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いえ、違いますが



 ああ、もう帰りたいです。

 機嫌の悪い人の相手など面倒なだけですよ。

 とはいえ、そんな事出来る訳もないですし……。


 仕方ありません。

 とりあえず、何か話題を。


「レオナルド様、喉は乾いておりませんか?」

「……」


 無視ですか、そうですか。


「殿下とご友人だなんて凄いですね。さすがレオナルド様です」

「うるさい」

「……」


 人の気も知らないで、なんて酷い方なのでしょうか。

 もう知りません。勝手にして下さい。

 もう私はご機嫌取りなんてしてあげませんからね!


 私まで少しイライラしてきてしまいました。

 あーやだやだ。さっさとこの場を離れたいです。


「!」


 そう思っていると音楽が変わり、ダンスホールへと人が集まって行きます。


 ああ、そうでした。ダンスをしなくてはいけなかったんですよね。

 こんな状況でダンスだなんて出来るのでしょうか?

 うん、絶対無理です。


 一曲はパートナーと踊らなければならないというのが暗黙のルールですが、この際もう仕方ないのではないでしょうか?

 ならば、もう用はないので帰りたいです。


「……ちょっと」

「……え?」


 急に声をかけられ、驚いてその声の主を見やると、物凄く不愉快そうな顔をされたレオナルド様が。

 やっぱり踊らないのでしょうか?


「ダンスが終わるまで、絶対に声を出さないでよね。分かった?」

「……あの、どういう?」

「うるさい! 声を出すなと言っているのよ」

「……すみません」


 な、なんて横暴なんでしょうか!

 理由すら聞くことが許されないなんて、理不尽にも程があります。

 ですが、どうやらダンスはするつもりのようですし、何か余計な事を言って面倒な事になるのも嫌なのでここは我慢しましょう。


「……ふぅ――」

「?」


 レオナルド様は深呼吸をすると、おもむろにポケットから白い手袋を取り出すとそれを嵌めて、まるで天に祈るように手を顔の前に組んで顔を仰ぎました。


 ……何をされてるのでしょうか?


「大丈夫、私なら出来る。そうでしょう? レオナルド」


 え?


 急に始まったの独り言に唖然と見ていたら、レオナルド様はゆっくりと目を開き、じっとこちらを見つめてきます。


 な、何!?


「この目の前にいるのはカボチャ。そう奇妙な格好をしたカボチャ。人間になりたくて魔女と取り引きをしたのに失敗した哀れなカボチャ」

「……」


 ……あの、なんですか? 何が始まったのですか?

 しかも妙にファンタジーな設定なんですが。


「そう、この目の前にいるのは哀れなカボチャ。カボチャカボチャカボチャ……」


 私を見ながらひたすらカボチャの連呼をするレオナルド様。

 狂気じみたその姿にドン引きしてしまったのは言うまでもありません。

 それに、カボチャ連呼される私の身にもなって下さい。

 なんですか、これは。新たな嫌がらせか何かですか?


 ブツブツとまだ何かを呟いているレオナルド様に困惑しながらも様子を伺ってみると、どうやらこれは私に対する嫌がらせではないようです。

 寧ろこれは……自己暗示?


 よく発表会などで人前に立つ時に、過度な緊張を解すために使う古典的な手法と似ています。

 余程私と踊るのが苦痛なのですね。

 でも、そこまでされるとさすがの私も傷つきますよ。



 ん? 声が止まったようです。

 どうやら終わったようですね。


 次は何が始まるのか少し構えていた私は、そっと差し出された手に反応が出来ませんでした。


「……?」


 え? なに?


 意味が理解出来ずその手をただただ見つめていると、今まで聞いたことも無いような優しい声が。


「心配しなくていいわ。さぁ踊りましょう、カボチャ…いえ、リチャード!」


 いえ、違いますが。


 ……え、何これ。私の事を言ってるの?

 いやいやいや、なんですかリチャードって!

 まさか私の名前を知らない……?

 だからってリチャードって……男じゃないですか!


 一体何がどうなってそんな事に!?

 意味が分からなすぎて怖い……物凄く怖いです!


 それに、いつも不機嫌な顔しかされないレオナルド様が微笑んでいます。

 それも私に向けて……というよりはきっとカボチャのリチャードに向けてなんでしょうが。

 っていうか、リチャードって誰!?


 恐ろしくて差し出された手を取れずにいると、痺れを切らしたレオナルド様が私の手を掴んできました。


 ひ、ひぃいいいっっ!!


「安心していいわ。大丈夫、私がちゃんとリードするから」


 いえ、全然大丈夫じゃないです。

 寧ろ、貴方が大丈夫ですか?


 あなたと一緒にいては、全くこれっぽっちも安心なんて出来ませんよ!

