確信
ライブ当日。
悠はライブハウスへの道すがら、いつも通りSNSのチェックをする。
珍しく『ゆうき』がコメントではなく、自分だけの発言をしていた。
それは
『ライブぎりぎり』
という、『ゆうき』らしい簡素な発言だった。
ライブハウスに行けば、好みが一致して意気投合できた『ゆうき』がどこかにいるんだ!と期待していた悠は、若干がっかりする。
もし『ゆうき』が先に着いていたとしても、顔がわからないので、見つけることは出来ないのだけれど。
しかし、今日のメインは『ゆうき』を見つけることではない。ライブハウスが近づき、既に集まっているたくさんの観客が見えてくると、がっかりした気持ちはすぐになくなり、逆にわくわくとした気持ちが高まっていった。
ライブが始まる前にもう一度SNSをチェックしたが、『ゆうき』のは発言はなかった。無事間に合ったのかどうかもわからないまま、ライブが始まった。
ライブが始まってからは、悠は『ゆうき』のことなどすっかり忘れて、夢中になっていた。
いつも通り、中央より左に寄った位置から見ている。
ライブの中盤頃、バンドメンバーも観客も、最高潮に興奮している。そこで、悠の1番好きな曲の演奏が始まった。
悠は「俺の好きな曲!」と思うと同時に「『ゆうき』も1番好きって言ってた!」ということに気がついた。
そのことに意識が向いてしまっていた悠は、気が付くとモッシュに巻き込まれていた。
1人で落ち着いて見ていたい悠は、少しずつ後ろに下がっていく。
なんとか激しいところから抜け出せた悠が気を抜いた瞬間
「沢木くん?」
と声を掛けられ、突然の出来事に、びくっと大袈裟に驚いてしまった。
自分の右側を見ると、声の主、河合佑樹が悠を少し見上げる姿で立っていた。
「河合……え!?」
悠は声を掛けられた時よりも更に驚いた。『ゆうき』は河合佑樹なのでは、と思うこともあったが、実際にライブハウスで会うと、佑樹はこの空間にあまりにも似合わない。
Tシャツにジーンズという実に質素な格好の佑樹は、眼鏡がうっすら曇っている。
「沢木くんって、ヘルヘイム好きなんだね。なんか意外」
それはこっちの台詞だ!と思ったが、言葉が出ない。驚きすぎて、頭の中を整理しきれていないのだ。状況についていけない。
「な、なんでここに?」
やっと出た言葉は、そんなマヌケなものだった。その質問に対する答えなど、聞くまでもなくたった1つだ。
「僕もヘルヘイム好きだから」
予想通りの答えを、いつも通りの穏やかな雰囲気で言う佑樹は、やはりこの場には似合わない。
「部活が長引いてさ、めっちゃダッシュした。ぎりぎり間に合ってよかったよ」
そう言う佑樹の首を汗が伝うのを、悠は見逃さなかった。その汗は、部活の時にかいた物でも走ってきたときにかいた物でもなく、会場の熱気からきている物だというのは明確であった。
悠は、佑樹の首元の汗を見て、ごくっと唾を飲んだ。
その自分の行為に驚愕する。「あれ、今俺はコイツを見て何を……」
「沢木くんは1人?」
佑樹の言葉が、悠の思考を遮る。
佑樹は悠の行為に気付いていないようだった。
「あ、ああ。いっつも1人。河合は?」
「僕もいつも1人」
「そうなんだ」と言う言葉も震えていたかもしれない。悠は、変な緊張感を持ってしまっている。
「今までヘル好きっていう知り合いいたことないから、嬉しいな」
そう言う佑樹は、いつものニコっとした笑いより気の抜けた、ヘラっとした笑いを見せる。
そのままステージに目を向けた佑樹は
「僕この曲が1番好きなんだ」
と言う。
その発言は、悠の中に引っ掛かりを見せた。
あれ、この曲って、『ゆうき』も1番好きって言ってたよな。それに、河合もライブぎりぎり間に合ったってさっき……。
悠の中で、繋がってしまった。
本人が断定したわけではないが、悠はもう何の疑いも持っていない。
『ゆうき』=河合佑樹だ、と。