第五章・自分
[ナキ……ナキ…]
「はい…何でしょう?」
[普通に話してください]
「分かった。1つ良いか?」
[何ですか?]
「早く姿と名前教えて」
「それは無理なようです…」
「どうして?」
[私の方から教えようとすると、この空間が閉ざされてしまうのです]
「えー!、どうしたらいいんだよ」
[それは…ナキが思い出すしか方法はありません]
「そうか……思い出す…」
[ナキが私を必要とすれば必ず私は現れます…]
そこで会話が終わり。同時に意識が遠のいていく…。
「ナキー!起きろー!!」
「ん…あと365日……」
「いや、単位取れずに留年だぞ…」
留年はいやなので、起きることにした。
「なあカイト…」
「なんだ?」
「昨日は何の用事で忙しかったんだ?」
朝食を取りながら、カイトに聞く。カイトはすでに自室で制服に着替え、朝食もすませている。
「実は俺…生徒会に入ったんだ」
「へぇ〜生徒会か」
「ああ、学費も安くなるし、特に悪い条件もなかったしな」
「確か各学年から5人ずつ選ばれるんだよな?」
「そう!、自分達が3年生になったときそのメンバーが役職につくようになっている。途中で止める人もいるけどな」
「大変だろうな、生徒会。……よし、行くか!」
「高校初の授業…なんだかワクワクするな!!」
2人で宿を出て学園への道を小走りする。
「ハァ…ハァ…疲れた…」
「ハァ…ハァ…なんで途中から走るんだよ…」
学園の正門で息が切れた。
「ナキ…お前も分かるはずだ、ワクワクしてる時人は無意識に走るもんだ」
「だからって朝は勘弁してくれ…」
ナキとカイトがフラフラと歩いていると。前方に見覚えのある後ろ姿があった。
(あれは…ウィンディ)
ブラウンの髪の毛が風に揺られる姿を見て、やはり綺麗だとナキは思った。
「ナキ…知り合いか?」
「うん、昨日遅れた時あの子といろいろあって知り合った。それに同じクラスだからびっくりしたよ。席も近いし」
「ふーん、俺先に教室行ってようか?」
「ああ、悪いな」
カイトは俺に向かってニコッと笑ってから、教室へと走っていった。
「おはよう…ウィンディ」
後ろから声をかけると、ゆっくりとこちらに振り向き緑玉のような目でナキを睨んだ。
「…何か用?」
「いや…ただの挨拶…」
「言ったはずよ、アンタに関わる気なんてない!」
「別に普通の会話ぐらいは…」
「私にそんな暇はないの、用がある時以外は話しかけないで」
そう言って、ウィンディは歩いて行った。
(思ったより難題だな…)
1時限目・基礎魔法の復習
「…つまり、炎の魔法と氷の魔法がぶつかると……」
静かな教室にノートをとるペンの音が響く。
(あれ?この問題分からないな…)
「じゃあこの問題を…ウィンディさん解いてみてください」
「はい…」
小さく返事をすると教壇に立ち、スラスラと問題を解いていく。
「はい、ありがとうございます…正解です」
周りから感嘆の声が上がる。俺以外にも分からない人が多かったのだろう。
そして1時限目が終わると、ウィンディの席は女子生徒に囲まれていた。「ウィンディさん凄いね、基礎でも難しい部分をスラスラ答えるなんて」
「何か秘訣でもあるの?」
「そんなのないわよ、ノート書いて、復習を何回もしただけよ」
ナキはカイトと一緒にその様子を見ていた。
「お前の話しだと会話もろくにしないって言ってたけど、ちゃんと会話してるじゃん」
「まあな…」
4時限目・魔法演習
「で、では1、2、3時限目で魔法の復習は済んだので実際に皆さんがどの位の実力があるか試験をします」
「試験か…緊張するな」
「それにしても…この演習場広いな」
「女子、男子の順で1人ずつ呼ぶので呼ばれるまでケガをしないように練習していてください」
リース先生の説明が終わり、全員離れて練習を始める。
「この演習場は学園の行事とかに使われるみたいで、この空間の中では魔法でケガをしないんだってよ」
「なるほど、この安全な空間で実践へ向けての練習をするのか」
「でも木とか石にぶつかるとケガするぞ。あと、ケガしなくても魔法のダメージは体と心にくるからな」
「完璧に安全って訳じゃないんだな…」
「では次、レン・ウィンディさん」
石の上に座って話していると、どうやらウィンディの番が来たらしい。
「ちょっと俺見てくるよ」「随分とあの子の事気にかけるんだな」
「なんか、放っておけなくて」
「風よ…敵を穿つ矢となれ」
(この詠唱は疾風の矢だな…)
いったいどんな試験なのか見てみると。ウィンディの前方に3つの炎の球が飛んでいた。
バシュッ!