 ああ、逃げ出したいです。

 でもこれさえ乗り切ればあとはもう一緒にいる必要性もありません。

 そう、これで終わりです。最悪、別々に帰ったって大丈夫。


 頑張るのよ、リリアーナ!!

 大丈夫、勇気を出して! もう少しの辛抱よ!


 私は自分を奮い立たせ、レオナルド様に引かれるままダンスホールへと向かいます。

 ちょうど音楽が終わり、次の曲が始まるようです。私達がダンスホールに着くと、周囲の人々は興味深そうに私達を見てきます。


 ……ああ、物凄く嫌です。

 練習はしましたが元々ダンスがあまり得意ではないので、拙いダンスをこの注目の中晒さなければならないなんて……どんな罰ゲームですか。

 というか、この変な人と踊らないといけないとか、もう罰ゲームの域を超えてます。



 しかし無情にも音楽が始まり、地獄のダンスが始まってしまいました。


 私の腰をしっかり支えてリードしてくれるレオナルド様。

 黙っていれば、絵本の中から出てきた素敵な王子様にしか見えません。

 サラサラと流れる金の髪に、澄んだ碧の瞳を持つ中性的な美しい顔。私を支える手は大きくて、細身ながらも逞しい体。

 確かに、こんな素敵な男性は他にはいないでしょうね。


「リチャードはダンスが下手ね。それじゃあ、スザンヌをダンスに誘えないわよ」


 ……ホント、黙ってたら素敵なんですが。


「……そうね。魔女との取り引きに失敗したけど、まだ終わりじゃないわ。スザンヌがいるでしょ?」


 一体、レオナルド様の脳内ではどんな世界が見えているんでしょうか?

 リチャードは一体、何を魔女と取り引きしたの?

 あと、スザンヌって誰?


「ちゃんとダンスに集中しなさい、ステップが乱れてる」


 あ、すみません。

 なんか気になってしまって……。


 ダンスももう終盤です。

 どうやら最後までこのよく分からないレオナルド様の奇妙な話が続くようです。


「……確かに一番大切なモノを失ってしまったけど、大丈夫。リチャードならきっと出来るわ。だってもう、あなたはただのカボチャじゃない。凄いカボチャなんだから」


 ただのカボチャと凄いカボチャ、何がどう違うのですか?

 というか、そこはもっと違う言い方があったんじゃないですか?

 とりあえず、リチャードがただのカボチャじゃないのはわかります。だって、こうしてダンスできるってもう普通じゃないですし。

 そう考えると凄いカボチャです。

 ……ん? そういう事? そういう意味なの?

 いやいやいや、これは凄いカボチャで済むレベルの話じゃないですよね?



 レオナルド様の妄言に振り回されていると、あっという間にダンスが終わりました。

 やっと終わりましたよ!!


「……」


 ダンスが終わった瞬間、一瞬にして無表情になってしまったレオナルド様。

 とりあえずダンスも、終わったのでもう声を出しても大丈夫ですよね。


「あの、レオナルド様」

「……」


 無反応なレオナルド様に声を掛けますが、やはり返答はありません。

 でも、どうしても聞かずにはいられません。


「カボチャのリチャードなんですが……」

「……はあ?」


 ようやく反応を見せてくれたと思ったら、いつもの不機嫌なレオナルド様の不機嫌な声。

 しかし、そこには強い苛立ちも見られ、いつにも増して冷たい目がこちらを睨んできます。


「アンタ頭おかしいんじゃない? 何、カボチャのリチャードって。バッカじゃないの」

「……えぇ!?」


 だってさっきまで言ってたじゃないですか!

 っていうか、それこっちのセリフですから!!


「……もう用は済んだし、残るなり帰るなり勝手にすれば?」

「……」


 レオナルド様はそう言って、私を残しさっさと行ってしまいました。


 ……はあぁぁああッ!?


 この人、無かったことにしやがりましたよ!

 しかもさらっと何食わぬ顔で!

 信じられない、信じられないですよ!


 私が頭おかしいみたいな事言ってましたが、それ貴方ですから!

 急にファンタジーな世界を持ち出したのは、貴方ですよ!


 なんですかカボチャのリチャードって! 魔女と何を取り引きして失敗したんですか? なんで失敗したの? スザンヌは? どういう関係なの?

 っていうか、失敗してどうなっちゃったの?


 ああ、もう! 世界観が不明すぎるし、意味が分からなすぎます。

 投げっぱなしで去っていくとか、本当に最低ですよ!

 こっちはなんか妙に気になってしまって、モヤモヤしてるっていうのに!




「……はぁ――」


 なんだかとても疲れました。

 もう帰っていいですかね?

 勝手にしていいって言ってましたし、遠慮なく帰らせてもらいましょう。



 異常なほど疲れてしまったので会場を後にしようとしたところ、急に背後から声をかけられました。

 振り向くとそこには数人の男性が。

 何だか面倒な事になりそうな予感がします。



 はぁ、もう帰りたいです。



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