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元勇者・佐藤と元魔王・鈴木の話

聖歴20xx年、世界に魔王が現れた。

世界は闇に包まれ、人々が絶望し、魔王が送り込んだ配下により今まさに世界は破壊されようとしていた。

その時、神に選ばれた勇者が現れ、魔王の下僕達を次々と薙ぎ倒し、遂には魔王を打ち倒し、世界の闇は晴れ、平和になった。


勇者はその後、平和になった世界で国々の思惑にはまりかけたりもしながらも平和と人々の為に尽くし、最後は人々と家族に惜しまれながら寿命を全うした。

享年86歳。大往生だった。


そんな勇者は今、生まれ変わって普通の人生を送っている。


...なんでそんなことを言っているのか?

その答えは単純でアホくさい理由だ。

何を隠そう、勇者の生まれ変わりとは俺の事だ。



あ、今痛いやつとか思っただろう。

...その感覚は間違ってはいない何より俺が痛い奴だとおもっているのだから。


小さい子ならまだ中二病とか言うやつで許される。

だが、この歳になってまでそんな事を言うのは精神病患者か、もしくは先の病を治せずこじらせた痛いやつだけだ。



俺がどうしてこの幼い頃からあった、妄想と言われても仕方がない記憶を前世だと判断したのか?ということだが…

これは非常に説明しにくいのだが、何というか……うん、アレだ。子供の妄想にしては色々精巧すぎた、と言うべきだろうか。



勇者と言っても、夢ものがたりの様な一生ではなかった。

当然世界を救うのだから、尋常ならざる道のりを歩んだものだ。


最初のモンスターにを殺す時の恐ろしさ。

初めて強いモンスターにであい、殺されかけたあの恐怖。

そして、命からがら最寄りの村に逃げ帰った夜のあの虚しさと、悔しさ。


勇者だなんて言っても、神様が選んだとはいえちょっと強いだけのただの人間だ。


正直魔物の巣窟に入るときは怖かったし、褒められ、讃えられれば調子にも乗った。

そして、死にものぐるいで強くなればなるほど、人々が段々と俺を人間とは別の生き物であるかのように扱い始めているのに気づいた時の何とも言えないあの感じ。


アレには参ったよ。段々と勇者が神格化されていけばいくほど、失敗は許されなくなる。

魔王の配下の城落としに失敗して逃げ帰った時のあの村人の失望した顔と、その後、城落としをなした時の掌を返したようなあの喜びに満ちた感謝の言葉は、今でも忘れられない。



…そう、俺は勇者として大往生したんだ。

そんじょそこらのガキが80歳も超えたおじいさんの記憶をまるまる持ってるんだ。

人格もそのままに。


違和感無く馴染めるようにと培った周りに合わせる技術で上手くごまかすことが出来た…と思う。

人は何を思い何を感じるかなんて千差万別だからな。


面の皮の下で何を考えているかまでは俺にだって分からない。



勘違いするなよ?俺はそんな人間が大好きなんだ。

どうしようもない身勝手な生き物だがな、俺は後悔するような人生なんて送っては居ない。


俺は自分の人生を愛している。

だからこそ、同じ人間である人々も愛せる。


簡単なことだ。

俺は、勇者である前に、ただの人間なのだから。



話はそれたが。


おれは、ともかく勇者の生まれ変わりなんだ。

痛い奴でもなんでも構わない。事実なのだからしょうがない。


------------


朝起きる。別段変わりない朝だ。

うんと伸びをして、俺は念のためにかけている目覚ましのアラームを消した。

一度もコイツに世話になったことは無いが、もしものための備えはないよりあった方がいい。


そう思いながら、俺は顔を洗い身なりを整えてジャージを着込み、ウエストポーチを付ける。

いつもの習慣のジョギングのためだ。


今日は月曜日なので燃えるゴミの日だ。

それを確認したあと、俺は昨日のうちに纏めておいたゴミを引っ掴んでがごん、とドアを開ける。


白んでいる朝の空と、暖かくなり始めたとは言え、まだ少し冷える風が俺に向かって吹いた。


もうすぐ春だ。...桜は、もう少し後だとは思うが。


そう思いながら、ジョギングコースに足を向ける。

マンションのゴミステーションに、ゴミを忘れずにいれてから。



ーーーーーー


まだ、朝も早いというのに、既にちらほらと道路に車がはしり始めている。

こんな早くに車に乗っている人は、一体なんの仕事をしているのだろう?

