無理ですよ
私の前に現れた数人の青年達の登場に周囲の令嬢達がざわつき始めましたが、その理由は彼らの顔を見ればすぐに分かりました。
なるほど。揃いも揃って美丈夫ですか。
中でもとりわけ目を引く人物が3人。
一人は艶のある漆黒の髪と鋭い瞳を持つ少しキツイ印象を受ける長身の俺様男。
もう一人は、明るめの茶色に少しクセのある髪が印象的なスケコマシ。
最後の一人は、白に近い灰色の綺麗な髪と瞳が美しいお坊ちゃま。
それが、彼らに抱いた第一印象でした。
……なかなかにバラエティーに富んでいますね。
そんな彼らは、私を頭からつま先までまじまじと無遠慮に見てきました。女性に対してあまりの不躾な態度に不快感を感じずにはいられません。
「なんのご用でしょうか?」
そちらが引き留めたくせに、何も言わず値踏みするかのように見ているだけの男性達に大人しく付き合う程、私は暇ではありません。もう今すぐにでも帰りたいくらいなんですから。
私の方から用件を伺うとあからさまな作り笑いを浮かべてきました。
「あのレオナルドの妻となった奇特な女性とは一体どういった方なのか気になってね。しかし、よくよく見れば見るほど普通過ぎて少々拍子抜けだ」
「……レオナルド様のご友人ですか?」
よく知っている風な口ぶりだったのでそう尋ねると、俺様男は心底心外だと言わんばかりの表情を浮かべました。
「友人……? あの変わり者と友人だなんて、冗談でも言われるのは不快だな」
「確かにそんな綺麗な関係ではないよね。強いて言えば腐れ縁、かな」
「そうだな、それが一番しっくりくるな」
「……そうですか」
そうは言いながらも、皆さん嫌ってはいない様子です。
スケコマシの腐れ縁という言葉にうんうんと首を縦に振っている俺様男の様子から、彼らとレオナルド様の関係が伺えます。
「あいつの周りには金目当てや顔目当ての者ばかりが群がっていて、その後始末をさせられてばかりいたからな。あいつの妻となった女性がどんな人物か気になっただけだよ」
ああ、そういう事でしたか。
残念ながら、私もその例外ではないのですけれども。
「……これまで色々と苦労をされてきたのですね」
「苦労だなんて、そんな簡単に言葉では片づけられない程にな。それにしても随分と余裕じゃないか。あいつには懸想していないとでもいうのか?」
微塵もそんな感情ありません。
ですが、流石にそう答える訳にもまいりません。
「……私はレオナルド様の妻です。夫を支えたいという気持ちは勿論あります」
「あいつを独占したいという感情は? 愛されたいと思っていないか?」
え? なんですかその質問は。
私ってそんなに束縛が強そうに見えるのでしょうか?
「一切ありません」
「……信じ難いな」
そんな事言われても困ります。
というか、あんな扱いをされていて好きになる方が難しいと思います。
第一、何なんですかこの質問は。律儀に答えてしまいましたが、これ以上こんな質問に答えてなどいたくありません。
どうしたものかと困っていると、ずっと黙ったままだったお坊ちゃまが口を開きました。
「どうやら本当みたいだ」
「……あいつも必死だという事か」
「そりゃあ、そうだろうね~」
ボソボソと小声で話し合っているようですが、どうやら納得はしてくれたようです。
それにしても、わざわざ牽制をしに来るなんて、なんだかんだ言ってもレオナルド様の事を慕っているのですね。それとも、悩みの種は早々に摘んでおきたいだけなのでしょうか。
「あなたに一言忠告しておこう」
「……忠告?」
俺様男が、これまでの雰囲気とは変わり真剣な面持ちで物騒な言葉を投げかけてきました。
忠告、だなんて穏やかではありません。一体何を告げられるのでしょうか。
不安に包まれながら、その続きの言葉を待っていると――。
「女性一人に男性が数人掛かりで迫るなんて、そちらの女性が怖がってますわよ」
