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夏の道  作者: 遠野 紗
7/8

 手に持ったビニール袋がカサカサと鳴る。

 隣を歩くともしが不意にクスリと笑った。どうしたのかと首を傾げると、それに気付いた彼は、

「変わってないですよね、鷹也たかやさん」

と何処か楽しげに言った。

「あのノリで結構頻繁に農作業を手伝わされるんですから」

「勉強になるな」

「農家志望でもないのに、その方面の知識が増えるばかりですよ」

 その言葉に、そういえば、とれいは思った。

 小さい頃の灯はよく知っている。何が好きで何が苦手なのか。でも、それから灯も零も変わった。その変わった灯の事を零は知らなかった。

 あれから彼はどこが変わってどこが変わっていないのか。好きなもの、苦手なもの。

 将来の夢。

「志望は?」

 丁度タイミングがいいから、と進路の話題を切り出してみる。

 すると、彼は何故か逡巡するような素振りを見せた後、

「…零さんは、どうするんですか?」

と彼は自分の事を言わずに零に聞き返した。

 その事に零は首を傾げながらも、他人に聞くならまず自分の事を言うのが礼儀か、と口を開く。

「分からない。とりあえず大学進学予定。理学か農学か医学か…」

 次々と出てくる選択肢に隣で灯が苦笑している。

「随分幅広いですね」

 まぁ、妥当な反応だ。自分でも分かっている。

「文理適性検査で真ん中出した上、自己発見サポートで興味のある度合い5以上を7つの分野で出した事による。おかげで決めかねている」

「色んな方面に興味があることはいい事ですよ」

 その言葉に零は表情を消して顔を微かに俯けた。

 目の前に黒い影が落ちている。


 チガウ。私が私じゃないだけだ…


 風が横を通り抜けていく。蝉の声が喧しい。

「…それで?そっちは」

 これ以上自分の志望について言えることもないと考え、零がそう聞くと、やはり彼は少しの沈黙を置いた。そして静かに、それでいて力強い声で、

「…。自衛官に、なりたいんです」

と言った。

 自衛官…。

「そうか」

 人見知りで怖がりだったあの子が自衛官か。

「え?」

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして灯が零を見ている。

「何?」

 何か変な事でも言っただろうか、と灯の表情に不安になる。

 灯はハッとしたように表情を変え、前を向いた。そっとその表情を窺う。そこに見えたのは、いくつもの感情。

 疑問、驚き、安堵、そして微かな喜び…

 何故、そんな表情を浮かべるのか。

 零には想像できなかった。

 大抵の感情や人が考えている事ならば、その表情を見ただけで想像できた。その人が何を思い、自分がどう反応したらどのような感情を抱くのか。観察の末、計算してコミュニケーションを取る。そうやってこの数年を過ごしてきたのだから。

 だけど、この状況でそんな表情を浮かべる人は、今まで零の周囲にいなかった。

 ただ、そうか、と言っただけでどうしてそんなたくさんの感情を抱いた表情をする?

「いえ。似合わないって言わないんだなと思って」

 灯は小さく笑ってそう言った。

「何故?」

「聞いた人は皆意外そうな顔をするので」

 あぁ、もしかして…

「目指してるものがあるなら、似合う似合わないは関係ないと思うが…」

 彼は、ただ黙って歩いていた。そっとその表情を窺う。

 道端に名も知らぬ夏の花が咲いていた。

 もしかしたら…


 彼にも待っている言葉があったのかもしれない。


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