3発の矢が炎を全て貫いた。
「リース先生が出した炎の球を落とす試験らしいぞ」
「うおっ!」
背後から急に声をかけられたので慌てて飛び退いた。
「カイトか…驚かすなよ」
「驚かす気はなかったよ……それより、凄いなあの子。頭も良いし実力もある」
「ああ、ただ人付き合いは……」
「けど今だって女子生徒と話してるぞ。それほど心配する事ないと思うぞ」
「………」
その日は特に進展はなく終わった。
そして二日目
「おはよう、ウィンディ」
「………」
ウィンディはナキを無視し、そのまま歩いて行く。
「凄い嫌われ度だな…」
「だけど入学式の日は普通に会話出来たんだ。また、話せるようになるさ」
だが1、2、3時限目と会話出来ずに終わってしまい。4時限目になった。
「今日は2人組を作って昨日やった練習をしてもらいます」
(2人組…カイトと組むか)
「カイト一緒に…」
「悪いナキ、もう組む約束してる奴がいて…」
「分かった分かった、気にすんな」
余った場合、余った人どうしで組む事になっている。
「男子で余った人〜」
「アーヴィストだけ余ったな…」
「しょうがない、女子と組むか…」
「良かったなアーヴィスト、女子と組めるなんて」
「うらやましい〜」
(それなら誰か変わってくれ、知らない女子と組むの精神的に凄いきついんだぞ)
仕方なくリース先生に余った人がいないか聞く事にした。
「リース先生、俺余りました」
「リース先生、ペアがいなくて私だけ余りました」
「「………」」しばらくの沈黙の中、リース先生が口を開いた。
「じゃあ、アーヴィストくんとウィンディさんで組んでください」
まさかのタイミングで話す機会が得られた。
「俺がターゲットでお前がアタッカーで良いんだな?」
「ええ、私が終わったらアンタがアタッカーよ」
役割を決め、ターゲットを出した。空中に3つの炎の球がフワフワ浮いている。
「動かしても良いんだろ」
「良いわよ、どうせ全部落とすし」
「言ったな…」
ナキは炎の球をユラユラと動かす。
「これは1発じゃ落とせないぜ…」
バシュッ!
「マジかよ…」
ただでさえ止まっている的を狙うのも難しいのに、動いている的をああも簡単に狙う技量は相当のものだ。
「どうしたの?全部落としちゃうわよ?」
「くそ…はっ!、これならいける!」
炎の球を自分の前に集め一列にする。
「アンタ…何やってんの?」
「これならお前は狙えない、なぜなら撃てば俺に当たるからだ!」
「いや、関係ないし…」
バシュッ!
「あ、危ないだろ!ケガしなくても痛いんだぞ!」
ギリギリで矢を右に避ける。炎の球は全て落とされてしまった。
「…さあ、アンタの番よ」
「なあ…ウィンディ」
「……何よ?」「そんなに自分を捨ててまでやらなきゃいけない事なのか?」
「……」
「俺は自分を捨てて達成した事に意味なんてないと思うぞ」
「私のどこが…自分を捨ててるって言うのよ…」
震えた声が返ってくる。ナキはそのまま話し続けた。
「少なくとも、話してる時のお前は笑ってない…」
「笑ってないから何なのよ…」
「今のお前は、お前自身を殺している…」
「!!……」
「入学式の日のお前が一番生きてたと思う」
「うる…さい…」
ナキは気づいた、ウィンディが泣いている事に。
「たとえ…自分を捨ててでも、やらなきゃいけない事もあるのよ!!」「おい、ウィンディ!まだ話が……」
ナキの声を聞かずウィンディは走って演習場を出て行ってしまった。
そのまま昼休みになり、ウィンディの事は保健室に行ったとリース先生には言っておいた。
「もう…何なのよアイツ…」
いつもなら教室で昼食を済ますが、今日は教室にいづらく、外で食べる事にした。
<お前は、お前自身を殺している…>
頭の中に言われた言葉が響く。
「でも…それぐらいしないと成せない事だってあるのよ…」
誰もいないベンチで1人呟く。
(……落ち着くな…)
目の前の花壇には綺麗な花が幾つも咲いている。周りは静かで聞こえるのは噴水の水が流れる音だけだ。
「だけど……」
「ねえ、聞いた?宝石店を襲った犯人を捕まえた1年生の話し」
何処からか聞こえる声に、ウィンディは耳を潜ませた。次第に声が近づいつきて話しをしている2人組がこちらに歩いて来るのが見える。
「聞いた聞いた、何正義の味方気取ってるんだか」
怒りが沸いてこないと言えばウソになるが、言いたい奴には言わせておけばいいと思った。
それにここで怒ったところで余計に面倒な事を増やすだけだ。
「男の方はボロボロになったらしいぜ」
「実力も無いのに出しゃばるなんてバカだね〜」(そうよ…アイツはバカでお節介で…)
「ああ、本当に……」
(でも…アイツは…)
「クズだな…」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
「ああ?」
「アンタ誰?」
「アーヴィストはバカでお節介だけど…」
「アンタ達みたいな…クズじゃない!!」
(何やってるんだろ私…でも、何だか…)
(凄い生きてるって感じがする!)
「何お前?ああ〜もしかして、犯人捕まえた1年生ってお前とそのアーヴィストとか言う奴か」
黒い髪を前に尖らせた男が上から睨んでくる。ゴリラみたいな男だ。
「なんか調子に乗ってるんじゃないの〜?」
金色の髪を腰まで伸ばした女が同じく睨んでくる。
「なら証明して見ろよ、俺達と勝負して」
「勝負?」
「明日のこの時間、演習場に来い。お前が勝ったら謝ってやるよ」
「…分かった」
「まあ、俺達が勝に決まってるけどな!」
「アハハハ!!言い過ぎ言い過ぎ!!」
「……面倒な事になったな…」
「何かあったのか?」
「うわあああ!!!」
「そこまで驚く事ないだろう…」
(後ろから話しかけたのが悪かったかな?)
「で…何かあったのか?」
「…何でもないわよ」(このままだと人生で一番多く聞いた言葉が何でもないになりそうだ…)
前を早歩きで進んでいくウィンディの姿をナキはそう思いながら見ていた。
「結局、今日話せたのは4時限目と昼休みだけだったと…」
「けど、昨日よりは話せたぜ!」
「相手を泣かした分マイナスだな」
「……分かってるよ。でも、俺は俺なりのやり方で伝えたいから」
「まあ…無理すんなよ、俺に手伝える事があれば言ってくれよな!じゃあ…俺は寝るよ」
「ありがとう、カイト……お休み」
「…俺の……やり方で…」
その日の月はやけに輝いていた。