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ク・ソーネェ *

※ブラッドフォード視点



「お体は大丈夫ですか?」

「……ああ」


 夜会からお戻りになられたレオナルド様は、ひどくお疲れのご様子でした。

 体調もやはり優れないようで、戻られてからいつものお薬をお飲みになり休まれておりますが、どうにもご様子がおかしいです。

 ずっと上の空で、ほとんど口も開きません。


「何かあったのですか? 予定よりもお早いお帰りでしたし、何か問題でも?」


 今日の夜会の為に、レオナルド様は色々と手を回して準備をされていました。

 というのも、夜会に参加するにあたっていくつか懸念される問題点があったからです。


 お美しい故に目立ってしまうレオナルド様は、様々な事情により色々と誤解されやすいお方です。

 慕って下さる方も大勢いらっしゃいますが、良く思わない方もやはり多くいらっしゃいます。

 大抵は裏で陰口をたたいている方ばかりなのですが、中には面と向かって突っかかってくる方もいらっしゃいます。

 そういう方とリリアーナ様が接触しないように、アルフォンス殿下やサフィール様達にご協力頂いて彼らの足止めをして頂くという事になっていました。

 もしや、足止めに失敗し彼らがリリアーナ様に何か暴言でも吐かれたのでしょうか?


 それとも、一番心配されていたダンスで失態を?

 ダンス対策の為にとっておきのある秘策があると仰っていたレオナルド様は、毎日秘密の特訓をされていらっしゃいましたのに。


「多少問題は起きたが想定内ではあったし割と順調だったんだが……予想外の事が起きた」

「予想外?」


 順調だったという事は懸念されていた事は上手くいったという事ですね。良かったです。

 ですが、予想外の事……一体何が?


「……我慢しきれず吐いてしまった。それも彼女目掛けて」

「……」


 お召し物が変わっていたのでもしやと思っていましたが、やはりそうでしたか。

 それにしても、まさかリリアーナ様にかけてしまうとは……。

 念のために替えの服を用意しておいて正解でしたね。


 ですが、それなら何故レオナルド様も着替えを?

 ご自分にもかかってしまったのでしょうか?


「そしたら、彼女にも吐かれた」

「……は?」

「どうやら彼女は人が嘔吐しているのを見ると釣られて吐いてしまうという、奇妙な病いを抱えているらしい」

「……そうでしたか」


 まさかリリアーナ様もそのような奇病に侵されていらっしゃるとは知りませんでした。

 確かにそれは予想外です。

 早急に他の者達を集めて、リリアーナ様の前では吐かないよう、周知徹底をさせましょう。


「運良くその場には俺達以外にはサフィールだけしかいなかったからまだ良かったが、彼女には嫌な思いをさせてしまった」

「女性にその仕打ちは酷でしたでしょうね」

「……だから、思わず謝ってしまった」


 ……え?

 レオナルド様がリリアーナ様に?

 女性には徹底して嫌われる行動を心掛けているレオナルド様が謝るなんて、とても珍しい事です。


「さすがにいたたまれなくなって、つい。……だが、まさかあんな展開になるなんて予想していなかった」

「……一体何が?」


 てっきり予想外の事とはこの事だと思っていましたが、違ったようです。

 頭を抱えて項垂れるレオナルド様。

 どこか怯えた様子のそのお姿に疑問ばかりが浮かびます。

 本当に一体何があったのしょうか?


「実は……」


 レオナルド様はぽつりぽつりと何があったのかを話して下さいましたが、にわかに信じられません。

 あのリリアーナ様が淑女らしからぬ粗暴な言葉を?

 どちらかというと、お淑やかで物静かな方のように見受けられましたが。


「女って、やっぱり怖い。俺……旅に出ようかな」

「旅って……何を言い出すんですか! 旅なんかに出たら、すぐに人攫いにあってそれこそ悲惨な目に遭いますよ!」


 レオナルド様ほど美しいお方が、一人出歩いてただで済む訳がありません。

 悪人に目を付けられて高値で売られるのが関の山です。


「……じょ、冗談だ」


 悲惨な未来を想像してしまったのか、顔を青くされるレオナルド様。

 半分位は本気に聞こえましたが、とりあえず思いとどまって下さって何よりです。


「それにしても、リリアーナ様からそのような意見が出されるとは意外でしたね」

「ああ。正直こちらが驚く程に俺にはあまり関心がない様子に見えたし、こちらから拒絶の姿勢を見せれば黙って受け入れていたからな」

「今日レオナルド様と過ごされて気持ちが変わったという事ですが、何かされたのですか?」

「いや、何もしていない。強いていえば、吐いたくらいか?」

「……もしかして、似たような奇病に悩まれているレオナルド様に親近感を抱いた、とか?」

「……バカな、嘘だろ」


 やはり自分と似たような境遇であったり趣味が同じなどといった共通のモノがあると、親近感というのは湧いてきますからね。


「……はぁー、凄く憂鬱だ。これから毎日顔を合わせて食事するなんて……地獄だ」

「……意外ですね。てっきり無視するのかと思いましたが、食事は一緒になさるのですか?」

「逆らって今度は何を言い出すか分からないしな。ひとまずは付き合うさ。そして今まで以上に嫌われる態度を取って、さっさとこの家から出ていってもらう」

「……また悪評が増えてしまいますね」


 レオナルド様の評判は決して良いとは言えません。

 しかし、それは当然といえば当然ですね。

 何も知らない方からすればレオナルド様のされている事は酷い行いですし、理由があるとしてもとても褒められた行為ではありません。

 相手からすれば、そんな事知った事ではありませんしね。

 それでも、レオナルド様が悪く言われるのがとても悔しくて悲しいと、そう思ってしまいます。


「いいんだよ、それで。彼女には俺の事を最低最悪な、それこそクソ野郎だと思ってもらわないとな。俺にとっても彼女にとっても、そうであった方がいい」


 本当はとてもお優しい方なのに、殆どの方がそれを知らないのがとてももどかしいです。

 ですが、レオナルド様本人がそれを望まれているのならば、私はそれに従うまで。


「それよりお前に聞きたい事があるんだが……“クソオネエ”って聞いた事あるか?」


 ……“クソオネエ”?