凛とした声が背後から聞こえ、驚いて振り返るとそこには煌びやかなドレスに身を包んだ美女が。
「……これはこれは、フローラ様。今夜もとてもお美しいですね」
「当然ですわ。ところで、そちらの女性に詰め寄って一体何を話されていたのかしら? 面白いお話? だったら私も混ぜて頂きたいわ」
「いえいえ、他愛もない世間話ですよ」
「そう? では今度は私が彼女とお話をしたいのだけど、いいかしら?」
フローラという名の美女は、私の顔を見て可愛らしく首を傾げて尋ねてきました。
「も、勿論です。私でよろしければ」
「そう、ありがとう。という訳だから、あなた達もよろしくて?」
「……ええ、勿論です。それでは失礼します」
男達はこの美女に追いやられるようにこの場から去って行ってしまい、一人残された私はこの急展開に戸惑っていると美女は心配そうに声をかけて下さりました。
「大丈夫? 数人がかりで殿方に迫られるのは怖かったでしょう?」
「は、はい。ありがとうございます」
いいのよ、と話す美女を改めて拝見しますが、本当に綺麗な女性です。珍しいピンクゴールドの髪にサファイヤの宝石のような瞳。歳は私と同じくらいでしょうか。
滅多にお目にかかれない美女を目の前にし、私は少し緊張してしまいます。
「あなた、レオナルド様の奥様でしたわよね?」
「え、ええ」
「ずっとあなたとお話をしたかったの。ねえ、良かったらあちらでお話しません?」
「はい、よろこんで」
こんな美しい女性に誘われたら無下には出来ません。それに見るからに高貴なお方であるようですし、こんな事で不興を買う訳にはまいりませんし。
フローラ様に連れられ目的の場所へ移動していると、突然黄色い歓声が沸き起こり何事かとその声の方を見てみれば、そこには男性に抱きしめられているレオナルド様のお姿が。
え、何をしてるんですか!
こんな公衆の面前で!
「ま、まあレオナルド様ったら。こんな時にまで……気にされてはいけませんわ」
「……は、い」
フローラ様が気まずそうな顔をしながら気遣って下さりますが、私もなんて言っていいのか分からずこんな返事しか出来ません。
形式上だけとはいえ、妻である私の目の前でこんな事をするなんて、本当に何を考えているんでしょうか。少しくらい私の身になって行動してほしいものです。
レオナルド様の問題行動に呆れつつもフローラ様に連れられてサロンへ向かうと、そこには数人のご令嬢の姿がありました。
……あ、あれ?
もしかしてこれって、助けたふりして呼び出してイビるという……典型的なアレでしょうか?
一瞬そんな不安に苛まれましたが、それは杞憂に終わりました。
「皆さん、お連れしましたわ」
「まあ、ようこそいらっしゃいました!」
「お待ちしておりましたのよ」
「ああ、この日をどんなに待ちわびた事でしょう」
なぜかとても歓迎されました。
田舎の貧乏貴族だった私はあまり他の令嬢達との交流を持てなかったですし、こんな上流貴族の知り合いなど皆無でしたので、失礼ながら皆さんの事を存じ上げておりません。
しかし、彼女達は私の事を知っているようです。まあ、当然といえば当然ですよね。何せあのレオナルド様と結婚したんですから。
色々話を伺っていくと、驚く話ばかりでした。
私を助けに来て下さったフローラ様ですが、なんとあのアルフォンス殿下の妹君だというではありませんか。言われても王女様もそんな名前だったくらいの認識しか持っていませんでしたし、私には縁のない方だと思っていたので本当に驚きました。王族だというのにあまり飾らない気さくな方で、顔はあまり似ていないお二人ですが、そんなところはやはり兄妹で似ています。
そして、こうして歓迎して下さるこのご令嬢達は、なんとレオナルド様を慕うあまりに結成されたというレオナルド愛好会の皆さんだと言うのです。そんなものが存在していた事にも驚きですが、レオナルド様は女性に嫌われているものと思っていたのでとても意外です。
