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一言余計です



 王宮で催される夜会へ参加することが決まってから、私は準備に追われる日々を過ごしていました。そんなバタバタな日々を送っていると時間の経過は早く感じ、ついに今日は夜会当日です。


 準備を済ませた私は、部屋で出発の時を待つだけです。部屋で待っている間暇なので、再度おかしなところがないか鏡で確認しますが、うん。なかなか良いのではないでしょうか。

 今夜私が用意したドレスは、今王都で秘かに流行しているという派手過ぎないシンプルなもの。薄緑色の生地に美しい花の刺繍が施され、白い真珠のような美しい石やレースをスカートに装飾した、とてもシンプルな作りになっています。

 その代り、ネックレスやブレスレットなどは少し装飾の多い派手めな物を身に着け、質素になりすぎない上品な仕上がりになったかと思います。


 正直、流行とかにはあまり興味もなく以前はそれこそ質素という言葉がぴったりのドレスばかりでしたが、流石に王宮での夜会ともなるとある程度は流行を気にしなくてはいけない訳で……。

 それに、今回はアインシュベット侯爵家の者として招待されている身です。恥ずかしくない格好でなければなりません。


 とはいえ、これまで流行に関心の無かった私が、一人でどうにかできる訳もなく。今回は全てアンナと侯爵家御用達の仕立て屋に丸投げしました。

 丸投げとはいえ、気合の入りまくる仕立て屋とアンナの意見がなかなか合わず仲裁をしたりとなかなか大変ではあったのですが、こうして無事出来上がりました。


 無事にこの日を迎えられた事にホッと安堵のため息を吐いていると、アンナが私を呼びに来ました。


「リリアーナ様。レオナルド様がお待ちです」

「分かったわ」


 階段を降り、レオナルド様が待っている部屋まで向かうと、ブラッドフォードが丁度部屋から出てきました。

 彼は私の姿を見ると、ほぅと感心した様子で見つめた後にっこりと微笑みました。


「これはこれはリリアーナ様。とてもお綺麗です」

「ありがとう、ブラッドフォード」

「改めて化粧の恐ろしさを身をもって実感させられました」

「…………」


 一言余計です、ブラッドフォード。

 ですが、悲しい事に私も同じことを思ってしまったので今回は大目にみましょう。とはいえ、今の言葉は決して忘れませんが……。


 実は今夜の化粧も髪のセットも全部アンナがやってくれたのですが、少し田舎臭い野暮ったい顔が垢抜けて王都の淑女へ大変身! さすがアンナです。


 ブラッドフォードは扉をノックし開けると、私を中へ通してくれました。

 部屋には長い足を組んで優雅に紅茶を飲みながら寛ぐ、グレーの燕尾服に身を包んだレオナルド様の姿が。


 こ、神々しい……!!


「遅い! 私を待たせるなんていいご身分ね」

「も、申し訳ございません」


 私の姿を見るなり、レオナルド様は顔を顰めてお怒りの様子です。

 全く、何をそんなにイライラしていらっしゃるのでしょうか。呼ばれてすぐに来たというのに。

 今日のレオナルド様はいつも以上にピリピリしているようです。


「……もういい。行くわよ」

「は、はい」

「いってらっしゃいませ」



 一抹の不安を覚えながらも私とレオナルド様はブラッドフォード達に見送られ、馬車で王宮へと向かいました。

 移動中、向かい側に座るレオナルド様の逆鱗に触れないよう可能な限り空気のように静かに存在すら感じないように大人しくしていると、むすっとした様子でこちらに目を向けてきました。


「……挨拶やダンスは仕方ないから一緒にするけど、用が済んだら私に近づかないでよね」

「もちろんです!」


 きっとそうなるだろうと予想はしていたのでそう返事をすると、レオナルド様は面白くなさそうな顔をされました。しかし、用件はそれだけだったのか、それきり口を閉ざしこちらに顔を向けることもなく馬車に付いている小さな窓の外をじっと見つめ続けています。

 その横顔がどこか思いつめたような辛そうな表情に見えるのは気のせいでしょうか?