「いえ、聞いた事がありません。リリアーナ様が仰ったのですか?」

「ああ。吐き捨てるようにな」


 吐き捨てるように?

 ……なんて羨ましい!

 きっと、それはもう素敵なお顔をされていたに違いありません!

 アンナ程ではありませんが、私を蔑んだ目で見てくるリリアーナ様はなかなかゾクゾクくるものがあります。


 それにしても、どういう意味なのでしょうか?

 リリアーナ様の領地で使われる方言のようなものでしょうか?


「あまり良い意味ではないような気がする。“クソ”って……クソって意味だよな? “オネエ”ってなんだ?」

「……お姉様を略された呼び方とかですかね?」

「それは無いだろ。俺は男だぞ? 男にお姉様って変じゃないか? ……あ、でも前にお姉様って言われたな」

「女性のようにお美しいから、そう呼ばれたのかもしれませんね」

「……いや、それは絶対違う。なんか含む言い方だった。……何かの隠語か?」


 隠語?

 貴族のご令嬢であるリリアーナ様がそのようなお言葉を使うとは考えにくいです。


「分かりません……ですが、この音の響きは以前どこかで聞いた事が……あ、昔東南にある王国から来た旅商人の言葉と似ていますね」

「そうなのか?」


 確か、書庫にその王国の訳語辞典があったはず。

 レオナルド様もとても気になっている様ですし、調べてみましょう。

 私は書庫に行き目的の物を見つけると、すぐにレオナルド様がいらっしゃる書斎に戻りレオナルド様にお渡ししました。


「……“オネエ”……無いな」

「もしかしたら、少し発音が違うのかも知れませんよ?」

「そうか。じゃあ、少し近いものを探してみるか」


 レオナルド様がペラペラとページを捲っている姿というのは、どうしてこうも美しいのでしょうか?

 一日中ずっと見ていたいくらいです。


 ……もしかして、私も本を捲っている姿はこんなにも美しいのでしょうか?


 後で入念に確認しなくてはいけませんね。

 早急に絵師にも声を掛けておかなければ。


「……“ク”……は『私、自分』という意味らしいな」

「では、“ソオネエ”という言葉はありますか?」

「……いや、ないな。あっ、“ソーネェ”ならあったぞ。意味は……」


 そう言ったきり急に固まってしまったレオナルド様。

 どうしたのでしょうか?


「……“ソーネェ”の、意味は……『男』」

「男?」

「『男の中の男、真なる男』……という意味らしい」

「……では、“ク・ソーネェ”は直訳すると『私は男だ』という意味になりますね」


 ……男?

 リリアーナ様が男?


「さすがにこれは有り得ないでしょう。考えすぎましたね」


 いくらなんでも、リリアーナ様が男など有り得ません。

 この私が気付かないはずがありませんし。


「……いや、でも妙に納得出来る」

「え?」

「彼女はどこか少し変わっていただろ? あまり男に興味も無さそうだったし、俺が冷たい態度をとっても平然としていたし、何より女性離れしたあの馬鹿力。でも、彼女が実は男だったというのならば、全て納得がいく」


 一人うんうんと納得してしまっているレオナルド様。

 いくらレオナルド様がそう仰ろうとも、さすがに信じられません。

 第一、こんな遠い異国の言葉を学ぶ者などそう多くはありませんし、リリアーナ様が覚える意味もないでしょう。

 それに……。


「レオナルド様、これはただの偶然でしょう。リリアーナ様が男であるはずがありません」

「何故そう言い切れる? お前は彼女の裸でも見たのか?」

「そんなもの、見なくとも分かりますよ」


 何故見なくても分かるんだ、と怪訝そうな顔を浮かべているレオナルド様。

 そんな難しい話ではありません。


「私の本能が、彼女は女性だと言っています」

「……は? 本能?」

「はい。本能です」


 それ以外にも匂いや骨格、声などで分かります。

 特に、男と女では匂いが全然違いますから。

 私ほどの人間であれば、生まれたばかりの子供でもすぐに分かりますよ。


「……やっぱりお前……気持ち悪いな」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「いや、そのままの意味で真摯に受け取めてくれ」


 穢らわしいものを見るような蔑んだ視線。

 レオナルド様のこの視線がとても心地良いのですが、そんな私の様子に気付くと無表情になってしまいます。

 とても残念です。


「お前のその気持ち悪い根拠では信じられない。とりあえず、暫く様子をみるか。余計な事はするなよ、ブラッドフォード。これは俺と彼女……いや、俺と()との戦いなんだからな」

「承知致しました」


 もう既にレオナルド様の中では、リリアーナ様が男であるとほぼ確定しているように見えます。

 レオナルド様はあの方に似て思い込みが激しいところがありますからね。

 この様子では当分私の言葉に耳を貸す事はなさそうですし、何より面白そうなのでそっと見守る事に致しましょう。




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