そう思いながらも軽く走っていく。


学生時代には素晴らしい(らしい。自分ではよくわからない)身体能力で、所属していた陸上部はじめとする色々なスポーツ選手を勧められたが、俺は卒業と共にそれを止めた。


前世では人に祭り上げられた一生だった。

せっかくの二度目の人生だ。

今度は思い切り普通の人生を歩んでみたい。


幸い、俺は今回、普通の会社員の子供だった。

可もなく、不可もなく、平均位の家でそのへんは全く苦労はしなかった。


ただ、俺は前世で80年以上異世界でくらしていたのだから、そのギャップを埋めるのに苦労した。


どうやら、車を一足で飛び越えるのは非常識であるらしいとか、

普通は時間がないからといって三階のマンションから飛び降りて階段をショートカットしたりしないとか、

腕試しに大木をそこいらに落ちていた棒切れで居合切りを出来たりはしないのだということは子供の内に学んだ。


随分白い目で見られることは少なくなったと思う。

ただ、前世では長らくじいさんだったので、若い気持ちになれるまでが本当に辛かった。


だが、この年になって随分それも減り、独立してからとても暮らしやすくなった。

都会では、人が居すぎてあまり他人に気を配ることは少ないのだろう。


例えば俺が日も登らないうちに30分かけて5駅位の距離を往復して走っていたって、誰も気にしやしないのだ。


あぁ、俺、普通の人生、エンジョイしてるなァ…。


そう思いながら、いつもの場所を折り返す。

ぶっちゃけ幸せだ。

仕事は忙しくなる事もあるが、痛い思いをすることも、怪我をすることもない。


本気を出せばすぐに片付くし、頑張ったら退勤後の焼き鳥屋で飲むグレープフルーツサワーが美味い。


しかし、こんなにも人生を謳歌する俺にだって悩みは有る。

前世を持つからこそ、有る悩みだ。


俺は、ずんずんと走っていく。

もうすぐマンションに着くだろう。


そこで、大量のゴミを捨てている男が目に入った。

何食わぬ顔で後ろを通れば、腐った臭いがここまで流れてきている。


…いったい、今回は何日ゴミを溜め込んだのやら…。


俺は、別にこいつの事が気に入っているわけでもないのについそんなことを思ってしまう。


と、ふとその男が、長い、寝癖でボサボサになっているその髪を揺らしてこちらを向いた。


その、見覚えの有りすぎる顔に、俺は目眩を覚えた。


「…おはようございます。」


その驚くほどの低音と、見る者を震え上がらせるであろうその面構えで、彼は丁寧に俺に挨拶をした。


「お…っおはようござい…ます…。」


俺はそのギャップに若干引きながら挨拶を返した。


何を隠そう、こいつは俺の部屋の隣に住む住民で、………前世で倒した魔王に、物凄く、ものすっごーーーく似ているのだ。



ーーーーーーーーーーーー


別段特別なことなどなく、そのまま俺は部屋に帰り着く。

しかし、平静を装っておきながら、心臓はバクバクと煩く脈打っていた。


「あー…もー…。」

これが、一緒に旅した武闘家や僧侶だったら良かったのだ。

もしくは、俺の事を神格化せずに真っ直ぐ愛してくれた最愛の妻だったなら。


俺は、気兼ねなくお隣の人と仲良く出来たのだ。



しかし、しかしだ…


「よりによって…魔王…っっ!!」


俺は、何とも言えない思いを抱えずに入られない。

だって…なぁ…。



もし、もしもだ。


「前世持ちだったら…」

どうするんだ、俺。恨まれて殺されたりしないだろうか。

言っておくが、確かに他の人より身体能力は高いが、前世ほどではないのだ。

第一、俺でさえこれだけ高い能力を宿しているのだ。魔王だって同じ様に高いに違いない。


