03:お、お、王太子がやってきちゃいました……!?
今日も楽しいお掃除日和~♪
午後のお仕事は私一人で中庭のお掃除だ。
この広さを一人で掃除するのは大変なんだけど、その分時間をもらえたから焦らず丁寧にほうきで掃いていく。
最近はだんだんと涼しくなってきて、もう夏も終わりといったところだ。元々日本の夏ほど暑くはなかったけど、過ごしやすくなってうれしい。
渡り廊下を通る隊員さんなんかが声をかけてくれたりして、ついつい話し込んじゃいそうになった。ふと窓から使用人頭さんがこっちを見ていたことに気づいて、喝を入れなおす。
ルンルンと楽しく掃き掃除をしていると、ふと、耳の奥でキーンと音が鳴り響いた。
それは、うまくは言えないけれど虫の知らせのようなもの。
掃除の手を止め、耳を押さえて奇妙な感覚をやり過ごす。
ようやく収まったところで、顔をあげると……
「えっ……」
中庭のド真ん中に、一人の男性が立っていた。
キラキラとまぶしい黄金の長い髪に、快晴の空のように澄み渡った青い瞳。
誰もが想像する王子様といった感じのイケメンに、私はしばしぽかんと見入ってしまった。
この砦にいる人じゃない。むしろ、こんなキラキラしたイケメンはこの世界に来て初めて見る。
好みのタイプじゃなくても目を奪われるくらい、格好よさも、存在感も、圧倒的だった。
「ええと……お客様、ですか?」
「グレイスはどこだ」
キラキラした人は質問には答えずにそう聞いてきた。
ふむ、ちょっと態度の悪い人だけど、温厚な私は怒ったりしませんよ。
ついでに、勝手に敷地に入ってきたことにも怒りませんよ。許可のある人かもしれないし。
「隊長さんですか? 今はお仕事中だと思いますが」
「それくらいはわかっている」
ムムッ。いやいやいや、怒ってませんよ、別に。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
怒ってはないけど、不信感はマックスだ。それを隠すことなく問いかける。
キラキラした人は、くっくっく、とそれはそれは楽しそうに笑った。
「この国で私にその問いを投げかける者がいるとはな」
と、いうことはこの国の重要人物? お偉いさん?
よく見ると左耳にだけピアスをつけているところが、隊長さんと一緒だ。貴族の流行りとか?
この国どころかこの世界自体、ピカピカの一年生な私は首をかしげて答えを待つ。
キラキラした人は、どこか皮肉げに口端を上げて――名乗った。
「フロスティン・キィ・クリストラル。この国の王太子だ」
思いもよらない身分に、私はしばらく石のように固まってしまった。
お、お、お、王太子様……!?
王太子って、王太子って、あの王太子だよね……!? 次の王様ってことだよね!?
そんな天上の人が、ななななんでこんなところにっ!
「えええええとあの、お、王太子様が、どのようなご用件で……」
「ご用件、か」
王太子様は私の言葉をそのまま繰り返して、ジーっと私の顔を見てきた。
な、なんですか。私の顔に何かついてますか。目がふたつと鼻がひとつと口がひとつしかついてないと思うんですが。
「こんな凡庸な者が精霊の客人だとはな」
呆れたようなため息とともにこぼされたのは、そんなつぶやき。
えっ、と私は目を丸くした。
この人、どうして私が精霊の客人だって知ってるの?
そう尋ねようとしたところで、渡り廊下から慌ただしげな足音が聞こえてきた。
「あれっ、隊長さん!?」
足音に振り返ると、隊長さんがこっちに向かってきていて。
その表情が、敵襲か!? ってくらい真剣そのもので、私は展開についていけずに呆気にとられた。
「なぜ……ここに……」
隊長さんはそう言いながら、私をかばうように王太子様との間に入った。
それはどっちかというと私のセリフなんだけどなぁ。
この立ち位置も、守られているみたいでテンション上がるけど、相手はあなたの国の王族ですよね?
