却下はなしですよ
あの後、とても人前に出れるような格好ではない私とレオナルド様は、お坊ちゃま改めサフィール様が手配してくれた服に着替えてそのまま帰路へとつきました。
馬車の中は、毎度のことながらとても気まずい空気に包まれています。
向かいに座るレオナルド様を盗み見れば、まだ少し顔色が悪いようです。そんなレオナルド様を見ると、ズキンと罪悪感に心が痛みます。
「レオナルド様……申し訳ございませんでした」
何も知らなかったとはいえ、知ろうともしなかった私。
契約とはいえ、仮にも妻として自分に出来ることを疎かにしてしまった私。
領民を家族を救って下さったライズベル様の為にも自分が出来ることはやろうと思っていたはずなのに、レオナルド様や屋敷の使用人達を目の当たりにして逃げ腰になっていました。
このままではライズベル様に申し訳が立ちません。
「……別に、元よりアンタなんかに何も期待なんてしてないから謝罪なんていらないわよ」
「……」
謝罪すら受け入れて貰えないなんて……。
これも、何もしてこなかった報いなのかもしれません。自業自得とはいえ、本当に自分が情けないです。
「……それに……」
一人落ち込んでいると、ぼそりと小さな声が聞こえたのでふと顔を向けると、そこには気まずそうな表情をされているレオナルド様が。
「それに今回は……私も原因な訳だし……アンタだけを責めるつもりはないわよ」
「え?」
「……その、だから……さっきは……私も…………悪かった……わね」
え?
「……すみません。もう一度お願いします」
「二度も言わないわよ! アンタ、頭だけじゃなくて耳も悪いのね!」
私も自分の耳が悪くなったのかと疑ってしまいましたが、このレオナルド様の反応からやはり聞き間違いでは無いようです。
あのレオナルド様が、謝った?
私に……?
信じられません。
「……レオナルド様、もしや私のせいで……頭がおかしく?」
「アンタ如きでおかしくなる程落ちぶれてないわよ!」
「確かに、口と性格が悪いのはいつも通りですね」
「……」
何で急に謝ったりしてきたのでしょう?
もしかして、私に吐いてしまった事を気にされてる?
あのレオナルド様が?
「……意外と優しいですよね、レオナルド様って」
分かりづらいし、気付きにくいですけれど……。
「優しい? ふん……アンタの頭の中はどれだけアホみたいに花が咲いてるのかしら? その内その間抜けな面に良く似合う花が頭から生えてきそうね」
……気のせいだったかもしれません。
でも、心無しかいつもより言葉にトゲが少ないような……。
もしかして、こうして悪態をついているのは照れ隠し?
「……何ニヤけた顔してんのよ」
「へ?」
そんなに顔が緩んでしまってましたか?
だって……ちょっとだけ嬉しかったんです。
気のせいだとしても、初めて素顔を見せてくれたような気がして。
「レオナルド様って素直じゃないですね」
「うるさいわね! 調子に乗らないでくれる?」
素直過ぎるレオナルド様というのも、気持ち悪いですけどね。
確かにちょっとだけ浮かれてます。
でも、今ならちゃんと話せる気がします。
私の正直な気持ちを……。
「レオナルド様に聞いてほしい事があるんです」
「……?」
「実は私……レオナルド様や屋敷の者達とあまり深く関わらずにいようって思ってました。その……関わればきっと面倒臭いことになるだろうなと思っていたので。でも、それじゃダメだって、ちゃんと向き合おうって……今日レオナルド様と過ごして思ったんです」
正直に思いの内を打ち明けると、レオナルド様は驚いた顔をされた後、不思議そうな表情に変わり最後には困ったような顔に。
意外とレオナルド様って表情豊かなんですね。あまり興味がなかったので何とも思っていませんでした。
「今日の事で、改めて気付いたんです。私はレオナルド様について何も知らないのだと」
「……」
「だから、私……もっとレオナルド様の事を知りたいです」
「却下」
「え、却下?」
あ、言い方が悪かったですね。
変な誤解を与えてしまったでしょうか?
「……あの、特に深い意味はありませんよ?」
「却下!」
「少しは話を」
「却下!!」
というか、却下ってなんですか!
少しは話を聞いて欲しいです。
「あの、レオナルド様」
「有り得ない!」
「まだ何も」
「うるさい!」
「いえ、うるさいのは」
「ムリ!!」
完全に聞く気無しの態度です。
困りましたね。
「少し落ち着いて下さい」
「アンタこそバッカじゃないの!」
「あーもうバカでいいですから」
「バカでいいじゃなくてバカだから!」
「……なんでもいいです。とにかく少しは」
「聞きたくない!」
「……チッ」
腹立たしい事この上ないですが、ここは我慢我慢。
冷静に話をしなければ。
とりあえず、少々強引にでも話を聞く態勢を取らせないとですね。
「大事な話をしてるんですから、ちゃんと聞いて下さいよ、ね?」
「……っ!」
私はにっこりと微笑みながら胸倉を掴んで無理矢理こちらに顔を向けさせると、綺麗な瞳を大きく見開き美しい顔が徐々に恐怖に染まっていくのが分かりました。
そんなに怯えなくてもいいでしょうに。
確かに多少イラついてはいますが、ほらちゃんと笑えてるしまだ大丈夫ですよ? 殴ったりしませんから安心して下さい。
さぁ、これでちゃんと話を聞いてくれますよね?
また吐かれても困るので、手短に済ませましょう。
「今日の事で分かったんです。お互いある程度知っておかないと、何かあった時互いに迷惑を掛けてしまうこともあるって。知っていれば面倒な事だって回避出来ることもあるでしょう? 今日だってちゃんと話してくれていれば、こんな事にはなりませんでした。分かりますか、クズ野郎?」
「……!」
「あー、あと勘違いされても迷惑なのでハッキリ言っておきますが、あなたに対して好意など微塵も抱いていません。好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いだと即答するくらいには好きじゃないです。女性が皆あなたを好きになるという自惚れた認識はとんだ思い違いですよ。分かりましたか、勘違い野郎」
「……っ」
「それと、私は別に馴れ合いは求めていません。ですが、変にぎくしゃくしたりっていうのも面倒なので、とりあえずただの同居人くらいの仲になれたらいいかとは思っています。その為にも、夕食くらいは一緒に取るようにしましょう。却下はなしですよ、クソ野郎?」
「…………」
「という事で、今後はもう少し互いに親睦を深める努力をしましょう。いいですね、クソ旦那?」
満面の笑みを浮かべて問えば、小さく首を縦に振りました。
最初から、そのくらい素直に聞いてくれれば良いのに、本当に困った人です。
そうこうしてる間に、どうやら屋敷に着いたようです。
私がそっと手を離すと、解放された事にホッと安堵しているヘタレ野郎。
色々言いたい事もありますがお互い様なところもありますし、とりあえず今は全て飲み込んで一からまた始めましょう。
「これから宜しくお願いします……クソオネエ」
「…………」
ノックのあと馬車の扉が開きましたが、一向にレオナルド様に降りる気配が無いようなので先に降りさせてもらいましょう。
はー、やっと家に着きました。
今後はやることも増えるし面倒臭そうですけれど、もう面倒事から逃げてはいけませんね。
とりあえず今日はゆっくり休むとして、明日から頑張りたいと思います。