加えて、前世であっても俺達は三人パーティで…三人がかりでやっとあいつを倒したのだ。

つまり、前世より劣る戦闘能力の俺が、たった一人であいつに勝てるかといえば…それは…


「かて、ないよな…。」


おれは溜め息とともにズルズルと座り込んだ。

情けないが、今の俺はごく普通の会社員なのだ。

別に、これくらい良いだろう。



いや、今まで決して関わっては来なかったのだ。

普通に考えて、気にしなければいい話なのだ。


相手方だって、きっと、普通の人生をエンジョイしているに違いない。


...だが実際は...

「気に...なっちゃうんだよなぁぁ...。」


それはもう。


そいつが汚部屋と呼ばれる片付けられない病で、ゴミを捨てる周期が驚きの2週間毎と言うダメダメな生活をしているらしいとか、

しかも休みの日は昼の2時くらいまで寝てるダメダメな生活をしているかも知れないとか、

洗濯物を溜め込みすぎてぎゅうぎゅうに詰めこんだ結果、洗濯機をものすごい音を立てて回しているようなダメダメな生活をしているのではないかとか、

自炊はせず、ほぼコンビニ飯で済ましていると言うダメダメな生活をしているっぽいとか、


兎に角ダメ男な生活をしているのを軽く把握してしまうくらいには気になってしまっている。


別に、ストーカーとかじゃない。

隣に住んでいるからたまたま見かけてしまうのだ。


気になっているだけに印象に残ってしまって、結構個人情報保護条約に違反気味だ。


「もーやだ...引っ越したい...。」

しかしこのマンション、実は駅から近い割に安いので、結構離れ難かったりなんかして。


結局、ついついその決断を先伸ばししてしまうのだった。


ーーーーーーーーーーーー


シャワーを浴びて、

スーツに着替えて。

鏡の前に立てば、あっという間に普通の会社員。


ーーーーーーーーーーーー


さて、今日は待ちに待った休日だ。

何時ものジョキング済ませ、いつもより念入りに掃除をする。

普段は掃除機だけで済ませてしまうが、今日は布団を干して毛布をドラム式洗濯機に突っ込んで、テレビを見ながらクッションにコロコロをする。


昼前の何気ない番組だが、このなんとも言えない暇な時間がひと時の幸せだった。


さて、時間も11時も回ろうかというころ、時間を確認するためにスマホを覗いたとき、俺はあることに気づいてしまった。

そう、昨日の買い物メモのところ、卵にチェックが入っていない。


慌てて冷蔵庫を確認すると、やはり卵ポケットは空っぽで、贅沢して買ったちょっといい牛肉がチルド室にでん、と入っているばかりだ。


しまった、これじゃあ予定していた1人すき焼きが...!!

念の為、他の野菜を確認するも、他の物は忘れていない。


ど、どうして卵だけピンポで忘れた!?どうしたんだ、昨日の俺!!?


そんなことを思いながら、俺は財布とえこばっくをショルダーバッグに突っ込んで家を飛び出した。



自分では、自分自身を、結構運のいい人間だと思っている。

が、稀に…そうごく稀に付いていない日があるのだ。


ーーーーーーーーーーーー

まず、走って近くのスーパーに行った。

八個入り、158円。微妙に高い!


どうした。どうしてこんなに高騰してんだ、と思えば隣のスペースが嫌に開いている。

…これは…。


「しまった…安売りしてたのか…。」


空いたスペースには本日目玉、という売り文句で税抜き98円の黄色の張り紙がくたびれた様子でひらりと揺れていた。


きっと、歴戦のおばちゃん達に、もみくちゃにされたのだろうな…と思えば、同じ元戦士として手を合わせるより他はない。…無論、心の中でだが。


もっと早く気づいていれば、安く卵が手に入ったのに!