 やはりどこか様子のおかしいレオナルド様が気になりながらも、怖くて声を掛けることもできずにいるといつの間にか王宮に着いてしまいました。


 遠くからは何度か目にしたことがありましたが、近くで目にする王宮は大きくそして美しいです。闇夜の中、松明で照らし出される王宮はとても幻想的で、雄大に聳え立つ佇まいに圧倒されてしまいます。


 馬車を降りると会場まで案内され、たどり着いた扉の中へ進むと、そこには壮大で優美な世界がありました。

 豪華なシャンデリアや高価な調度品、美しい音楽が流れる日常とはかけ離れた空間。こんな素敵な場所に自分がいることがひどく場違いに感じる程、煌びやかな世界。


 すごい、すごいです!!


 私は驚きと感動で思わず立ち止まっていると、頭上から冷たい声が降ってきました。


「そんな田舎丸出しの反応やめてくれる? 恥ずかしい」

「……す、すみません」

「まぁ、アンタみたいな田舎者には珍しいのかもしれないけど、仮にも侯爵家の名を名乗るならもっと堂々として欲しいものね」

「は、はい」


 そ、そうでした。今の私は侯爵家の、レオナルド様の妻です。こんなオドオドしていては、侯爵家の名に泥を塗ってしまいます。

 正直レオナルド様に対しては負の感情と僅かな興味しか持ち合わせていませんが、ライズベル様には感謝しきれない程の大きな恩があります。ライズベル様の為にも、ヘマをする訳にはいきません!


 私はそう決心を胸に、さっさと前に進んで行ってしまうレオナルド様に慌てて着いていくと、一人の中年男性がレオナルド様に声をかけてきました。すると、レオナルド様は先程までの不機嫌そうな表情から、取ってつけた様な笑顔を浮かべています。


 なんという変わり身の早さ!


「これはこれはレオナルド様。お久しぶりにございます。相変わらず麗しいお姿ですね。お元気そうで何よりです」

「……バーニア子爵、あなたもお変わりないようで」

「はい、お陰様で。そちらの美しい女性は、先日結婚されたというレオナルド様の奥様でいらっしゃいますか?」


 奥様という言葉にハッと目を向けると、白髪が少し混じった人の良さそうな素敵な男性がニコリと微笑みかけてきます。


 あ、挨拶をしなくては!


「初めまして。リリアーナと申します」

「私はジャック・バーニアと申します。いやはや、こんな美しく若い女性がレオナルド様の奥様とは……なんと言葉をお掛けすればいいのか」


 可哀想に、という顔で話すバーニア様に、私はただ苦笑いを浮かべるしかありません。

 それにしても、本人の前で言ってしまうこの子爵の神経の図太さには驚愕を通り越して尊敬すら覚えてしまいます。普通怖くて言えないですよ。それとも、二人はそれが言える程の間柄という事なのでしょうか?


「同情ならその女ではなく私に向けて欲しいものですね、バーニア子爵」

「はっはっは! そうですね、それは失礼しました」


 声を上げて笑う子爵に、レオナルド様はやれやれとため息を吐きますが、その光景を見ていた人々が次第に群がりレオナルド様にお声を掛けていきます。

 傍にいる私にも、結婚おめでとうという祝福の言葉と一緒に同情の眼差しを送って下さり、私達は挨拶に追われました。



 一向に途切れることの無い人だかりに少々うんざりとしてきたところ、急に大きな歓声が上がりました。何事かと思いましたが、すぐに理由が分かりました。

 今日の主催であるアルフォンス殿下がいらっしゃったようです。

 黄色い歓声が飛び交う中、殿下は麗しい笑顔を浮かべて手を振って階段を降りてきました。


 初めて殿下を拝見しますが、とても凛々しく精悍な顔立ちの王子様です。

 髪は炎の様に紅く、宝石をはめ込んだような輝きを放つサファイアの様な瞳が印象的な美青年。


 感動にぼーっと見つめていると徐々にそのお姿が近づいてきて、気づけば私達の目の前にいらっしゃいました。


 ……え、ええ――!?


 な、何故殿下が私の目の前に!?

