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19:乙女の夢を実行しそこねました



 異世界トリップして八日目、異世界生活も一週間が過ぎました。

 つまり私が隊長さんの部屋に軟禁状態になってからも、同じだけの時間が経っているということ。

 ……まあ致し方なく、ではあるのはわかっているんだけどね。

 私もこのことに関しては反対意見なんてないというか、納得しているんだけどね。

 それでもこれだけ行動範囲が限定されていると、少しくらいはくさくさしちゃうものだよね。


 太らないようにと毎日運動するようにして、あとは本を読んだりぼーっとしたり。

 そんな退屈な……刺激的なこともあったけど退屈な毎日。

 やることもないので、隊長さんや小隊長さんが持ってきてくれる本を片っ端から読んでいたりする。

 二日目に隊長さんに渡された全五巻の勇者物語も読み終わりましたよ。

 ビックリな内容でした。何しろ冒険要素がまったくなかった。

 革命は起こすけど、革命は革命でも農業革命。

 土と草の清々しい香りがしそうな、これ勇者じゃないだろってツッコミどころ満載なお話だった。

 どうしてそれで“勇者”なのかというと、召喚されたなら勇者だろう、という主人公自身の思い込みという出落ち。

 読んでておもしろかったけどね。笑いすぎて腹がよじれました。


 他に隊長さんが選んだ本は、基本的に少年向けな物語。異世界人が出てくることが多い。

 最初に物語がいいと言ったのを律儀に守ってくれているらしい。その上で異世界人に参考になりそうなものを選んでいるんだろう。

 小隊長さんはさすがというか、女の子が喜びそうなシュガーコーティングされた恋愛小説ばっかり。

 王道の王子と姫やら、騎士と姫やら、領主と町娘やら。

 萌えって、世界が違っても共通認識なんだね、と実感しました。


 とりあえず思ったのは、参考にと持ってきてくれるのは助かるけど、隊長さんの選んだ本を参考にはできないなということ。

 農業だろうと産業だろうと、医療だろうと魔法だろうと、私は革命を起こせるような何かしらを持っていない。

 そんなものを平凡な大学生に求められても困るっていう話だ。

 別に隊長さんもそういったことを期待して小説を選んでいるわけじゃないんだろうけどね。

 あとは小隊長さん、あなたは私に乙女心を学べとでも言いたいんですか?

 目があっただけで真っ赤になったり、好きな人のことを思いすぎて夜も眠れなくなったり、目をつぶるのが早すぎて鼻にキスをしてしまったり。

 現実じゃ無理だよ。少なくとも私には無理だ。

 読んでる分には楽しいんだけどね。恋愛もの大好きだしね。


 というわけで、すっかり読書が習慣になってしまっているんだけども。

 そんな生活も明日で終わり!

 明日の夕方に、避難していた使用人のみなさんが帰ってくる。

 そうしたら私は雇用契約を結ばせてもらって、晴れて自由の身となるのです!

 いやっほーい! 長かった一週間とちょっと!

 明日でおしまいとなると、このダラダラ生活も急に名残惜しくなってくる。

 まあでも、まだ丸一日はのんびりしていられるんだけどね。


 読み終わった本を閉じて、お昼代わりの非常食のビスケットをいただく。

 一日二食はちょっとばかしつらい。元の世界では実家住みで、一日三食きっちり食べさせてもらっていたからね。

 そんなふうに思っていたことがバレたんだろうか。

 その日のお昼休みに部屋に戻ってきた隊長さんは、その手にとあるものを持っていた。


「やる」


 短い言葉と共に、持っていたものを私に手渡す。

 それは小さなカップケーキ。

 袋に入っていてもバターの香りがして、私の食欲を刺激する。


「え? これ、どうしたんですか?」

「もらった。試作だそうだ」

「たっ、食べていいんですか!?」


 私は隊長さんに迫った。

 勢いに押されながらも、隊長さんはうなずく。


「そのためにもらってきた」

「わーい!」


 思わず私はピョンピョンとその場で跳ねた。子どもっぽいとか気にしない。

 だってだって、甘い焼き菓子だよ!?

 デザートに果物とか、ヨーグルトやゼリーだとかは出てきたことあったけど、こういうお菓子はなかった。

 非常食はお腹にためるの重視って感じで、味はいまいちだったし。

 見るからにおいしそうなお菓子をもらったら、テンションマックスにもなるってもんだ。


「一つだけ残しておけ。感想を求められたからな」


 えーと、一つ二つ……五つ入ってる!