こういう時、意味もなく悔しくなる。


そして、その隣の…所謂有機なんちゃらとかヨー…なんたらとかという健康志向なお高い卵が売れ残っている。


別に、私は特に風邪を引いたりするような生活はしていないつもりなので、俺は少し遠いスーパーまで足を伸ばすことにした。

あそこは夜遅くまでやっているせいか余り安売りはしないが、価格の変動は少ない。


少なくとも158円よりは安いだろう。

そう踏んでの行動だ。


ーーーーーーーーーーーー

ここには罠が存在している。


秋から春になるまでの間、沢山の人々を惑わす、最凶の悪魔が…!


『い〜しや〜きいも〜おいも♪』

その名も、石焼き芋。


うおおお、ダメだ!!この香りに惑わされてはいけない!

お、俺は前世でだって、沢山の夢魔の館に迷い込んだ時はその誘惑にうち勝ったのだから!!


ここで、ここで無駄遣いをしてしまう訳には…!!


それでも、丁度昼時で腹が減っていたのもありちらりと専用の籠に入った石焼き芋に目線が行ってしまう。


「ぁ…。」


その紙袋には、10%オフの、バーコードが付いていた。


ーーーーーーーーーーーー


俺のエコバックの中には、118円(税抜き)の卵と、171円(10%off、税抜き)が収まっている。


俺は、とぼとぼと帰路に着きながら、はぁ、と溜息をついた。


「勝てなかった…。」


大体、家に蒸し器だってあるし、面倒くさければレンジか炊飯器で熱してしまえば良かったのだ。

絶対、生のさつま芋を買ったほうが安かった。


ちょっと残念な気持ちになりながら、俺は帰路についた。


ーーーーーーーーーーーー

大分ロスしてしまったが、帰ったら早速材料を…


そう思い、俺は鍵を開けようと鍵穴に指そうとする。

と、隣のドアが開いた。


そこにはなんの手入れもしていないのだろう無精髭の生えた、ボサボサの長髪の男が軽く上着を羽織ったスウェット姿で現れた。


「…おはようございます。」


明らかに目の下には不健康な隈があり、加えて上着のポケットからは長財布がはみ出ている。


明らかに寝起きだ。

寝起きで近くのコンビニまで歩いていくつもりだ。コイツ。


てか、部屋キタネェェエエ!!!!ここから見えるだけでも相当散らかってやがるぅぅうう!!


「…お、」


ここで、いつもなら、色々言ってしまいたいことを抑えて、おはようございます、と返してやるのだが、今日は如何せんイライラとしていた。


俺の周りの人によく言われること第一位は、君はA型だね、だ。

失礼な、と思う。


俺はB型だ。


「おまえなぁ!!我がライバルながら情けなさ過ぎるぞ!?なんだその有様は!!魔王の癖にだらしないにも程があるんじゃないのか!?」


……言ってから、後悔する。

しまった、口が滑った。


こんなこと、もしも前世持ち出なかったら痛いやつ過ぎて引く。

むしろ、病院か警察にお世話になるかも知れない。


俺はサッと青ざめて言い訳を考えている隙に、そいつは明らかに呆れた顔で言い放つ。


「何を言う。大体、魔王が良い人間のお手本の様な生活リズムをしている方がどうかと思うぞ。

キサマの様な勇者ならいざ知らず。魔王が堕落を極めて何が悪い。」


俺は、呆然として彼の顔を見上げた。

今度は訝しげになるその顔に、俺は尋ねずにはいられない。


「…お、まえ、記憶が、あるのか?」

「はぁ?」


いかにも、馬鹿にしたような顔を、された。


「キサマ、俺が前世の記憶があると確信した上での発言では無かったのか?」

「え?いや、その…」

つい、言ってしまったというか。


俺は顔が熱くなるのを感じた。

だって、その、なんか!


おれは咄嗟にヤツを睨みつけ、ズカズカと部屋に押し入った。


「あっ!?オイ!勇者!?」

「煩い!!それでも部屋がこんなに汚いと言う事への言い訳にはならんぞ!!


おまえ、まずシャワーを浴びて来い!!どうせおまえ今日もコンビニ飯だろう!!

