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29:隊長さんにさらわれました



 ぽかーん、と私は口を開いたまま固まってしまった。

 目の前にいるのは、大きな身体と迫力のある顔つきの、どう見ても隊長さんとしか思えない人。というかまあ、隊長さんで間違いないんだけど。

 しばし無言で見つめ合っていると、先に動いたのは隊長さんのほうだった。

 私たちのところまでずんずん近寄ってきて、え、え、えええっ!??

 ……あれよというまに、抱え上げられてしまいました。


「借りていく」

「……はあ、どうぞ」


 隊長さんの一方的な宣言に、エルミアさんが勝手に了承してしまった。

 ちょっと待って、私まだ何も言ってないのに!

 もちろん隊長さんのほうから会いに来てくれたんだし、断るつもりはないんだけども。

 なんかこう、もうちょっと、心の準備をさせてほしかったり、みたいな……!


 そうは言っても抱え上げられている今、下手に身動きは取れなくて。

 半分パニックになってる状態じゃなんの抵抗も思いつかずに。

 気づいたら私は抱え上げられたまま、隊長さんの私室に向かっているという状況です。

 ちなみに抱え方はお姫様抱っこじゃないです。子どもを抱えるみたいな感じ。別に残念だなぁとかそんなことはこれっぽっちも思っていませんよ。

 そんな余裕はないはずなのにおかしな方向にばかり思考が飛ぶ。急な展開に頭がついていけてないんです……。


「ど、どうして……」

「どうして、とは」


 私の小さな声での問いかけに、問いかけが返ってくる。

 抱え上げられているから、いつもとは違う目線。

 私を見上げてくる隊長さんに、こんなときだっていうのに、ドキッてしてしまう。


「だ、だって、ここずっと会ってませんでしたし」

「お前が来なかったからな」

「そ、そうですけど!」


 そうですよ避けてたのは私のほうですよわかってますよ!

