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05:言わなければいけないこと

隊長さん視点です。



 ミルトと落ち着いて話をする時間を得たのは、数日後のことだ。

 どれだけ腹が立っていようと、それを仕事に持ち込むことはしなかった。

 怒りも多少は落ち着いた数日後、ちょうどミルトが執務室に来ているときに仕事が一区切りついた。

 俺が何か言いたいことがあることに、ミルトは気づいていたんだろう。さっさと部屋から出ていったりはしなかった。


 けれど、どう話を切り出せばいいのか。

 ミルトがサクラに懸想してあんなことをしたわけではないのは、もちろんわかっていた。

 そんな単純な話なら、手を出すなと言うだけで終わるのだけれど。

 ミルトには他に目をつけている女性がいて、サクラに興味本位や冗談半分で近づいたというわけでもない。

 俺から言えることが、何かあるのだろうか。


「安心してください。もう二度とあんなことはしませんよ」


 言葉に悩んでいる俺に、ミルトはそう言ってきた。

 いつものように、何を考えているのか読めない笑みを浮かべている。

 けれど、嘘ではないことは長い付き合いの俺にはわかる。


「……当たり前だ」


 俺は眉をひそめて、威嚇するように低い声で返す。

 もう数日前のことだというのに、思い出すといまだに腸が煮えくり返りそうになる。

 いくら、理由があってのことだとしても。いくら、ミルトにサクラへの想いが欠片もないとしても。

 あの出来事が不愉快だったことに変わりはない。

 サクラを傷つけてしまったことまで、ミルトのせいにするつもりはないが。

 そのときの後悔が怒りを割り増しさせているのは間違いない。


「隊長の本気はわかりましたからね」


 ニッコリとミルトは笑う。

 まだ腫れの引いていない頬を見ながら、それはそうだろうと内心で思う。

 弱い魔物なら素手で屠ることのできる俺が、手加減せずに殴ったのだから。


「上司を試すな」

「上司だからこそ、試す必要があったんですよ。隊長もわかってますよね」


 そう言われてしまえば、何も言い返すことができない。

 ミルトの言うとおり、わかってはいるのだ。

 なぜ、ミルトがあんなことをしでかしたのか。

 俺にとってサクラがどういった存在なのか、ミルトは知る必要があった。

 第五師団のために。俺が、きちんと隊長としての役割を果たすことができるように。

 もし俺に何かあったとき、この砦の隊員をまとめるのはミルトになる。

 ミルトはそんな面倒なことは避けたいのだろう。


「いやぁ、隊長があんなに嫉妬深かったなんて初めて知りましたよ」

「……あいつが規格外だからだ」


 サクラは普通の女性とは違いすぎる。

 突拍子もないことを言い、行動にも移す。予測不可能な、いつ爆発するかわからない不発弾のような彼女。

 素直すぎるほどに飾らない本心をさらすくせに、その思考回路は読み取らせない。

 ぐいぐいと自分から近づいてきたかと思えば、たまに遠慮を見せたりする。

 何を考えているのか、わからないから不安にもなる。

 どうにかして自分につなぎ止めておきたいと、躍起になる。

 それは、サクラが異世界から来た客人であることも、関係しているのだろう。


「そんな規格外なところが好きなんでしょ? 隊長、変わった趣味してるよね」

「……ミルト」


 ギロリ、と睨みつける。

 俺がどんな趣味をしていようが、ミルトに何か言われる筋合いはないはずだ。

 変わった趣味、という指摘を否定できない時点で、おかしいのかもしれないが。


「睨まないでくださいよ、怖いなぁ」


 笑みを浮かべたまま肩をすくめるミルトは、どう見ても怖がってなどいなかった。

 ミルトの『怖い』はまったくもって信用ならない。

 冗談の延長でしかないと、とっくの昔からわかっていた。


「いいのか? 俺の女に手を出そうとして殴られたことになっているが」


 ミルトのペースに乗せられてはいられないと、俺は話を変えた。

 彼の手当てされた頬はとてもよく目立つ。それだけでなく、額や腕などにも傷や痣がある。

 そして、まったくの偶然なのか、それすらもミルトの狙いどおりなのかは知れないが、目撃者もいた。

 当然、人の口に戸は立てられない。

 三日後には知らない者がいないほどに噂は広まっていた。


「別にかまいませんよ。本当のことですしね、それ」


 サクラにキスをして、俺に殴られた。

 たしかに、実際にあったことを表面だけ見れば、間違ってはいない。

 だが、ミルトにはミルトの事情があった。本当のことと言うのは少し違うように思える。


「納得してない様子の隊長のために説明しますと、その噂もわざとですよ」


 険しい表情を崩さない俺に、しれっとミルトは言い放つ。


「こんなに目立つんだから、いい見せしめになるでしょ。ビリーみたく隊長に反感を持つ隊員もいないわけじゃない。だからこうして知らしめる必要があるんです。あの子に手を出したら痛い目見るぞってことを」


