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26:気づかないふりはもうできないと気づきました



 はぁ~いみなさんこんにちは、絶賛現実逃避中のサクラで~す……。

 隊長さんを押し倒しときながら、その場から逃げ出して早四日。その間隊長さんとは一度も顔を合わせていません。

 いや、その、ごめんなさい。すみません。

 顔を合わせてないんじゃないです、顔を合わせないようにしてるんです。避けてるんです、私が。

 それに関しては大変申し訳なく……いや本当に……。

 でもほら、人間誰しも逃げたくなるときってあると思うんですよ! 二度寝の多幸感と同じ!!

 ……すみません、反省してます。このとおり……。


 今はお昼休み中。私はエルミアさんとハニーナちゃんと同室の部屋に一人きり、自分のベッドでごろごろしています。

 この砦は狭くはないけど、すごく広いっていうわけでもない。

 隊長さんと顔を合わせないように、と思うと、あまり動き回らないほうがいいのです。

 必然的に、こうしてやることもなく部屋でだらだらしていることが増えるわけで。

 エルミアさんには呆れられ、ハニーナちゃんには心配され。

 でも、他にどうすればいいのか、今の私にはわからない。


《サークーラー》


 あー、なんとなくそろそろ来るんじゃないかって思ってました。

 声のしたほうに顔を向けると、オフィがふよふよと窓から部屋に入ってきていた。

 オパールみたいな不思議な色の身体も瞳も、変わった様子はなく。

 たまに話し相手になってくれるけど、姿を現すのはいつも気まぐれだ。


《フルーが不機嫌そうだよ》

「だろうね。理由はわかってる」


 どうせ、ここ数日隊長さんと会っていないからだ。

 その前はセックスレスだったわけで、不機嫌になっていても当然というもの。

 私と感覚がつながっているなら、ここ最近はひどくつまらないものだろう。


《もう前みたいなことはないだろうけど、一応気をつけてね》


 キリッとした表情で、オフィは注意してくる。

 一応、私のことを心配して言ってくれているんだろう。

 でも、さ。

 これは私の問題で、精霊は関係ないんだよ。

 勝手に身体に居着いたフルーのご機嫌取りのために動かなきゃいけない理由なんてある?


「……精霊って」

《ん?》


 オフィは目をぱちくりとさせる。

 その様子はとても愛らしくて、子どもみたいで。


「……ううん、なんでもない」


 私は微笑んでゆるく首を横に振った。

 精霊って、勝手だよね。

 そう言おうとしてしまった。

 言っても仕方がないことだと、言っても意味のないことだと、わかってる。

 精霊は、人間とは違う。

 人間同士でも価値観の違いなんていくらでもあるのに。

 精霊と人間の間に、分かり合えない溝があるのなんて、きっと当然のこと。


 だって、もし。

 もし、精霊が人間の気持ちをちゃんと理解できるのだとしたら。

 違う世界から、人を連れてくるなんて。

 そんなこと、絶対にするわけがないから。


《……サクラ、ションボリしてる?》


 オフィはきょとんとした顔をして、首をかしげた。

 しょんぼり、か。

 その言葉選びが、どうにも憎めない。


「そう見える?」

《うーん、たぶん》

「じゃあ、そうなのかもしれない」


 私のあいまいな言いように、オフィは困ったような表情になる。


《シアワセじゃないの?》


 本当に精霊は、子どものようにドストレートだ。

 ある程度空気が読めたらできないような問いを平然と口にする。

 精霊は人間よりも長い年月を生きるって何かで読んだけど、ぜんぜんそんな感じがしない。


「しあわせって、なんだろうね」


 私が尋ね返すと、オフィは大きな瞳をくりっとさせた。


《うれしいことがたくさんあって、楽しいことがたくさんあったら、シアワセでしょ?》

「そうだね。でも、それだけじゃないんだろうね」


 人間は、私は。

 それだけじゃ、しあわせにはなれないんだよ。

 この世界にやってきてから。

 毎日、うれしいことも楽しいこともたくさんあった。

 隊長さんと一緒にいられる日々は充実していてしあわせだった。

 しあわせだ、って思おうとしていた。

 でも、やっぱり。

 完全にはしあわせになれなかった。

 心の隅の隅のほうに押しのけた不幸せが、いつのまにか膿みたいになっていた。


《ボクは、ボクたち精霊は、サクラのシアワセを願ってるよ》


 裏表のない、きっと思ったままの発言。

 やっぱり精霊は勝手だ。

 そう感じてしまう自分がすごく惨めだった。

 素直な言葉を、そのまま受け取れないのは、どうしてだろう。


「……ありがとね」


 なんとかお礼を告げると、満足したようにオフィは姿を消した。

 どこに行ったのかは知らないけど、別に興味もないからいい。

 人間の考えることは、精霊にはわからない。

 その逆もしかりだ。

 今、傍にいてもつらいだけだと思った。


 はふぅ、とため息をつく。

 枕を抱えて、ごろんとベッドに転がった。

 また、一人だ。

 エルミアさんにもハニーナちゃんにも付き合いはある。

 今まで隊長さんに会いに行っていた時間が丸々なくなると、当然ながら一人になる時間が増えた。


 一人の時間が増えると、どうしたって考えずにはいられなかった。

 隊長さんのこと。異世界人としての立場。……元の世界のこと。

 今まで、考えないようにしていたこと、逃げていたこと。

 私を大切にしてくれて甘やかしてくれる隊長さん。私も大好き。でも、同じだけの好きを返せないのが、つらい。

 精霊の客人って、つまりは異端な存在だ。すぐに都に行かなかったのは、ぬるま湯に浸かっていたかったから。特別扱いなんてされたくなかったから。奇異なものを見る目に晒されるのが怖かったから。