「で、では皆様、私の事はあまり良く思っていらっしゃらないですよね」
「いいえ、そんな事ありませんわ。私達はお二人の結婚をとても喜ばしく思っていますもの」
不安を口にすると、皆さんそれはないと否定されました。
一体どういう事なのでしょうか。
「それにしても、さっきのレオナルド様は信じられませんでしたわ。奥様の前であんな事されるなんて」
「お相手はどなたでしたの?」
「あれはキーリー伯爵のロッシュ様だったわ」
「まあ! 以前もロッシュ様と二人でいつの間にか姿を消していましたけど、やっぱりお二人は……」
「メアリー、リリアーナ様の前ですわよ」
「ご、ごめんなさい。リリアーナ様」
「いえ、お気になさらず」
それにしても、まさかの情報です。レオナルド様に恋人がいたなんて。いえ、別にいても問題はないのですが……。
ただ、こういう時ってどう反応するのが正解なのでしょうか。残念な事に私の中にはどうでもいい、という感情しかなくて反応に困ってしまいます。
「私はてっきりレオナルド様とリリアーナ様はとても仲が良いのかと思っていたわ」
「え? なぜですか?」
フローラ様の言葉に、私は首を傾げてしまいます。
どこをどう見たらそんな風に見えるのでしょうか?
「だって、二人でダンスをされていたでしょう? 私、レオナルド様がダンスされたのを初めて見たわ」
「……え!?」
「私もです。レオナルド様がとてもにこやかに微笑んで踊っていたので、二人は上手くいっているのかと……」
そうだったのですか? それは初めて知りました。
そして、勘違いしているメアリー様。彼が微笑んでいたのは私にではありませんよ。よくわからないカボチャのリチャードに対してですから。
「普段、レオナルド様は女性を決して近づけたりしないですもの。パートナー同伴の夜会などには欠席していますし」
「そう、なんですね」
特に興味も無かったので、気にした事などありませんでした。
曲がりなりにも一応妻なのに、こんなにもレオナルド様の事を知らないというのは……なんだか少し情けないです。
愛好会の皆さんは、堰を切ったように湧き出るレオナルド愛を語っていきました。
「それにしても、今日のレオナルド様はいつにも増して美しかったわ~!」
「本当に! 透き通るような白い肌、光輝く金の髪、女性と見間違う程の美しいお顔。全てが完璧過ぎて、近づくのも躊躇ってしまう程よね」
「ええ! レオナルド様って一見お優しそうに見えるのに、少しでも近づくとまるで威嚇した猫のように警戒心される様子が堪らなく可愛らしいのよね~!」
ヒートアップしていく会話に、私はただ静かにその会話に耳を傾けることしか出来ません。
それにしても、皆さん目を輝かせて嬉しそうに話されています。本当にレオナルド様がお好きなんですね。でも、なんというか想像していたものと少し違う感じがします。
「先日、勇気を持ってお声かけをしたら、物凄い剣幕で罵倒されてしまったわ。あの時のレオナルド様は本当にもう……」
その時の事を思い出したのか、震える体を抱きしめるようにしているか弱い少女の姿に同情してしまいます。
あの剣幕で罵倒されるなんて、きっと恐ろしかったでしょうね。
レオナルド様の冷たい目は、本当に恐怖を感じますから。
「……最高でしたわ! 威嚇してるのにどこか怯えた様子が、本当に子猫のようで愛らしかったもの」
「分かるわ~! あの威嚇してるようで怯えている表情が堪らないのよね~」
ええぇ!?
あれが愛らしい? 子猫のよう?
いやいやいや、絶っっ対ないですよ!
何一つ共感出来る要素が見当たりません。
「私はあの怒りに満ちた表情も好きよ。知ってます? レオナルド様って怒ると右目が少しピクピクって動くの!」
「そうでしたの!? なんて可愛いの!」
……あれ、可愛いってなんでしたっけ?
私だけ可愛いの感覚が違うのでしょうか?
