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16:おててつないでランランランしました



 隊長さんは、この町に駐屯している第五師団の人たちとしばらく話し合っていた。

 たぶん、何時まで自由時間にするか、みたいな話だろう。

 他の人たちはもうそれぞれ行きたいところに行っちゃっているけど、隊長さんクラスともなると遊んでばかりはいられないだろうし。

 使用人よりも自由時間が少ないって言っていたもんね。

 これは予想でしかないんだけど、隊長さんが町に来るときは、いつもほとんど自由時間を取ってなかったんじゃないかな。

 隊長さん、仕事人間だからなぁ。すごくありえそうな話だ。


 隊長さんと話している、にこにこと気のよさそうな……というか気の弱そうな人は、この町――ペリトにいる第五師団の隊員を取りまとめている、第五師団副隊長なんだそうだ。

 砦では小隊長さんがいたから、彼が副官みたいな感じになっていたけど、序列的には隊長さんの次に偉いのが、副隊長。

 その次に隊長さんの直属部隊の小隊長……つまりはマラカイル小隊長さん、その次は副隊長の直属部隊の小隊長。で、そのあとが残りの小隊長で、あとの隊員さんたちはみんな同列、ということらしい。

 こういうことは砦にいるときにちょこちょこお話を聞いて勉強していたから、なんとか覚えられていた。

 それにしても……副隊長さん、ヘタレ属性の香りがします……。


 とかなんとか考えてる間に、無事に話がついたようで、隊長さんがこっちにやってきた。

 それだけで、五分以上待たされてたこととかどうでもよくなっちゃう。

 やばいなぁ、今の私、絶対に顔が崩れてる。

 でも、隊長さんもいつもよりも表情がやわらかいから、まあいいか。


「まずは食事にしよう」

「さんせーい! 私、お腹すきました!」

「だろうな。もう昼飯時を過ぎている」


 隊長さんは腰から下げていた時計を手に取ってそう言った。

 時計は、私の知っている懐中時計に近いけれど、それよりもちょっと小型のもの。

 装飾が細かくてきれいで、でもゴテゴテはしていなくて、隊長さんは趣味がいいんだなぁなんて思う。


「そういえばさっき、鐘の音が聞こえましたっけ。あれ、お昼の合図だったんですね」


 あれは、今回買うお皿の枚数を数えているときだったかな。

 けっこう大きな音だったから、集中していても耳に入ってきた。


「この町では朝の六時から夜の十二時までの間、三時間ごとに鐘が鳴る。次の鐘が鳴る前に俺は仕事に戻らないといけない」

「そうなんですか。じゃあお昼ご飯食べる時間も合わせたら、あんまりゆっくりできないんですね」

「……すまない」


 なんの気なしの言葉に謝罪が返ってきて、私はあわてた。

 別に、隊長さんを責めたいわけじゃなかったんですよ!


「え、気にしないでください! 大切なのは時間じゃないです、密度です! 濃度です! せっかくのデートなんですから、こってりねっとり行きましょう!」


 自分でも何を言っているのかわからなくなってくるけど、要するにニュアンスさえ伝われば言葉なんてどうでもいいんだ。

 こってりって、まるでとんこつラーメンみたいだなんて思ったりもしつつ。

 ねっとりって、それはもう隊長さんとの夜の……うん、これ以上はやめておこうか。


「……まあ、そうだな」


 隊長さん、最近私のおかしな発言にあんまり突っ込まなくなったよね。

 夜に突っ込んでるから昼に突っ込む必要がないのか……というのは軽い冗談で。

 それだけ、私のテンポに慣れてきてくれてるのかなぁ、なんて。

 私の性格とか発言って、友だちでもたまに反応に困ってたし、敵も作りやすかったから、なんだかうれしいな。


「ついてこい」

「はい!」


 そう言って歩き出した隊長さんのあとを、忠犬よろしく追いかける。

 隊長さんがいつもどおりの速度で歩いたら、私は小走りしなきゃついていけなくなるだろうけど、気遣い屋さんな隊長さんは私のペースに合わせてくれている。

 そんなさりげない優しさに、胸がキューンとするのを止められない。

 最近、私は隊長さんが何をしてもときめきまくりな気がする。

 恋は無限大! 愛は無制限!

