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32:いよいよパーティー当日となりました



「オフィ。オーフィシディエンオール」


 舞踏会前日。

 ささやくような声で、その名前を口にする。

 まだあまり呼び慣れていないはずの正式名称は、不思議とすべらかに音となって宙に溶けた。


《なぁにサクラ、呼んだ!?》


 パッと姿を現したオフィに、私は微笑みかける。

 つぶらな瞳も、かわいらしいぽてぽてとした体型も、ほんの少しも憎らしいとは思えない。

 そんなことが、純粋にうれしい。


「あのね。オフィに、ありがとうって言っておきたくて。私を喚んでくれたみんなにも」


 家族、友人、故郷。

 大切なものとの永遠の別れは簡単には受け入れられなくて、最初は悲しみから目をそらしていた。

 胸の奥の奥に隠していたその思いを、隊長さんはすくい上げて受け止めてくれた。

 隊長さんの腕の中で、たくさん泣いてたくさん慰めてもらった。


 優しい、優しい隊長さん。

 私のことを、まるで宝物のように大事にしてくれる隊長さん。

 私は、隊長さんと出会えてよかった。


《ありがとう、うれしい! サクラ、シアワセなんだね!》

「うん、幸せ」

《やったーーー!》


 ためらいなくうなずいた私に、オフィは感激が収まらないのか部屋中を飛び回る。

 壁に激突しちゃわないかハラハラするけど、そんなに喜んでもらえるなら言ったかいがあった。


「それでね、オフィ。一つ、確認したいことがあって……」


 オフィやレットくんから聞いた話を総合して、もしやと思ったことがあった。

 考えすぎかもしれないし、そうだったらいいのにって期待が勘違いさせたのかもしれない。

 なんの意味もないかもしれないけど、確認するまで私は前に進めない。


 だって、オフィも言ってたじゃないか。

 教えてくれなかったのは『聞かなかったから』だって。

 だから、私は、その問いを投げかける。


「私のいた世界に、物を送ることはできる?」



  * * * *



 ついにパーティー当日となりました!

 パーティーは夜になってからなので、明るいうちに入念に身体のお手入れをしました。

 侍女さんの手を借りてドレスを着て、髪を結い上げて、お化粧もしてもらった。

 さすがはプロの仕事で、いつもの三倍はかわいく、そして少し大人っぽくなった私を、カーディナさんもルシアンさんも手放しに褒めてくれた。


 ん? 隊長さんはどうだったかって?

 そんなの、口下手な隊長さんには元々褒め言葉なんて期待しちゃいけない。

 むしろ、見惚れたのがバレないように無言で目をそらしたその反応は、言葉以上にわかりやすかったからいいのです。


 今日のパーティーに行くのは、私と隊長さんと、カーディナさん。

 ルシアンさんは婚約者さんが不参加だからってことで今回はお断りしたらしい。

 カーディナさんは、会場に入る前に婚約者さんと落ち合う予定でいるらしい。

 つまり、エッシェさんにお会いできる!

