほど先じゃなかったかしら?」

「どうしてもレオナルド様に会いたくて……無理に休みをもらって来たんだ」


 そんなにレオナルド様が恋しかったのですか。

 私には理解できない感情です。


「でも今日来て正解だった。まさか、またあの女神に会えるなんて!」

「それ以上近づくな! 俺に……私に触ったらただじゃおかない!」


 まるで猫のように威嚇するレオナルド様に、ブルーノはだらしない笑みを浮かべてじっと見つめています。

 「また」という事は以前にも女装したレオナルド様に会ったことがあるということでしょうか?

 気になったので聞いてみると、どうやら以前に一度だけ見たことがあったそうです。


「俺の初恋なんだ。あの時は女の子だとばかり思っていて男だと聞いた時はとてもショックだった。でも、俺の気持ちは変わらなかった。男だと知っても、俺には女神にしか見えなかったからな」


 ブルーノの初恋の相手が女装したレオナルド様だったなんて衝撃です!

 まあこれだけ綺麗であれば、恋してしまうのは仕方がないことなのかもしれません。

 子供の頃でしたら、さぞ可愛らしい美少女にしか見えなかったでしょうしね。

 それにしても、ブルーノはレオナルド様が男だと分かっても女神に見えたんですね。

 恋は盲目と言いますが、盲目にも限度があるのではないでしょうか?


「俺はどんな貴方でも受け入れる。どうか、俺と結婚を――」

「断る! ……ブラッドフォード、なんでこいつを入れた!」

「その方が面白いかと思いまして」

「お前なー……覚えてろよ」


 レオナルド様がブラッドフォードに恨み言を言うなんて初めて見ました。

 というか……なんだか口調が違ったような……。


「ちょっとアンタ! ぼけっとしてないでこいつをなんとかしなさいよ!」


 頼んでいる割に偉そうですね。

 そういう人にはそれ相応の対応しかしませんよ?


「ブルーノ……存分にやっちゃいなさい」

「はあ!? アンタ馬鹿でしょ! 何余計な事言ってんのよ!」

「さすがリリアーナ様。話が分かるな」

「ちょ、こっち来るな―――!!」


 さっきまで散々私に同じことをしていたんです。

 馬鹿呼ばわりされる謂れはありませんよ。


 ブルーノに捕まり無理やり抱きしめられ白目を剥いているレオナルド様。

 そんなレオナルド様に微塵も同情など沸き起こるはずもなく、私はブルーノが落とした手土産のお菓子をつまみながら心の中でブルーノに声援を送りました。


 いいぞブルーノ、もっとやれ。


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