飯、軽くつくってやるから、少し片付けろ!!!」


俺がそう怒鳴りつけると、魔王は目を丸くした。

玄関から中に入ると、早速靴下にワタぼこりがついた。

辺り一面に弁当がらと、適当なビニール袋に纏められたゴミが無造作にあちこちに落ちている。


奥には少し古そうな洗濯機が洗濯物にまみれている。


どうせこの調子では寝室や洋服ダンスなど散々たる状態であることはうかがい知れる。


「……ゴミ袋。」

「は?」

「は?じゃないっっ!!大きめのゴミ袋はどこにある!!??

なんだこのビニール袋に入ったゴミは!!後、臭い!!きちんと捨てろ!!!ここ、ごみの管理しっかりしてるからそんなに時間気にしなくてもゴミ捨てられるだろ!?

とりま、でかいゴミ袋を寄越せ!!」

「お、おぅ…。」


そう言って、魔王はゴミだめの中を進み、何かの山をかき分けていく。

そうした行動を二、三回繰り返して、漸くゴミ袋が姿を表す。


「ほら、」

「……ほら、じゃないっっ!!なんで常日頃使うものを探すのにそんなに時間がかかるんだ!!!」

「…ゴミ袋ってそんなに使うか?」

「普通!は!常日頃!!使うん、だっっ!!!」


俺は益々信じられない思いを抱えながら、それをふんだくり、床のゴミを入れていく。


本当にものぐさらしいそいつは、そこいらにチラシやなんかもバッサリと落ちていた。ダメだ。こいつ。


当の魔王は落ち着かない様子で近くをうろつく。

「お、おい、必要なものだってあるんだぞ?」

「必要な!物なら!!床に置くなっ!!!良いからシャワーを浴びて来い!!臭い!!」

「くさっ…」


若干ショックを受けたらしいそいつを風呂に押し込んで、俺は腕まくりをする。


この腐海の森…いや、不快の森を綺麗にするのは骨が折れそうだ。


ーーーーーーーーーーーー


「…何があった?」

「魔王。」


俺が出てきた魔王を見る。

半裸なので、畳んでいたバスタオルを投げつけた。


「ちゃんと服キロ。」

「わぷっ…!いや、そうじゃなくて…!」


なにか言いたそうな顔をしているが、俺ははやく、と急かせて寝室?に押し込む。そのままの変態的な姿で居られては困る。


そんな俺に反抗するように、魔王は「いや、まて!!余り変に触るな!!」と凄んだが、前世の今にも殺さんばかりの様子のヤツを見たことがある故、今の恥ずかしいやら情けないやらで怒るしかないような、そんな子供のような人間味溢れる様子では、俺を脅かすには程遠い。


「別に、ゴミをまとめてコロコロをして、掃除機を掛けただけだ。

書類はチラシ以外はプライベート、仕事用でテーブルの上に纏めておいたから、チェックをしてそれぞれ再配分してくれ。

2つ、書類入れを見つけたから、仕事用とプライベート用で分けていれてくれ。

後、小物だが、そこら辺にあった段ボールに入れてある。

使うものだけこっちの箱に入れてくれ。

それから整頓をして部屋に置こう。

すぐつかわないやつはそのまま押し入れに入れるぞ。…書類も小物も要らない、と思ったらこっちのゴミ袋に入れて欲しい。


……兎に角、早く服を着て来い!せっかく洗った体が、早速埃だらけになるぞ!!!」


俺がそう言うと、魔王はたっぷり15秒くらい静止して、お、おぉ…と曖昧な返事を返してもそもそと着替えだす。

全く、動きの緩慢な奴め。

前世のあの攻撃の様な速度はどうしたんだ!


俺は、そう思いながら、早速冷蔵庫を開いた。


そして閉めた。



………何となく予想は付いたていたが…冷蔵庫に調味料しかはいってないっっっ!!!!