 ということは私が四つ食べていいんだよね。


「隊長さんも甘いもの食べるんですね」


 厳つい男性は甘いものが苦手というのがお約束。

 逆に超がつくほど甘党というのもある種テンプレだけどね。

 ……どうしよう、隊長さんが甘党だったら。それはそれでかわいいかもしれない。


「好きではないが、苦手というほどでもない。なんでも食べられなければ軍人はやってられない」

「嫌いなものがないのは健康的でいいですね」


 なるほど、いかにも隊長さんらしい理由だ。

 きっと、子どものときに嫌いなものがあったとしても、時間をかけて克服してきたんだろうな。

 最初からなんでも食べられる人間なんてほとんどいないよね。


「私はダメなんですよねぇ。どうしても辛いものが食べられなくて。子ども舌だってよくからかわれました」


 特に唐辛子。テメーは敵だ。

 わさびもほんの少ししかダメで、お寿司はいつもサビ抜きを頼んでいたなぁ。

 かろうじて大丈夫なのが生姜とコショー。それも多すぎると辛いなって思ってた。

 たまに大根の下のほうの辛さすらきついときがあって、自分の舌のわがままっぷりに泣きが入ったっけ。


「普通はそんなものだろう」


 隊長さんはそう言ってくれるけどね。

 限度があるよ、と私は思う。

 うう、思い出していたら口の中が辛くなってきた……。

 こういうときは、甘いもののことを考えよう!


「辛いのが苦手な分、甘いものは大好物なんです! だからこれ、すごくうれしいです!」

「喜んでもらえたならよかった」


 隊長さんは口端をかすかに上げ、笑みを形作る。

 静かな口調だけど、少し声が優しい。

 ほんとに隊長さんは優しいなぁ。しかも私を喜ばせるのが上手だ。


「隊長さんは好きな食べものってなんですか?」


 私の質問に、隊長さんは考えるようにあごに手をやり、視線を横に向ける。

 まさか、嫌いな食べ物がないように、好きな食べ物もないとか言わないよね。


「魚、だな」


 ちゃんとした答えに一安心して、それから納得する。


「あ、なんかわかります。隊長さんっぽい」

「どういう意味だ」

「ベジタリアンってイメージではないし。ガッツリ肉っていうのも合わなくはないですが、それよりは魚かなぁと」


 外見だけなら肉食っぽいんだけどね。

 内面を知っているから、ガツガツ肉をかっ食らうイメージはない。

 それに隊長さんって意外と食べ方がきれいだったりするんだよ。

 礼儀作法がしっかりしていて、そのくせ鼻につくような上品さではなくて、見ていて気持ちがいい。

 魚料理、特に焼き魚なんか、食べ方は重要だよね。私なんかは骨を取るのが苦手だ。

 だから隊長さんに魚料理っていうのはすごく似合っていると思う。


「自分ではよくわからないが」

「私も単なるイメージなので、説明しろと言われてもできません」


 あはは、と私は笑ってごまかした。

 似合う気がする、というだけでその理由を聞かれると困る。

 感覚的なものってあるよね。


「だが、お前は甘いものが好きだろうなと思った。それと同じことなんだろう」


 隊長さんは私が持っているカップケーキに目を落として、ふっと表情を和らげる。

 私が好きだろうって思ったから、もらってきたってこと?

 ついでとか、たまたまとかじゃなくて。

 やばいです隊長さん。優しすぎです隊長さん!


「そうですね、大当たりです!」


 うれしくてうれしくて、顔がにやけてしまう。

 予想があたったのは、隊長さんが私のことを理解してくれているからってこともあるよね。

 わざわざ私のことを思い出して、私のためにってもらってきてくれたこともうれしい。

 隊長さんの優しさは底を知らないね!


「食べないのか?」

「今ですか? う~ん……じゃあいただきます!」


 少し迷って、でも結局食べることにした。

 せっかく隊長さんがもらってきてくれたんだし、できたて状態のものを食べたいよね。

 そう、このカップケーキ、まだあったかいんだよ。たぶん作って一時間も経ってないくらい。

 マスキングテープみたいなものをはがして、袋を開ける。

 バターと卵の香りがぶわっと広がって、それだけでしあわせな気持ちになれる。

 カップケーキを手に取って、パクリと一口。

 うわあああ、おいし~!

 これたぶん、基本の材料だけじゃなくて生クリームとかレモンとかも入ってる!


「うん、おいしいですこれ! ふわふわしてるのに濃厚で!」

「それならよかった」


 感想を告げると、隊長さんはおかしそうに笑った。

 なんですか。お菓子くらいで大騒ぎする私が単純すぎるって?

 おいしいものを食べるとしあわせになれるのは、みんな同じだと思う。

 そういう小さなしあわせを大事にしていかないといけないんですよ。


「はい、隊長さんも! あ~ん」


 しあわせのおすそわけ、と私はカップケーキを隊長さんに差し出す。

 差し出すというより、食べさせようとしているわけなんだけども。

 ほらほら隊長さん、口をお開きなさいな。


「……自分で食べられる」


 隊長さんは仏頂面になって、私の手からカップケーキをうばう。

 そのまま一口でそれを食べてしまった。

 はいあーん、できなかった……。


「こういうときは乗ってくださいよ。寂しいじゃないですか!」

「……俺に求めるな」


 相変わらずの仏頂面に、少しの困惑が見える。

 はいあーんは乙女の夢なんですよ。叶えてくれたっていいじゃないですか。

 そもそもお前は乙女じゃない、というツッコミは聞こえなかったことにします。


「ノリが悪いですね、隊長さん。でもそんなところも硬派でかっこいいです」


 イケメンはずるい。何をされても許しちゃうじゃないか。

 今の場合、されたのは隊長さん側なんだけどね。



 はいあーん、したかった!







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