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普通じゃないです



 レオナルド様と一緒に夕食を取るようになって今日で一週間になりました。

 意外な事にこの一週間、レオナルド様は毎日一緒に食事をとって下さっています。

 私の意見などに耳を傾けられる事など無いと思っていたので、この状況にとても驚いています。


 ですがこれはつまり、先日の私の提案を受け入れて下さった、という事ですよね?

 まさかこんなにすんなりと受け入れてくれるとは思っていなかったので、嬉しい誤算です。


 それに以前は敵意剥き出しでしたが、今ではそれほど強い敵意は無くなったように思います。

 その代わりに、なぜか疑わしい目で見られたりする事が増えましたけどね。

 先日の意味深な言葉も気になるところではありますが、しつこく聞いてレオナルド様の機嫌を損ねて今の関係が壊れるかもしれないと思うと聞くに聞けません。

 折角一緒にご飯を食べて、言葉を交わせるようになったんです。

 些細な事でまたこじれて関係が悪化するのは避けたいところ。

 今の私達は薄氷のように、とても脆く薄っぺらい関係でしかありませんからね。

 もう少し関係を築けたら聞くことにしましょう。




 何はともあれ、レオナルド様との関係はなかなか順調ではありますし、あとは使用人達との関係を改善させていくだけです。

 その為にも、今日も屋敷内をぶらぶらとしながら使用人達をこっそり観察しているのですが――。


「……おい、またいるぞ」

「あぁ、気を付けろ」


 私がこうしてぶらぶらと屋敷内を回っていると、彼らは一斉に臨戦態勢になり常に鋭い視線を向けてきます。

 最初の頃こそは気圧され気味ではあったものの、今ではもう慣れっこです。

 こんな事で怖気づいていては、目標の達成は出来ませんからね。


「ねぇ、あなた達……」

「ひ、ひぃぃ――!」


 少しでも親睦を深めようと近づいてみますが、悲鳴を上げるなり蜘蛛の子を散らすようにブワーっと逃げてしまい会話もままなりません。

 こんな調子なので、今だにきちんと会話出来るのはジールだけです。


「……はぁー」


 まるで化け物でも見たかのような彼らの反応に、日に日にため息ばかりが増えていきます。

 全く成果の出ないこの見回りに、やり方を変えた方が良いのではないかと思案していた時でした。

 どこからかガタガタと物音が聞こえてきました。


「……?」


 もしかして猫でも屋敷に潜り込んだのでしょうか?

 それとも、泥棒……な訳はないですね。

 ここは警備はしっかりしているので、そう簡単に侵入は出来ないはずですし。

 気になった私は音がする方に近づいていくと、ある扉の前まで辿り着きました。


「……ここから聞こえてきますね」


 確かここは物置部屋だったはず。

 扉に耳をあてると中からは人の声が僅かに聞こえます。

 もしかして荷物整理か何かをしているだけでしょうか?

 特に問題も無さそうだったので、その場を離れようとした時でした。


「ぐああぁああ!!」


 ……え!?


 中から聞こえてくる唸り声。

 明らかにこれは普通ではありません。

 もしかして体調を悪くして苦しんでいるのでは!?


 こうしてはいられません。

 すぐに助けに行かなければ!


「大丈夫!?」

「……!」


 私は慌てて扉を開け中に入ると、そこにはフード付のマントを羽織り左目に眼帯をして頭を抱えている男性がいました。

 思い切り扉を開けたのでその男性も驚いてこちらを見つめています。


「いったい何があったの? どこか具合でも……」

「……な……んで……」


 呆然と立ち尽くす彼の名前はライト。

 私と同じくらいの歳で、綺麗な水色の髪と瞳を持つ中世的な顔立ちのとても美しい少年です。

 深々と被っていたフードをとり、露になったサラサラと流れる綺麗な髪に思わず見とれてしまいます。


 いったいどうしたらこんなに綺麗な髪になるのでしょう?

 是非ともどんな手入れをしているのか教えて欲しいものです。


「なぜ、あなたがここに?」

「唸り声が聞こえて慌てて来たのよ。それより、体調は大丈夫なの?」


 私が一歩近づこうとした時でした。

 ライトが大きな声で「来るな!」と叫び、私が近づくことを拒絶してきました。


「それ以上僕に近づかないで下さい! 僕の清らかな体が穢れてしまう!」

「……」


 穢れるって……ひどくないですか?

 やっぱり私は化け物扱いですか?