とてもじゃありませんが、微塵も可愛いと思えません。
「しつこい女性に困っていたレオナルド様を助けに、アルフォンス殿下が向かった時の嬉しそうな顔は最高に可愛かったわ!」
「その場に居合わせなかった事が悔やまれますわ~」
それにしても、この会話を聞く限りですと皆さんレオナルド様が女性を苦手にしていることは気づいていらっしゃるようですね。
「……皆さんは本当にレオナルド様をお慕いしているのですね」
「ええ、勿論よ!」
フローラ様が当然という顔でそう返すと、周囲の愛好会の皆様も同様の表情をされていました。
そんな皆さんを見ていて、ずっと疑問だった事を思い切って聞いてみる事にしました。
「あの……それ程までにお慕いしているのなら、どうして私を歓迎して下さるのですか? 私はとてもレオナルド様に相応しくない身分ですのに。こんな私がレオナルド様の妻である事に不満はないのですか?」
「…………」
先ほどまでの楽しい空気が一変、しんと静まり返ってしまいました。
もしかして、聞いてはいけない事を聞いてしまったのでしょうか?
地雷を踏んでしまった事に後悔し、空気を変えようと何か他の話題を探しますがなかなか出てきません。
どうしたものかと、内心滝のように汗を流していると、フローラ様が申し訳なさそうな顔をされている事に気付きました。
「そうよね、不思議に思うわよね。こんな事、リリアーナ様の前で言う事ではないと分かっているけれど、失礼を承知で言うわ」
「……は、い」
何でしょうか。
深刻そうな表情で話すフローラ様に、私まで顔が強張ってしまいます。
「私達にとってレオナルド様は、神のような特別な存在なの。神に恋などはしないでしょう? 私達はレオナルド様をお慕いしているけれども、それは恋愛感情とは少し違くて……基本的に遠くから観察して愛でるというのが私達愛好会の趣旨なの」
「……え?」
困惑する私に、メアリー様が困ったように笑みを浮かべて更に言葉を続けました。
「もし私達がレオナルド様と結婚なんて事になっていたら、きっと目も当てられない状態になっていると思います。あのレオナルド様とあの屋敷で一緒に暮らすなんて、とてもじゃありませんが私達には耐えられませんもの。実際縁談の話が来た方も何名もいますが、全員即お断りしました」
ええ!?
それってつまり、前世でいうところのアイドル的な存在って事ですか?
皆さんの会話を聞く限りだと、アイドルよりも扱いがちょっと酷い気がしなくもないのですが……。
「だから、リリアーナ様の事を皆尊敬しているの。だってあのレオナルド様と結婚してあの家で一緒に生活をされているんですもの。そして、全く動じないリリアーナ様は本当に凄い方だわ」
「……はあ……?」
え、これって褒められているのでしょうか?
なんだか釈然としないのですが。
これでもそれなりに困っているのですよ。あの家に居場所なんてあってないようなものですし。
それにぶっちゃけてしまえば、色々な事を我慢出来るのは全てお金の為ですから! お金を貰えていなかったらあんな恐ろしい家すぐ出てってますよ。ですから、変な買い被りは止めて欲しいです。
悶々とした感情を抱きながらも苦笑いを浮かべていると、フローラ様は私の手を取るとがっしりと両手で握り締めてきます。
驚いてフローラ様を見ると、真剣な面持ちでとんでもない事を言ってきました。
「だからリリアーナ様。どうかレオナルド様を幸せにしてあげて下さい。お願いします」
「あの……そんな事言われても……」
無理ですよ。あのレオナルド様を幸せにするなんて、私に出来る訳ありません。
それに、私達の付き合いなんてたった3年で終わります。それ以上は関わる気は一切ないんですから!
「レオナルド様を幸せに出来るのは、リリアーナ様しかおりませんわ! 私達愛好会はいつでもリリアーナ様のお力になりますから!」
「いえ、あの……」
熱望するフローラ様達にどう言って納得してもらおうかと考えていると、突如扉が大きな音を立てて開き、目を向けるとそこには怒りの形相のレオナルド様のお姿が。
……なぜここに?