 自らの腫れた頬を指さしながら、ミルトは丁寧に説明してくれた。

 なるほど、噂を広めたのもミルト自身ということか。

 隠密部隊の力も借りたのだろう。ミルトと仲のいいレットが都から戻ってきたのは、そういえばあの出来事があった日の深夜だった。

 合点はいったが、それでも納得はできない。


「俺はそんな役までお前に頼んではいない」

「効率的に仕事をするためならなんでもしますよ。少しでも怠けたいもので」


 いかにもミルトらしい発言に、俺はため息を我慢できなかった。

 ミルトの効率主義にはついていけないものがある。

 効率主義ゆえの有能さに助けられている面も大きいのだから、文句を言うことはできないが。


「隊長、一つお教えしましょう。ため息ついて逃げるのは幸せじゃなくて女ですよ」


 人差し指を立てて、ミルトは冗談めかして言う。

 ため息をつかせたのはお前だろう、と顔をしかめつつも、言っても仕方がないので口を閉ざす。

 もう一度出そうになったため息も、一応は飲み込んでおいた。

 別に、女が逃げる、という言葉に思うところがあったわけではない。


「本気なら逃げられないようにしてください。隊長なら振られたくらいで仕事できなくなるようなことはないでしょうが、殺伐とした空気の中で仕事をするのは嫌なんで、オレ」


 そんなものは俺だって嫌だ。

 けれど、もしこの先、サクラとうまくいかなくなることがあれば、そうなる可能性は高い。

 仕事に私情を持ち込むつもりはないが、発する空気にまで配慮できるとは思えない。


「逃がすつもりはない」

「なら、愛の言葉くらい出し惜しみしてちゃダメですよ。女ってのは態度だけじゃなくて言葉を欲しがるものなんですから」


 知ったような口を利くが、色男のミルトが言うと不思議と説得力がある。

 少なくとも、俺と比べればミルトのほうが、女性に関してよく知っているだろうと思われる。

 ここは素直に聞いておくべきなのだろうか。


「ま、隊長のことだから、単に恥ずかしいとか、うまくセーブができないとかそんな理由なんだろうけど」


 見事に言い当てられてしまい、俺は言葉をなくす。

 こいつに気づかれていて、本人に伝わらないのはなぜなんだろうか。

 サクラだって、俺の気持ちは知っているはずだ。

 それでもわかりやすく言葉にしてほしいのだろうけれど。

 十も年下の女に惚れ込んでしまった男の複雑な心の機敏までは、汲み取ってもらえないらしい。


 言葉にしてしまえば、想いはあとからあとからあふれ出てきてしまう。

 制御できない感情は恐ろしいものだ。

 第五師団隊長として、時に心を殺すことすらためらわなかった俺には、感情のままにふるまうことはできそうになかった。

 そんな冷たさが、これまで女を寄せつけなかったのかもしれない。

 サクラに対しての激情と同じほどの想いを抱いたのは、もうどれほど昔のことだったか。

 自分のことだというのに、勝手がわからなくてどうしたらいいのかわからない。


 理性を失えば、今すぐにでも選択を迫ってしまいそうな自分がいる。

 逃げ場のないサクラを追いつめて、望む言葉を引き出したくなる。

 彼女はまだそこまでの覚悟はできていないだろうに。

 風のように自由で何ものにもとらわれない彼女を、たまに無性に縛りつけたくなる。

 不安を手っ取り早く消してしまう方法は、約束を取りつけてしまうことだ。

 未来の……一生分の、約束を。


「言わなきゃいけないことを言わないと、悪いほうにしか行きませんよ」


 ミルトの言葉は、今の俺には耳に痛かった。

 言わなければいけないことが、愛の言葉の他にもあったからだ。

 時期を見よう、と先延ばしにしていたけれど、そろそろ限界だろう。

 サクラのことを、俺が勝手に決めていいわけがない。



 彼女の未来が欲しいのなら、その前に乗り越えるべき問題がある。







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