 で、でも、そうじゃなくて、それだけじゃなくて。

 私が避けてたって、隊長さんのほうから会いに来ることは、できたはずなんだ。

 ……そう、たとえば今みたいに。

 同じ砦に住んでいる以上、部屋に来ちゃえば一発だ。

 なのに隊長さんはこの一週間の間、私の元に訪ねてはこなかった。

 別に待っていたわけじゃないよ? 単に不思議なだけだ。

 今まで隊長さんのほうから会おうとしなかったのに、ずっと受け身だったのに、どうしてこのタイミングで、って。


「もう放しはしないと言ったはずだが。忘れたか?」


 また、ドキッとする。今度はもっと強く鼓動が跳ね上がった。

 それは、想いを通じ合わせた翌朝の。

 覚えてる。忘れられるわけがない。

 隊長さんの言葉は、ささいなものから重要なものまで、たくさん、たくさん覚えてる。

 みんな、私の心の中の一番やわらかいところに、大切に大切にしまわれている。


「覚えてます、けど、でも」

「お前にも考える時間が必要だろうと、しばらく待とうと思った。少しは整理がついたか?」


 ……待ってて、くれたんだ。

 じんわりと胸があったかくなってくる。

 隊長さんの言うとおりだったんだろうなぁ、結局。

 自分の心から逃げてばかりだった私は、自分の心と向き合う時間が必要だった。

 まだ、答えらしい答えは、はっきり出ていないけど。

 というか、答えの出るような悩みじゃないけど。

 隊長さんの用意してくれた時間で、わかったことはある。


「私のこと、どうでもよくなったのかと思いました」


 ちょっと冗談めかして言ってみた。

 もちろんこれは本気じゃない。隊長さんが簡単に気持ちをひるがえすような人じゃないのは、充分知っているから。

 この一週間、隊長さんが会いに来てくれなくて、少しだけ不安になっちゃったのは、本当だったりもするけど。

 避けてたのは私のほうなんだから、勝手だよね。わかってる。


「それはお前のほうだろう」

「そんなこと! ……どうでもよくなんて、なるわけないです」


 離れる前からわかってた。でも、離れてみてもっとよくわかった。

 私はやっぱり、隊長さんのことが好きだ。

 嫌われるのが怖いだとか、打算で好きになって申し訳ないだとか、そう思うのは隊長さんのことが大好きだから。

 元の世界のこととか、この世界のこととか、全部抜きにして。

 たとえ想いの最初は汚い打算から始まっていたとしても。

 好きって気持ちが本物だってことは、いくら私でも、間違えない。


「なら、逃げるな」


 鋭い言葉に、ギクッとした。

 この世界に来てから、私は何回逃げただろう。

 自分の心と向き合うことから逃げて、隊長さんから逃げて。

 隊長さんに怒られても仕方がない。


「俺からだけは、逃げないでくれ」


 少しの間をあけて、隊長さんは言い直す。

 今度はどこか、懇願するように。

 私を見上げる青灰色の瞳は、怖いくらいに真剣で、熱くて。


「お前は素直なようでいて、つかみどころがない。どうすればつなぎ止めておけるのか、俺にはわからない」

「心配なんて、する必要ないです。私には隊長さんしかいないんですから」

「この世界ではな」


 ああ。

 ああ、隊長さんは。

 やっぱり……わかってたんだなぁ……。

 私の弱いとことか、ずるいとことか。全部。ううん、全部じゃないかもしれないけど、知られたくなかったことは、もう。

 隠しておきたかったことは、もう、知られちゃってるんだなぁ。


「ずるくて、ごめんなさい。利用しててごめんなさい。甘えっぱなしで、ごめんなさい」


 思いついた端から、言葉にしていく。

 何度謝っても、許される気はしなかった。

 ううん、隊長さんはきっと、許してくれる。怒ってすらいないかもしれない。

 でも、私は許せない。

 私は、隊長さんを傷つける自分を、許せない。

 それくらい、隊長さんのことが好きだから。


「……好きになって、ごめんなさい」


 ぼろっ、と涙がこぼれ落ちた。

 見られたくなくて、隊長さんの首に抱きつく。

 ぎゅうううう、と思いっきりしがみつくと、ぽんぽんと優しく背中を叩かれた。


「謝られたいわけじゃない」


 困ったような声で、隊長さんは言う。


「ずるくてもいい。いくらでも利用すればいい。もっと甘えてもいい」


 私にばかり都合のいいことを、彼の口は紡ぐ。

 その声は、鍛練のときに隊員を叱責するものと同じとは思えないくらい穏やかで。

 背中をなでる大きな手は、変わらずあたたかくて。


「お前が、俺を好きでいてくれるなら、それでいい」


 声が、言葉が、ぬくもりが。

 こころに、からだに、私のぜんぶに、染み込んでくる。

 どうして、なんだろう。

 どうして隊長さんは、こんなに私に、優しくしてくれるんだろう。


「隊長さんは、私に甘すぎます……」


 抱きついた体勢のまま、ピアスをしているほうの耳に口を近づけてつぶやく。

 涙声で聞き取りづらかったかもしれないけど、泣かせたのは隊長さんなんだからしょうがない。

 そんなに甘やかされたら、いつか隊長さんなしじゃ生きていけなくなっちゃうかもしれないじゃないか。

 もう手遅れかも、なんて思っちゃう私もいるんだぞ。


「惚れた女にはいくらでも甘くなるものだろう」


 当然のようにそう言う隊長さんに、ああ、もう無理だなぁ、なんて思う。

 元いた世界への未練は、まだ全然捨てられていない。

 隊長さんの隣にいる覚悟だって、なんにもできてない。

 でも、好きで、好きで、好きで……仕方なくて。

 好きって気持ちで、息が詰まりそうになるのなんて、初めてで。

 今まで我慢してた苦しさとか、これからは隠さなくていいんだっていう安堵とか、隊長さんへの申し訳なさとか、全部全部、ひっくるめて涙になって、止まらない。



 それでいい、って隊長さんが言うなら。

 隊長さんに甘やかされてばかりの自分を、少しだけ、ほんの少しだけ。

 許してあげても、いいのかな。







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