再会
「零さん、ですよね」
彼はパタリと文庫本を閉じ、人懐こい笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
誰だろう…。
白い薄手のカッターシャツに藍色のジーンズという至ってシンプルな出で立ち。片手に持った文庫本の表紙をさりげなく見ると、有名な作家さんの小説。確か内容は…ミリタリーものだったはずだ。顔立ちはすっきりしていながらも、よく見るとどこか幼い。同い年くらい、という認識から二歳ほど下、という認識に変更する。
この人はたぶん…無邪気タイプだろう。ある程度冷たくあしらっても問題なし。年下だということを鑑みると、冷たいと優しいとの割合は約七対三。とすると…
「そうだけど…誰?」
青年は何に驚いたのか、くっきりとした二重の目をわずかに大きくさせた。その表情をしたのは短い時間だったにも関わらず、やけに零の中に残った。その理由に気づく間も与えず、彼はもう一度にこりと笑って自分の名前を口にする。
「冬原灯。一応『お久しぶり』ですよ?前に会ったのは八年くらい前になりますが」
八年前…冬原灯…
八年前といえば、小学校三年生か。
「あ」
一人思い当たって、零は小さく声を上げた。
蒸し暑い電車の中で呟いた遊び歌が、脳裏に再び蘇る。
「覚えてませんか?小学生の頃、夏に一緒に遊びましたよね?」
覚えてる…というか、思い出した…。
毎年夏休みにこの田舎へ来てた子だ。祖母である葎に頼まれて、初めて一緒に遊んだのが保育園年中の夏。それから五年間、毎年夏になる度にこの子と遊んでいた。いつからかそれが自然になって、いつも夏休みに入る前はソワソワしながら冬原家を出入りしていたものだ。どうして忘れていたんだろう。
お隣り冬原家の孫息子、冬原灯。
ということは…、
「同い年か」
「はい」
丁寧に返事をする灯に零は小首を傾げる。
「…じゃあ、なんで敬語なんだ」
「あぁ、すみません。癖なんです。気にしないで下さい」
にこりと笑いながら言う灯を見て、零は小さく溜息をついて年齢の認識を変更し直した。
つかみにくい奴…。
灯に対する新たな印象。
「で、何か用?」
「真山のおばあちゃんに零さんを迎えに行ってくれと頼まれたんです。道を忘れてるだろうから、と」
「地図があるから大丈夫」
灯の前で手に持っていた地図をヒラヒラ振る。しばらく彼はその地図をじっと見ていたが、やがて、
「やけに見づらいですね、その地図。誰が書かれたんですか?」
とサラリと言った。
もう苦笑するしかない。見えにくいようにヒラヒラ振ったにも関わらず、見抜かれている。
「オレも家に帰らなきゃいけませんし…。行きましょうか」
荷物をいくつか持ちましょう、と差し出された手に戸惑うと、伺うように笑みを向けられる。その笑みにさらに戸惑いながら、零は恐る恐る茜の荷物を手渡した。
軽々と二つの荷物を持つ彼が目の前を歩いている。
零はあの日々を見つけようとするかのように、夏の道の上でわずかに目を細めた。