第8話 追手
リーシャの村を発って十日。二人は南方の各地を巡り、瘴気の浄化を続けていた。
五つの村と二つの街。すべての瘴気の源には、あの黒水晶が仕込まれていた。規模も手口も、一つの意思が統率しているとしか思えない。
「組織的だな」
「はい。偶然にしてはあまりにも——」
二人の活躍はいつしか噂になっていた。「金色の剣士と銀色の聖女」と呼ばれ始め、辺境の人々の間で希望の象徴になりつつあった。
しかし、噂は辺境だけに留まらなかった。
レーヴェの街に補給のために立ち寄った日のことだった。
「シオンさん、大変です!」
ギルドの受付嬢が血相を変えて駆けてきた。
「王都から騎士団が来ています。あなたたちを探しているようで——」
「騎士団だと?」
ギルドの扉が蹴り開けられた。
鎧姿の騎士が六人。先頭に立つのは、シオンが見覚えのある男だった。
「久しぶりだな、シオン。いや、今は姓を名乗れないのだったか」
騎士団副団長、ガルス・ヘイゼン。王太子クラウスの側近で、かつてシオンを「凡人」と嘲笑った男だ。
「ガルスか。何の用だ」
「聖女殿の命でな。南方で無許可の浄化行為を行っている者がいると報告があった。浄化は聖女殿の独占権限だ。許可なく行うことは法に触れる」
「法? 聖女が浄化しないから辺境が滅びかけていたんだぞ。それを助けて法に触れるのか」
「聖女殿が対応しなかったのではない。順番を待てと言っただけだ。そして——」
ガルスの視線がリーシャに移った。
「そちらの女。浄化の力を使ったそうだが、聖女殿の許可なく聖なる力を行使することは、信仰への冒涜にあたる。身柄を拘束する」
「ふざけるな」
シオンが一歩前に出た。背後にリーシャを庇うように。
「この子は何も悪いことはしていない。自分の力で人を助けただけだ」
「命令だ。抵抗するなら、お前もろとも連行する。聖女殿は寛大なお方だ。素直に従えば、悪いようにはしないだろう」
ガルスが腰の剣に手をかけた。周囲の騎士たちも武器を構える。ギルドの冒険者たちが殺気を感じて立ち上がった。
「おいおい。何の権利があって——」
「黙れ、辺境の下賤ども。王の騎士に逆らうか」
副長が拳を握りしめたが、騎士団相手に素手では分が悪い。冒険者たちも動けずにいる。
「ガルス」
シオンの声が、静かに響いた。
「一つだけ聞く。これはクラウス殿下の命令か、アリシアの命令か」
「聖女殿の——」
「なら帰れ」
「何?」
「聖女の命令だと言うなら、なおさらだ。その命令に正当性はない。帰れ」
ガルスの顔が紅潮した。
「貴様……身分もない追放者の分際で!」
ガルスが剣を抜き、斬りかかった。
シオンは剣を抜くまでもなかった。
素手でガルスの剣筋を読み、一歩横に動いて躱す。すれ違いざまに手刀を首筋に叩き込んだ。
ガルスが白目を剥いて崩れ落ちた。
「な——」
残りの五人が凍りついた。ガルスはB級冒険者に匹敵する腕の持ち主だ。それが一撃で。
「副団長が!」
「全員で——」
「やめておけ」
シオンが静かに告げた。言葉だけだったが、その声には有無を言わせぬ圧があった。
五人の騎士たちは、本能で理解した。この男に勝てないと。
「……お前たちに伝言を頼む」
シオンは倒れたガルスを見下ろしながら言った。
「アリシアに伝えろ。俺は彼女が『不要』と言った男だ。なら、もう二度と関わるな。——そして、この子には指一本触れさせない」
リーシャがシオンの背中を見つめていた。その背中は、どこまでも頼もしかった。
騎士たちは気絶したガルスを担ぎ上げ、這々の体で去っていった。
ギルドの冒険者たちから歓声が上がった。
「やるじゃねえか兄ちゃん!」
「王都の騎士を一撃かよ!」
「シオンさん……」
リーシャが小さな声で呼んだ。
「ん?」
「ありがとうございます。わたしを、守ってくれて」
「当然のことをしただけだ」
「当然のことを当然にできる人は、なかなかいないです」
リーシャが微笑む。
シオンは少し目を逸らした。礼を言われるのは、まだ慣れない。
しかし——これで王都にはこちらの存在がはっきり伝わった。次に来る時は、騎士六人では済まないだろう。
「リーシャ。次の目的地を決めよう。悠長にはしていられなくなった」
「はい」
二人は再び、南へ向かって歩き出した。