 前にお話ししてからカーディナさんはちゃんとお手紙を書いて、今は前以上に仲良くしているらしい。

 カーディナさんいわく繊細で優しい年下の婚約者さん、楽しみだなぁ。


 移動に使う馬車は、見た目は特に豪華じゃないけど、座り心地がバツグンな上にほとんど揺れない。

 さすがは王族所有の馬車。作りがしっかりしてるんだろう。

 三人で和気あいあいと馬車移動、と思ってたら、居心地が悪いからと隊長さんは御者台に行ってしまった。

 となればもちろん、王宮までの道のりはガールズトークになるわけで。


「グレイス兄様はこういうときにエスコートする女性の一人や二人もいないのかしら?」


 そんな、触れられたくない話題を持ち出されてしまえば、私は目を泳がす他にない。

 言葉に迷いながら、意味もなく髪に編み込まれているリボンに触れてみたりする。うん、手触り最高。


「あ~……ど、どうなんでしょうね」

「砦では誰かいい感じの人とかいなかった? 兄様に憧れてるとか、逆に兄様が少し特別扱いしているだとか」

「どうでしょう、砦には未婚の女性が少なかったので」


 嘘は言ってないぞ、嘘は。

 どうしても閉鎖的になりがちな砦生活で、恋愛するとなると職場恋愛になることは多い。

 聞いた話では、砦でお相手の見つからなかった女性は、嫁き遅れになる前に辞めてしまうこともあるらしい。

 今いる未婚女性は恋人持ちと数人の若い子と、実家にあきらめられた人だけだ。


「そうなのね。それならなおのこと、ここにいる間に見つけなければならないのに……」


 本気で心配しているのか、カーディナさんは悩ましげにため息をつく。

 王太子は結婚していて、カーディナさんにも、実はルシアンさんにも婚約者がいる。

 そう考えてみると、今年で三十になる隊長さんに相手がいないのは王族としてめずらしいんだろう。


「カーディナさんは、隊……グレイスさんにはどんな人がお似合いだと思いますか?」


 隊長さんとの関係を秘密にしておきながら、こんなことを聞くのはよくないことだ。

 わかっていても、どうしても気になってしまった。

 できることなら、私と隊長さんの関係を、隊長さんの家族にも受け入れてもらいたい。

 でも、自分が隊長さんに相応しいかというと、ちょっと自信がなかった。


「あのね、グレイス兄様ってとっても優しいの」

「はい、知ってます」


 質問への答えじゃなかったけど、それについては全力で同意する。


「少し真面目が過ぎるけれど、言い方を変えれば誠実で、相手を裏切るようなことは絶対にしないわ」

「そうですね」

「あまり魔力の高くないグレイス兄様を馬鹿にする人はいっぱいいたのに、兄様は決して相手を貶めるようなことは言わないの。それどころか、私がそいつらに喧嘩を売ろうとしたら、止められたわ。気にするなって。私の立場が悪くなるって」


 喧嘩を売ろうとしたことが……あるんですね……?

 ちょっと想像がつきにくいけど、こんなところで嘘をつく理由なんてない。

 隊長さんがお転婆って言ったのはそういうところも含めてなんだろう。

 話しながら少しずつうつむいていったカーディナさんの表情は、今はもう見えない。

 ギリ、と奥歯を噛み締める音が聞こえたような気がした。


「……私たち家族にも、弱音なんて一度も言ってくれなかった。ただ黙々と努力して、今は師団長。魔力と口ばかりの王族より、よっぽど国のために働いているわ」

「カーディナさん……」


 王族として、隊長さんが手に入れられなかったもの。

 王族として、カーディナさんが背負ってきたもの。

 私には、そのどちらもわからない。

 身分なんて意識することなく育った私には、想像することはできても実感がないから。

 カーディナさんの言う『魔力と口ばかりの王族』の中には、自分自身も含まれているのかもしれない。

 力がなくても、あっても、悩みは尽きないものらしい。


「グレイス兄様は自慢の兄なの。誰よりも幸せになってくれないと困るわ」


 スッと背筋を伸ばしたカーディナさんは、真剣な表情で前を見据えていた。


「だから、やっぱり相手の女性は兄様に並んでも見劣りしないくらいの美人で、兄様の役に立てる才女で、兄様を支えられる芯の強い人でなければね」

「……へ?」

「兄様が怪我をしても癒せるように、上級の治癒魔法が使えたほうがいいわね。師団長の奥方となれば砦の女主人のようなものなんだから、求心力も必要かしら。あとは……」


 次々と増えていく条件に、私はヒクヒクと頬が引きつる。

 き、期待が重い……! 重すぎる……!!



 薄々、そんな気はしていましたが……。

 カーディナさんって、わりと本気でブラコンだよね?







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