約束
ライブのあった日の2日後、月曜日。
悠は、健太と首藤と一緒に教室でお弁当を食べていた。
会話に夢中になっていたが、健太の後ろに人が近づいてくるのが見え、そちらに意識を向ける。
「か…」
「健太」
「おお!佑樹じゃん。おはー!つっても、もう昼だけどな」
悠が名前を呼び終わる前に、近づいてきていた人物、佑樹が口を開いていた。
なんだ、俺に用があるわけじゃないのか……と、当然のことであるのに、ひどくがっかりした。
そんな悠など視界に入ってもいないのか、佑樹と健太の会話が始まる。
「明日部活の前にミーティングするから、着替えたら1年3組に集合だって」
「あいよー」
「加藤くんと根岸、あと相沢くんに伝えといて」
加藤くんと根岸というのは悠と同じ2組のテニス部員で、相沢くんというのは1組のテニス部員のことだ。
どうやらテニス部で伝達事項があると、クラスの代表が隣のクラスの代表に伝えていくシステムらしい。
「えー相沢には伝えといてー」
「だめ。健太は2組の代表なんだから、ちゃんと仕事して」
「はいはーい」
健太は断られることなどわかっていて、甘えるように頼み事をしたようだ。その証拠に、断られても不快感などなく、楽しそうにしている。
中学の時から部活も同じ2人。そりゃ仲良くもなるさ。そう自分に言い聞かせる悠は、なんとなくもやもやした気分である。
用事を済ませた佑樹が「じゃあね」と立ち去ろうとする。
「え、もう終わり!?」と焦った悠は
「あのさ!」
と、自分の予想より大きな声を出してしまった。
それを聴いた佑樹が、健太から目線を外し、悠に向けた。実際は、佑樹だけでなく健太も首藤も悠に目を向けていたが、そのことには気がついていない。
「今日って部活ないの?」
今日の、そして過去の佑樹と健太の会話から予想したことを佑樹に尋ねる。
「ないよ」
「じ、じゃあ放課後、どっか行かない?話したいことが……あるし……」
言いながら、自分は何を言っているんだろうか、気持ち悪いことを言っているんじゃないか、と自信がなくなっていく。
話したいこと=ヘルについて、だが、本音としては佑樹との距離を縮めたいだけであった。
そのことに気づかれてしまうのではないか、男が男にこの発言をするのは普通なのか変なのか、悠の中で様々なことがぐるぐると回り、わけがわからなくなっていく。
佑樹の返事を待つ。緊張が強くなり、鼓動が早くなり手に汗をかいている自分に気がつく。
悠が質問をしてから何秒経ったか。もう30秒は待ったか。しかし現実では3秒かもしれない。
悠にとっての長い時間が過ぎ、佑樹が口を開いた。
「いいよ」
その返答と佑樹の笑顔に、気分が高揚するのがわかる。
「塾があるから、あんまり遅くまでは無理だけど……」
「いいよいいよ!全然いい!」
見るからにテンションを上げ、更に立ち上がる悠を見て3人が驚く。
しかし悠は3人の反応に気がつかない。喜びが大きくて、周りの様子が目に入っていないのだ。
佑樹はすぐにいつもの穏やかさを取り戻し
「じゃあ放課後、2組に来るね」
「おっけー!」
そう約束して、佑樹は自分のクラス、3組に帰って行った。
また3人での昼食が再開したが、悠は「早くHRが終わったら迎えに行こう。早く終われ!」「どこに行こうかなー!」等、浮かれたことだけを考えていた。
健太と首藤はその浮かれっぷりに気がついていたが、どう触れていいかわからず、そっとしておくことにした。