 今でも充分すぎるくらいなのに、もっともっと隊長さんのことを好きになっていく。


「あの、隊長さん」

「なんだ」


 声をかけると、隊長さんはちゃんと振り返ってくれた。

 青みがかった灰色の瞳は、私に向けられているときはとても優しい色をしていて。

 甘えたくなっちゃう。求めたくなっちゃう。

 いつも以上にわがままな私が、ふっと顔を出す。


「手、つなぎませんか?」


 おずおずと、私は手を差し出しながら提案してみた。

 隊長さんが恥ずかしがり屋なのは知っているし、人前でいちゃいちゃするのはあんまり好きじゃないだろうってこともわかってる。

 でも、現代日本でそれなりにお付き合いの経験のあった私としては、デートと言えば恋人つなぎか腕組みで。

 初めてのデートを満喫するためにも、第一関門である手つなぎくらいはクリアしておきたかった。


 あう……でも、やっぱりくじけそうだ……。

 だって、私が提案した瞬間、隊長さんの眉間にふかーいしわが……。

 嫌ですか。嫌ですよね。だって隊長さんですもんね! わかってましたよもちろんええ!


「ダメならいいんですよ! 本当に! ちら~っと、ここは恋人らしくおててつないでランランランとかしたいななんて思っちゃっただけで! だからって嫌々してもらうようなことじゃありませんし!」


 差し出していた手を引っ込めて、隊長さんが気にしないようにと言葉を重ねる。

 無理やりに手をつなぐことだって、もちろんできるけど。

 やっぱり、デートってお互いの気持ちがあって初めて成り立つものだと思うから。

 そのせいで隊長さんが楽しめないなら、手はつなげなくたってかまわない……と自分を納得させる。


「隊長さんが嫌なら……って、え……」


 続けようと思った言葉は、すぽっと全部頭から抜けていった。

 胸の前でぶんぶんと振っていた両手の片っぽを、隊長さんに握られたからだ。

 目をぱちくりさせつつ隊長さんを見上げると、彼はしかめつらしい顔をしていた。

 私からは視線をそらしたまま、わずかに赤らんだ頬で。


「……行くぞ」

「へ? あ、はい」


 そのまま手を引かれて、私はついていくしかなくなった。

 自分の手の先をたどれば、それはしっかりと隊長さんの手とつながっていて。

 大きくてがっしりとした手に包まれて、ぬくもりが直に伝わってきて。

 指を絡める恋人つなぎじゃないし、子どもみたいなつなぎ方だけど。

 今まで誰と手をつないだときよりもドキドキするなぁ、なんて私は思った。




 それから、町のことをなんにも知らない私を、隊長さんは活気のある食堂に連れて行ってくれた。

 店内はこざっぱりとしていたけれど、チェック柄のテーブルマットや飾られているお花など、ところどころにかわいらしさが見られる。

 お客さんは家族連れを中心に、女の子同士やカップルなんかもいた。

 男性のお客さんも少なくないものの、隊長さんが一人で来るのはちょっと想像がつきにくいお店、といった感じ。

 それもそのはずで、隊長さんもこのお店に入るのは今回が初めてだったのだと、食事が運ばれてくるまでの間に教えてくれた。


 いつも行くのは質より量の、男ばかりのお店だから、私には合わないだろうと思ったらしい。

 肉より野菜が多めで、味つけはあっさりめで、デザートがおいしくて、できれば米料理のあるお店。という条件で、さっき副隊長さんたちに紹介してもらったんだとか。なるほど、どうりでお話が五分じゃすまなかったわけです。

 朝とか夜とか、一緒にご飯を食べることも多かったからか、私の好みはしっかり把握されていたみたいだ。

 ちゃんと見ていてくれてるんだなぁって、うれしくてうれしくて、ご飯を食べながらも私はずっとにやにやしていた。


 もちろん、そこのご飯がとてもおいしかったというのもありますよ!

 野菜たっぷりのチーズリゾットとサラダに、お芋のポタージュ。食後にはチョコレートケーキとハーブティー。

 どれも文句なしのお味で、特にケーキなんて、ほっぺたが落ちちゃいそうなくらいでした。

 何種類かのドライフルーツとナッツの入った生地。ふんわりとした甘さひかえめのクリーム。上にかかったラズベリーソース。はぁ……本当においしくて、いくつでも食べられちゃいそうですよ!

 砦で出される料理ももちろんおいしいんだけど、やっぱり基本が男性が好む味つけなので、好みで言うならこのお店に軍配が上がる。

 そういうところもわかってて、隊長さんはお店を紹介してもらったのかもしれないな。


 私がおいしそうに食べているのを、隊長さんは自分の分を食べながらも心なしかやわらかな表情で見てきた。

 「おいしいですね」って言うと、「そうだな」って返ってくる。

 一緒にご飯を食べるのは、砦にいるときと変わらないはずなのに。

 場所が違うだけで、心持ちまでなんとなく違ってくるのは、どうしてなんだろう。

 これが、いつもの日常とは違う、デートだからなのかな。



 おいしいご飯で、お腹がいっぱいになって……。

 心まで、いっぱいいっぱいになってしまう、デートの始まりなのでした。







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