「久しいな、グレイス」
「……ああ」
どうやら隊長さんは王太子様とお知り合いらしい。第五師団隊長ともなると当然なんだろうか。
そういえば隊長さんは貴族らしいから、そっちのつながりの可能性もある。
でも……仲、悪いのかな?
隊長さんは苦々しい表情をしているし、二人の間の空気はどこかピリピリとしている。
「順調に薄汚れているようじゃないか。おぞましい血の臭いが染みついている。天職ということか?」
「なっ……!」
う、薄汚れて……って、何それ!!
血の臭いなんて、毎回ちゃんと洗い流してるんだからそんなの嗅ぎ取れるわけないのに。
人のために命をかけて働いてる隊長さんに、この王太子はなんてこと言うんだ!
隊長さんが誰からも好かれてるわけじゃないことはわかってたけど、なんだかショックで、それ以上に悔しかった。
前に出ようとした私を押しとどめたのは、隊長さんだ。
「よせ、サクラ」
「で、でも……!」
「いいんだ」
ひどい侮辱を受けたにも関わらず灰色の瞳は穏やかなままで、その様子は言われ慣れているように見えた。
もしかして。……もしかして。
まだ私がこの世界に来たばかりで、隊長さんの部屋で暮らしていたとき。
軍人は穢れの塊、なんて自虐的なことを言ったのは……この人のせいだったんじゃ。
気持ちがぐしゃぐしゃして、何も言えずにただ隊長さんを見上げる。
隊長さんは私を気遣うようにかすかに笑ってすらいて、なんだか泣きたくなった。
「ほう? どうやらおもしろいことになっていたようだな」
王太子はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
何を感じ取ったかは知らないけど、私は全然まったくおもしろくない気分ですよ!!
「精霊の客人に、会いに来たのか」
えっ、そうなの!?
隊長さんの言い方は確認というよりも確定している感じで、王太子も否定する気はなさそうだ。
私に、会いに……?
やだなぁ、そんなの嫌な予感しかしないんだけど。
「なんだ? お前に会いに来たとでも言ってほしかったか?」
「……冗談はやめろ」
吐き捨てるように言う隊長さんは、一気に機嫌を悪くしたようだ。
この王太子、人の癇に障ることを言うのがすごい得意なんじゃないだろうか……?
「お前と私との仲だ。言い訳くらいは聞いてやってもいいぞ」
「何も言い逃れするようなことはない」
「精霊の客人を隠していたのに?」
王太子のその言葉に、私は大いに慌てた。
そうだよ、小隊長さんが言ってたじゃないか。隊長さんが私を隠していたってことになったら大変だって。
隊長さんにそんな濡れ衣を着せるわけにはいかない!
「あの! 王都に行こうって話は出てたんです。でも、私がまだちょっと決心つかなくて、待ってもらってて……。隊長さんは何も悪くありません!」
どう言ったらいいかわからないながらも、必死になって言い募る。
誰かが情報を止めていることも、王都に行けばきっとどうにかなることも、私は二ヶ月以上も前にちゃんと聞いていた。
その上で、今は行かないって選択したのは私だった。
不敬罪とかあるかもしれないし、王族に意見するのはちょっと怖いけど、隊長さんにいらぬ嫌疑がかかることのほうがもっと怖かった。
「さて、それが事実だろうがそうでなかろうが、私にはどうでもいいことだが。女にかばわれるお前の情けない姿を見るのはなかなか愉快だな」
クックック、と王太子は心底楽しそうに笑う。
ほんと、この人いじわるだ……。
「……まずは、場所を移そう」
隊長さんはその言葉には反応することなく、建設的な提案をした。
そういえばここは中庭で、話し合いにはまったくもって向いていない場所。
ふと気づいてみれば、知らないうちに窓や渡り廊下に野次馬が集まってきていたし。
この場で一番冷静なのは、どうやら隊長さんのようだ。
それにしても……掃き掃除、途中だったんだけどな……。