「くそっ、早くも気付かれてしまったか!……やはり先日の結界が崩壊した事が原因なのかっ!?」


 ……結界?

 一体何のことでしょう?


「あの、ライト? 一体どうしたの?」

「さすがは魔王ですね。僕の施した結界ではあなたを抑えることは出来ないようです」

「……魔王?」

「これまでは僕の聖なる結界のおかげで魔王を封印し行動を制限していたのですよ。しかし、先日その結界を壊されてしまったんです。そう、魔王……あなたの手によって」


 あの、魔王って私の事ですか?

 化け物扱いどころか魔王って……どれだけ私のこと嫌いなんですか。


 全く話が見えない上に痛々しいこの空気。

 今すぐにでもこの場から離れたいです。

 でも、こうしてライトと話すのも初めてのことですし、彼を知るいい機会でもあります。

 ここはなんとか耐え抜きましょう。


「えーと、もう少し分かりやすく説明をしてもらえると助かるのだけど」

「魔王が襲来しこの屋敷を根城にして以降、僕は皆の安全を守るために魔王の部屋に結界を張り、毎日朝晩張り直していたんですよ。魔王の動きを封じる為にね。ですが、つい先日結界が消えていたんです。そしてその日から魔王はこの屋敷を徘徊するようになってしまった。皆を魔の手から守ろうとしていたのに……まさかこんな事になるなんてっ!」


 「くっ……!」と悔しそうに顔を歪ませるライト。

 いやいやいや!

 魔王とか結界とか、本当に何を言っているんですか。

 私の欲しい説明になっていませんよ。


 それにしても酷い言われようです。

 さすがに傷つきます。

 でも、私が屋敷を出歩くようになったのは確かにここ最近のことですね。

 その時何か変わった事があったとしたら……あっ!


「もしかして、あの蝋燭と紙?」

「ええ、そうです」


 犯人はお前か――!


 しれっと答えるライトに、なんだか一気に脱力してしまいます。

 あの意味不明な差出人が判明したのは良かったですが、想像以上に犯人が強烈過ぎて……。

 

 冷静になって周りを見れば確かに前に見た蝋燭と紙がそこら中に置かれています。

 どれも火が灯っておらず、なんだか異様な光景です。


「言っておきますが、あれはただの蝋燭でも紙でもありません。僕が清め祈りを捧げた聖なる蝋燭と紙なんです。あの聖なる蝋燭のお陰であなたを封じていたんです」


 いえ、封じられていませんから。

 ただ私が引き籠っていただけですからね?


「あんな朝早くに魔王が活動をするとは思いませんでした。一生の不覚です」


 不覚もクソもないと思いますけど……。


「一つ聞きたいのだけど、なんで紙と蝋燭だったの?」

「……本当は剣や弓などの方が効果は高いのですが、勝手に持ち出すと怒られてしまうので諦めました。なので簡単に入手できて手軽に配置出来る蝋燭にしたんです」


 え、なんか想像以上にしょうもない理由ですね。


「……お願いしますって書いた紙は?」

「あれは蝋燭に結界を張るようにお願いしたんです。たかが文字だと侮ってはいけませんよ? 言葉には力があるんですよ! それに効果は絶大だったんですから! それはあなたも体験済みでしょう? とはいえ、魔王に気づかれた以上次からはもっと真摯に頼んで効果を上げる必要がありますね」

「……」


 斬新過ぎて言葉が出ません。

 蝋燭に対してお願いしますって……そんな発想思い浮かびもしませんでしたよ。

 それに、まだこれ続ける気なんですね。

 本人に気づかれてもまだやろうとするとは、なかなかに図太い神経の持ち主のようです。


 それにしても、蝋燭を使うならなぜ火もつけずにそのままなのでしょう?

 せめて火をつけた方が雰囲気が出るような気がするのですが……。

 疑問をそのままライトに伝えると、小馬鹿にしたような表情を浮かべるライト。


「何を馬鹿な事を言ってるんですか? 万が一蝋燭が倒れて火事にでもなったらどうするんです! 火はとっても危ないんですよ! そんな危険な事をさせようとするなんて、これだから魔王は……!」


 やれやれと馬鹿にしてくるライトですが、あなただけには馬鹿にされたくありません。

 ですが、どうやら根はいい子なのかもしれませんね……大分イタイですけど。


「……ところで、あなたはここで何をしていたの?」

「愚問ですね。魔王が徘徊し屋敷内は邪悪な気で立ち込めていたので、一掃しようとここで祈りを捧げていたんですよ」


 邪悪な気って……本当に酷い言われようです。

 落ち込めばいいのか呆れればいいのか……。

 イタ過ぎる空間に、徐々に心が無になっていきます。


「……ソウ。タイヘンネ」


 思ってもいない事を口にしたせいか、自分でも思っている以上に感情が無く棒読みになってしまいました。

 こんな態度をとられたら、ライトもいい気はしないですよね。


 耐えるのよ、リリアーナ!