ーーーーーーーーーーーー

聖歴20xx年、世界に悪の魔王が現れた。

世界は闇に包まれ、人々が絶望し、魔王が送り込んだ配下により今まさに世界は破壊されようとしていた。


その時、神に選ばれた勇者が現れ、魔王の下僕達を次々と薙ぎ倒していった。

魔界の城にまで登り詰めた勇者は、遂には魔王を打ち倒した。


良くある物語のシナリオだ。


そして、どうしてそんなことを語るかと言えば、何を隠そう、その魔王の生まれ変わりこそがこの俺、鈴木 政幸だ。


正直、子供の妄想だと思っていた。

と言うか妄想だと思いたかった。


例え人より身体能力が優れていたり、

ちょっと普通の子供より冷めていたり、

微妙に魔法が使えたりしているが、それでもきっと妄想だと。


そんな幻想も、この年になって見事に討ち滅ぼされた。

原因は、この目の前にいる人間のせいだ。


この人が俺の前に現れた時、俺は流石に戦慄した。


何と言っても、俺を殺した勇者に本当にそっくりだったのだ。


また言いがかりをつけて殺されやしないかと、いや、前は確かに“もー生きていくのも面倒臭いから世界すべてこわそーぜ”というアホ、かつ自分勝手な理由で世界の破滅目指したが…今は普通の堕落生活を楽しんでいるのだから、殺すのは勘弁してほしい。


しかし、俺はまだ前世など幻想だと言いたかった。


前世では勇者は男だった。

イケメンで、正義感があって、なんでも出来る、超人間だった。


しかし、隣にすむ勇者らしき人は、女だった。

スタイルもよく、凛々しく、どちらかというとかっこいい女性。


確かにそっくりで、勇者をそのまま女にしたらこんな風になりそうだと思いはするが、それでも、アレが夢だと思えるくらいの言い訳にはなる。


そう思いながらも、隣同士で暮らすことはや二年。

俺は、つい、そいつが気になって目で追ってしまう。


別に惚れた腫れたじゃない。

…自分を殺した相手だ。気になって当然だろう。


その結果、勇者は毎朝早起きしてランニングをしているらしい事がわかった。

後、仕事帰りにしばしば酒臭い。


そう、それと部屋が異様に綺麗。

ちらっと見えた限りだと、ホントに生活してんのかってくらい綺麗だった。


…いや、あいつ、人間のお手本みたいな生活している。

逆にやり過ぎて人間味がない。


俺は、正直関わり合いたくなかった。

でも、俺が引っ越すのは負けた気がして嫌だった。


…だから、その、こんなことになるなんて、想像もしてなかった。


目の前の女が、勇ましく俺に言う。


「おい、それ焦げるぞ。」

「それってどれだよ。」

「お前から見て左の手前。隣のしらたきと一緒に持ってけよ。」

「お、おう。」


どうして俺、こいつとすき焼きなんてしてるのだろうか?