 周囲を見渡せば、いつの間にか周囲にいた人々は殿下に道を開け、遠巻きに私達を見ています。


 どうしたらいいのでしょうか。


 困惑している私を他所に、殿下はレオナルド様に爽やかな笑みを浮かべならが話しかけてきました。


「レオナルド、今宵は随分賑やかそうだな」

「……ええ」


 にこやかに話しかけてきた殿下に対して、レオナルド様は仏頂面で応えますが……そんな態度で大丈夫なのでしょうか!?

 不興を買ったりしないのでしょうか?

 いらぬ心配なのでしょうが、私の身にも降りかかる危険な事態だけはどうか遠慮願いたいです。


「ほう。彼女が噂のお前の奥方か」

「ええ、不本意ながら」

「不本意なのはお前より彼女だろうに。初めまして、美しいご夫人」


 急に話かけられ、緊張に強ばる顔をどうにか笑顔を浮かべるように努めながら、ドレスの裾を持ち上げ挨拶をします。


「お、お初にお目にかかります。本日はお招き頂きまして誠にありがとうございます。リリアーナと申します」

「ははっ、そう緊張せずともよい。レオナルドとはもう長い付き合いでね、数少ない私の友人だ。こいつは誤解されやすいが、根はいい奴なんだ。見捨てず支えてやってくれ」

「は、はい」


 殿下は随分と気さくな方のようです。

 それにしても、まさかレオナルド様と殿下がご友人だなんて全く知りませんでした。お二人を客観的に見た限りでは、冷たく少し刺々しい雰囲気のあるレオナルド様と、明るく朗らかで活発そうな殿下ではあまり合わなそうなのでとても意外です。


 ニコニコと微笑む殿下とは反対に険しい顔のレオナルド様。

 やはり対照的な二人を静かに見守っていると、不機嫌な様子を隠さないレオナルド様が口を開けました。


「殿下、そのニヤけた顔を止めて下さる? ……殴りたくなる」

「そうか? 堪えてはいるんだが、どうにもな」

「それで? 全然そうは見えないのですが?」

「悪い悪い。それにしても……久しぶりに聞いたが、お前のその声と話し方いつ聞いても気持ち悪いな……あっ」


 ……久しぶり?

 もしかして二人は久しぶりの再会なのでしょうか?


 そんな疑問を抱きながら、殿下に目を向けるとそこには「しまった」という顔をした殿下が詫びるように眉を下げてレオナルド様を見ています。

 どうしたのだろうと思い、殿下の視線を追ってその先を見るとそこには目が据わった怒りに染まるレオナルド様の姿が。


 こ、怖い!!

 その視線だけで人を殺せそうな程の冷たい目がもの凄く怖いです。

 ……なぜそんなにも怒っているのでしょうか。


「あー……悪い、レオ。悪気はない」

「…………」

「……ご夫人、今のは聞かなかった事にしてくれ」

「えっ? は、はい」


 そう言われると物凄く気になってしまうのですが。

 でも、聞かなかったことにして欲しいというならば、とりあえず今は聞かなかった事にしましょう。殿下きってのお願いですしね。


「うん、よし。これで大丈夫! 心配ないぞレオ!」

「……はぁ――――」


 安心しろと、レオナルド様の肩に手を乗せ笑顔を浮かべる殿下に、レオナルド様は深い深いため息を吐いています。なんだかとても貴重な光景です。


「さて……私はそろそろ行かねば。挨拶もあるしな」

「ええ、そうして下さい」

「では、二人とも楽しんでいってくれ」


 そう言って殿下は颯爽と去っていきました。

 しかし、先ほどよりも一層機嫌を損ねたレオナルド様と二人きりにされ、なんとも居心地が悪いです。さっきまで遠巻きに見ていた方々もその様子を察したのか、散り散りになってしまい今度は誰一人寄ってきません。

 そこは空気を読まずに、来てほしいところですよ!


「…………」

「…………」


 ……気まずい、気まずいです!


 まだ始まったばかりだというのに、もう既に早く帰りたいです。

 誰か助けて下さい――!!



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