 必死に自分に喝を入れ奮い立たせていると、ライトがフフフッと急に笑いだしました。


「ようやく効いてきましたね! この部屋には沢山の聖なる蝋燭があるんです。魔王にはさぞキツイ空間でしょう!」


 ええ、もう色々キツ過ぎてこの空間に耐えられませんよ。

 もう早く部屋に帰りたいです。


「ですが、これで終わりではないですよ? 初めての試みではありますが、きっと成功してみせます!」


 息巻いて蝋燭の並ぶ中心に立ったライトは、マントを大きく翻し手を天井に掲げて大声で叫び出しました。


「我が名は魔法使いのライト! これより勇者を脅かす魔王を葬る為、どうか我が願いを聞き届け給え――!」

「……」


 私の目の前には、それはもう見事なまでの土下座をしているライトの姿が。

 ……彼は一体何をしているのでしょうか。


「……ライト、これは?」


 声だけはどうにか冷静に振る舞えましたが、引き攣る顔だけはどうにもなりません。

 そんな私とは対照的に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりのイキイキとしたライト。


「フフッ、これは最終奥義。この僕が自ら蝋燭に願う事で効果は倍増です」


 凄いでしょ!? とドヤ顔で言ってくるライト。

 どうしてこんなにも自信満々になれるのでしょうか。


 この世界でも前世と同じく、魔法も魔王も勇者も存在しません。

 それらは物語として人々に親しまれていますが、まさか本当に信じてる人がいるなんて思いもしませんでした。

 イタイ、イタ過ぎる……!


「出ていって下さい出ていって下さい出ていって下さい出ていって下さい出ていって下さい出ていって下さい出ていって下さい出ていって下さい」


 蝋燭に向かい何度もひれ伏しひたすら祈りを捧げる姿は、イタ過ぎるのを通り越して狂気すら感じます。

 こんなにヤバイ人だとは思いもしませんでした。

 正直、どう対応すればいいのか分かりません。


「き、今日のところはこれで失礼するわ! 次はこうはいかないわよ」


 “今日はもう耐えられないのでこれで失礼するわね。次は耐えられるように頑張るわ”、と言うつもりが、動揺し過ぎて悪役が退散する時のセリフっぽくなってしまいました。

 でも、そんな事など気にしていられません。

 早くこのイタイ男から離れましょう。


 そそくさと逃げるように部屋を出ると、部屋の中からライトの喜ぶ声が聞こえてきました。


「……やった! やったぞ! 魔王を、魔王を倒したぞ――!!」


 いやいや、倒してないですからね!

 耐え切れなくて逃げ出しただけですから!

 勝手に倒した事にしないで下さい。

 まぁ、確かにかなりのダメージを負った感は否めませんが。


「……はぁー」


 自室に戻った私は、この安全な空間に心底ほっと息をつきました。

 やはりこの屋敷の人間は、普通じゃないです。

 でも、まさかこんなにイタイ人が身近にいたなんて思いもしませんでした。

 前世でも夢見がちな人はいましたが、ここまで酷い人はいませんでしたし。

 誰にだって知られたくない黒歴史はあるでしょうけど、こうして現在進行形で紡がれる黒歴史を間近で見ているというのは、他人のものとはいえ何とも居た堪れない気持ちになります。


 見た目は本当に綺麗でカッコイイ人なだけに、とても残念でなりません。




 その日の夜、昼間の事が頭をよぎりなかなか寝付けずにいると、誰かの足音が聞こえ私の部屋の前に止まり何かを置いて去っていくのが分かりました。


「……」


 これは、アレですよね?

 絶対、アレですよね?


 よせばいいのに気になってしまった私は、そーっと扉を開けると予想通りの物がそこにありました。

 昼間にも見た、ライト曰く聖なる蝋燭と紙が。

 灯りを近付けてみると、紙にはやはりお願いの言葉が書いてありましたが、少しだけ言葉に変化が。


「……“よろしくお願い致します”」


 どうやら、結界がレベルアップしたようです。





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