楽しみ
「遡ってはみたものの……」
内容のない呟きばかりで、個人特定のヒントになるようなことは書かれていなかった。
自己紹介文から得られる情報も、悠と同じ年齢ということのみ。
呟きの簡素さから、男ではないかと予想はできる。しかし確信には至らない。
「健太のページから飛んだけど、同じ高校とは限らないんだよなあ……元中の人かもしれないし、健太と同じテニス部の、別高校って可能性も……」
自分の力で特定しよう!と思ったが、なかなかハードルが高いことに気がついてしまったのだ。
「あー名前もヒントになる……か?『ゆうき』ねーゆうきゆうき……」
しかし『ゆうき』という名前は名字でも下の名前でも使われ、更には男でも女でもあり得る名前だ。ヒントとしては、弱いものであった。
ベッドの上であぐらをかき腕を組んでしばらく悩んでみたが、思い付くことはなにもなかった。
「だー!何もわかんねー!でも健太に聞くのもなんかくやしいんだよなー!」
自分の髪をぐしゃくじゃにするようにし、思いを発散する。
ベッドの上に大の字に倒れた途端、ひらめきがあった。
「そうだ!話しかければいいんじゃん!」
悠の使っているSNSは、同じSNSの利用者どうしであれば、コメントを送ることができる機能が付いている。
「正体聞くと怪しまれるだろうから、普通に会話しながらヒントを得ていけばいつかたどり着けるよな~」
俺って頭良い~!といった調子で、もう一度スマホと向き合う。
さっそくコメントしようとしたところで
「あれ、でも俺がコメントしたら、俺は俺って特定されるよな……」
悠はSNSでも個人情報をたくさん公開していた。もし『ゆうき』が同じ高校の人であれば、悠のことはすぐに特定されるだろう。
「もし相手が女の子だったとしたら、俺のコメントに返事なんてしないよな……?」
相手からの返事がなければ何の情報も得られない。
さてどうしたものか、とまた考え込む。
「そうだ!女のフリして話しかけたらいいじゃん!」
本日2度目の、俺って頭良い~!な発見であった。
もし『ゆうき』が男だったとしても、女に話しかけられて嫌な思いはしないだろう。
男が女に話しかけると嫌がられるかもしれないが、その逆なら悪い気はしないだろ、と自分ベースの推測を立てる。
「じゃあさっそくアカウント作るかー!」
このSNSでは、1人で複数アカウントを持つことが可能である。
今自分が使っている『沢木悠』としてのアカウントの他に、もう1つ新たなアカウントを作り始めた。
「IDはてきとーで……あー名前な名前」
女みたいな名前にしなければ……と考え始めてすぐに、いい名前が思い付いた。
「『ハルカ』でいっか」
『悠』という字の、別の読み方である。
仲の良い友達から、時々「ハルカちゃーん」と弄られているのだ。
名前も決め、後は自己紹介文のみ。
ヘルヘイムの名前は入れたい、と思っていたが、他はどうするか……ここの文章のノリが、『ハルカ』のノリを決めるといっても過言ではない。
打っては消し、打っては消し……と試行錯誤した後にできたのが
『ハルカです!ヘルファンの人、仲良くしてください!JK2』
と、ごく平凡なものが出来上がった。
完了のボタンを押そうとし、その前にアイコン選択のボタンがあることに気がついた。
悠の周りの女子は、プリクラをアイコンにしていることが多いが、悠はその手が使えない。
ちなみに『沢木悠』としてのアイコンは、お気に入りのスニーカーの写真で、『ゆうき』のアイコンは本とマグカップの写真だった。
何か使える写真はないかと、自分のデータフォルダを漁っていると、祖父母の家の犬の写真が出てきた。
真っ白のポメラニアンの『コロ』である。
名付け親は祖母。よくある名前だが、コロに似合っている。
「これでおっけー」
アカウントの作成が完了した。
すぐ話しかけようと思ったが、作った直後に話しかけると怪しいか?警戒されるかも……と思い、とりあえず投稿だけして、今日はそのままにしようと決めた。
『ハルカ』の最初の投稿は
『ヘル好きさんと話したくて作りました!よろしくお願いします!』
まあこんなもんだろ、と、SNSを閉じた。
時間は23時を過ぎている。
風呂も歯磨きも済んでいる。
トイレに行き、布団に入った。
明日からどう探っていこうか、しばらく退屈しなさそうだ。わくわくした気持ちで眠りについた。