俺は、肉と白滝を取り、生卵に付けながら頭を悩ませた。


夜勤明けの起き抜けに、いつもの通りにコンビニに弁当を買いに行こうかと思っていた矢先、急にこの女が部屋が汚いと怒鳴りつけてきたのだ。

その内容は、俺が前世では魔王であり、こいつが勇者である事を確信せざるを得ない内容だった。

俺は、外面では平静を保ったが、内心は穏やかではなく、大混乱をしていた。


しかし、勇者はそんなことも気に介さず、俺を風呂に押し込んだ。

そして、俺が風呂でシャワーを浴びている間に、勇者は何かの魔法を使ったらしい。


まず、軒並みゴミはまとめられ、玄関先に置いてあり、床が見えている。

窓は開け放たれ、爽やかな風が吹き込んでいる。

それと同時に、気がつけば床に落ちていたワタぼこりが消え、散らばっていた小物が箱に入っていた。


資料はやや乱雑ではあったが、キチンと分類されている様子だった。

これをあの短時間にやってのけたのだから、魔法としか思えなかった。


もっとも、その後も片付けを手伝い、ある程度片付いた所で食事に取り掛かったのだが…すき焼き、一人でするつもりだっだのだろうか。



確かに、肉もしらたきも良い感じだ。

口調はきついが、さっきから丁度いい感じにお茶も継ぎ足してくれる。


この気遣いが全く気を張らず、自然だというから恐ろしい。


しかし、俺は、目の前にいる女について一つ、大変な事実を知っている。


「なぁ、勇者。」

「…なんだ、魔王。」


俺はそいつを見る。

美人。聡明。気遣いも出来て、性格も良い。運動もできるし、頭もいい。


「おまえ、男も友達もいないだろう。」

「…。」


だが俺は、こいつの家に誰かが遊びに来た所を一度たりとも見たこと無い。


黙り込んだ所を見ると、その通りらしい。


…それもそうだ。人間は誰しも完璧ではない。

この勇者だって完璧ではないのはずなのだが、如何せんスペックが高すぎる。

あまりにスペックが高すぎて、他人の羨望と嫉妬を買い、更になんでもすんなりとこなしてしまうその姿は、他者の劣等感を刺激する。


これで人間らしい失敗でもしてくれればそれでも救いようも有るのだが、たとえ失敗してもあまりにリカバーがうますぎて失敗が欠点になりえない。


結果、優秀すぎるがゆえの孤立なのだろう。


「……別に、孤独は感じていない。」

「嘘を付け。そうでなければあんなに頻回に酒を煽って帰ってくることもあるまい。」

「…あれは…グレフルサワーが好きなだけだ。」


そういって目をそらす。

性格が良すぎるのも考えものだな。

嘘が下手すぎる。


「全く、完璧すぎるのも考えものだな。」

「…誰がおまえの部屋を片付けたと思ってるんだ。」

「ごめんなさい、勇者様。」


それに関しては頭が上がらない。

俺が服を着ると、すぐに片付けが始まった。


あっという間にゴミ袋がいくつも積み重なって、埃っぽさが消えた。

如何せん、この部屋の床を見たのは久しぶりだったので、逆に落ち着かない。


「…わかればいいんだ。それと、勇者様とか呼ぶな。」

「お前の名前など知らん。」


これは半分は本当だ。

表札がかかっているので苗字だけは知っている。


「……佐藤だ。…佐藤、優花。」

「結構可愛いな、名前。」

「に、似合ってないとか言うな!!」

「言ってないし、似合ってると思うが。」


俺がそう言うと、勇者…佐藤は目を丸くした。

…何だその顔。


「…なるほど、その口説き文句でしばしば女をたらしこむのか。油断ならんな、魔王。」

「口説いてはいない。向こうが勝手にホレてくるんだ。」

「はーっ!!羨ましいこって!!」


そっちが本音か。

…なる程、中身は男かお前。それは悪いことをした。


「うるさい。それと、俺の名前は鈴木政幸だ。魔王魔王呼ぶな。中二病のガキか俺らは。」

「鈴木な。わかった。確かに魔王だなんだと他の人に聞かれると恥ずかしいな。

これからはお互いそう呼ぼう。」


そう言って頬を掻くゆう、いや、佐藤は少し安心したような顔だった。

きっと、俺も似たような顔をしていることだろう。


「間違っても前世の名前では呼べないな?魔王グラーヴェ。」

「お前もな勇者ヴィヴァーチェ。」


そうお互い笑ってしまった。


ーーーーーーーーーーーー

それから、時間は流れる。


二人はなんとなく、その後も食卓を一緒に囲んだ。

前世のお互いの恨みつらみも、生まれ変わった今では既に笑い話だった。


なんであのダンジョンではこんな仕掛けを作ったのかだとか、

どうしてあの時そのままはゆかず、一度引いたのかだとか、