 もう二度と会えない家族。今どうしているんだろう。私のことを捜しているかな。泣いていないかな。無理だとわかっていても……会いたいな。

 かえりたい、という当然の願い。


 精霊を恨むのは簡単だ。

 どうして連れてきたのか、どうして私だったのか、どうして。

 『この世界がしあわせで満ちるように』異世界人を招くのなら、どうして今の私はしあわせじゃないのか。

 恨んでしまえたなら。全部を精霊のせいにして、お前が悪いんだと言ってしまえたなら。

 でも、誰かを恨んで生きていけるほど、私は強くない。


 笑っていればなんとかなるような気がしていた。

 痛みなんて苦しみなんてないふりをするほうが楽だった。

 軽いノリで毎日を過ごしていたかった。

 目の前の楽しいことだけを見ていたかった。

 マイナスな感情と真っ正面から向き合うのはこわい。それがどうにもできないものだとわかっていたから。

 元の世界に帰りたい。でも帰れない。家族に、友人に会いたい。でも会えない。

 叶わない願いを抱き続けるのは苦痛だった。


「……隊長さんのバカ」


 思わず憎まれ口を叩いてしまう。

 ずっと、考えないようにしていたのに。

 私が逃げていたものを目の前に突きつけてきたのは、隊長さんだ。

 ちゃんと考えろ。逃げるな。そう言いたいんだろう。

 でも、隊長さん。

 つらいよ。苦しいよ。

 泣きたくなるくらい、さびしいよ。

 胸にぽっかりあいたこの穴は、隊長さん一人だけじゃ、埋められないんだ。


 それにね、私は他のことにも気づいてしまった。

 自分でも嫌になるくらい、最低なことに。

 私は隊長さんが好きで、その気持ちは嘘でもなんでもなくて。

 でも、まったく打算が働かなかったかって言ったら、そうじゃなかったんだろうって。


 私は、この世界にいる理由が欲しかったんだ。

 理由がないと、理由を見つけないと、あまりにもむなしかったから。

 たった一人で、バスタオル一枚で、誰も知り合いのいない、どこにも知っている景色のない世界に来てしまって。

 一人で立っていることなんて、できなかったから。

 だから、隊長さんを好きになった。

 好きな人と一緒にいられる“今”はとてもしあわせなのだと、思いたかった。


 その相手に隊長さんを選んだのは、隊長さんからの好意を、無意識に感じていたからかもしれない。

 愛されることで、求められることで、自分の居場所はここだって、安心していたかった。

 この世界で、一人ぼっちにならないために。

 彼の傍にいられるように。彼に傍にいてもらえるように。

 それはきっと、隊長さんがどんな人だか、知ってしまったから。

 隊長さんは、一度懐に入れた人間を絶対に見捨てない。

 真面目で、誠実で、責任感の強い人。

 私にとって、すごく都合のいい人だったんだ。


 大好き、って言うことで、私は隊長さんが好きだから、一緒にいられてしあわせ、って自分に暗示をかけていた。

 隊長さんの言葉が欲しかったのは、求められている確証が欲しかったから。

 愛してる、って言われたとき。

 隊長さんの心をもらって、私はたじろいだ。

 気づかないふりをしていた、私の気持ちと隊長さんの気持ちのずれを、思い知らされたから。

 隊長さんに抱かれると安心した。与えられる熱に思考も溶けて、心も身体も隊長さんでいっぱいになると、その瞬間だけは二人の間の温度差なんてどこにもなくて。

 ただの現実逃避だったんだって、今ならわかる。


 隊長さんと距離を置かなかったら、きっとここまで見えてこなかった。

 好きって言って、愛を返されて、それで満足していた。満足したつもりでいた。

 本当は、ちょっとずつちょっとずつ、しこりがたまっていっていたのに。

 目を背けている間に、それはずいぶんと大きく育ってしまっていた。

 もう、気づかなかったころには戻れない。


「苦しいよ……隊長さん」


 こんなときでも、無意識に頼りたくなるのは彼だった。

 あのがっしりとした腕に抱き寄せられて、大きな身体に包み込まれたら、きっとそれだけで安心できるのに。

 でももう、それだけじゃ、この苦しみすべてがなくなるわけじゃないことにも、気づいてしまって。

 どうしようもない思いを、どう処理すればいいのか、わからない。

 自分のいる場所が出口のない迷路だと知ってしまった私は、動く気力を失ってしまった。

 それでもまだ、隊長さんと二人なら、少しは気持ちが楽だったのかもしれないけど。

 今さらどんな顔をして会いに行けばいいって言うんだろう。



 私は、こわいんだ。

 こんな私の身勝手さを知った隊長さんに、見捨てられたらどうしよう、って。







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