話せば話すほど共感していった。

同じ過去を持つ者として。

ーーーーーーーーーーーー


今日の夕食は常夜鍋。

肉も中々良い物を買った。

あいつは結構食べるから、材料費も馬鹿にはならない。


それでも、作りがいはある。

しっかり食べてくれるから。


俺は、なんとなく笑ってしまう。



どうして、あんな奴が怖いと思っていたんだろう。

あんなに、良い奴なのに。



魔王…鈴木は、実は介護職員だった。

最近ケアマネージャーの資格をとって、相談員の方でも仕事を探しているらしい。

俺はただの会社員だから、正直偉いと思う。

本当に、元魔王の癖に、不器用で気優しい。



……やはり、今更ながらも思わずにはいられない。

魔王グラーヴェだってあいつなのだから、話せばもしかしたら、殺さずにすんだのではないかという事。


以前そのことを話したが、しかし、あいつは、“昔の俺では、きっと聞く耳を持たなかったろう”と言った。


だが、確かにと納得もした。

当時の俺…ヴィヴァーチェも、魔王と話そうという気などハナからなかったのだから。


俺は、マンションの階段を登る。

今日はあいつの方が早く家にいるから、あいつの家。


俺はインターホンを鳴らさずにドアを開けた。

「おーい、帰ったぞー!」


そう言えば、気怠そうなスウェットを着た鈴木が現れた。


「ピンポンぐらいしろ。」

「良いじゃねぇか。前世からの付き合いだろ?」


俺が早速鍋の準備をしようとすると、家にあった野菜が準備を終え、後は今しがた買ってきたものを下準備するだけになっていた。


「…お前がやったの?」

「あぁ。不器用ですまんな。」


確かに切られた野菜はどれもが不揃いでやや大きい。

その上早めに入れる食材と、後から入れる食材がごった返していて、入れる時に苦労しそうな状態だった。


それが、まるで以前の鈴木の部屋を彷彿とさせて、思わず吹き出してしまった。


「ぶ、不器用ながらも、頑張ったんだ。笑われると、傷つく。」

「あぁ!すまんすまん!なんだか初々しくて可愛くてなぁ。」

「かわっ…!」

「いやいや、俺も最初はこうだったし、寧ろ手伝おうって言う気持ちが嬉しいよ。」


何故か複雑そうな顔をしながら、鈴木は他に出来そうなことがあればする。と、言った。

ならばと思い、ホットプレートのプレートを鍋用に変えて、冷蔵庫に入れてあった、水で戻した昆布をその水と一緒に入れてほしい、と言った。


わかった、とのっそりと冷蔵庫からそれを出して持っていく姿は、なんだか前世のあの理不尽な程のあの強さからはかけ離れていた。


あぁしてると、良い男なんだけどな。

だらしないけど。


ふふ、と俺は思わず笑って、手早く肉を切り分ける。


「なぁ、他に手伝えることは?」


そして、やる事がすぐになくなったらしい鈴木は俺の周りをウロウロし始めた。

まるで主人を待つ犬の様な有り様に、俺は笑わずにはいられない。


「むぅ。なんだ、笑って。」

「いや、随分丸くなったな、と思ってな。

ほら、それ、持ってくれよ。俺は腕は2本しか無いんだ。」


俺だって2本だ、と言いながら彼は俺が持たなかった方のそれを持ってれた。

やはり、優しい。


「…なぁ。」

「うん?なんだ。」


俺は思わず言った。


「……前世を生きていた世界中の人々のうち、誰がさ、俺達がこうして鍋を仲良くつつくだなんて予想しただろうな?」

「そうだな。つくづく思うが、俺達以上に、誰もが想像もしなかっただろうな。」


そう言いながら、俺達は鍋を挟んで向かい合って座った。


鈴木は穏やかに微笑んている。

きっと、俺も同じ顔をしているに違いない。


「でも、少なくとも俺は今、楽しいと思ってる。」

「奇遇だな。俺もだ。」


俺は出汁に生姜と、麺つゆを入れた。

鈴木は材料を俺に聞きながら順に入れてる。


穏やかな時間。ささやかな幸せ。

きっと俺達はこの先も、この空間を共有してゆく。


雨降って地固まる。

勇者と魔王も、生まれ変われば友となる事も、あるのだろう。

なんか、続き物のゲームとかで、前作ではそんなに好きじゃなかったけど、次回作にも出てくると懐かしさを覚えて好きになっちゃうキャラとかいませんか?

そんな感じです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通に面白かったです! 続きが読みたくてしかたないです(笑)
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