第7話 リーシャの村
旅を続けて四日。二人はリーシャの故郷、サーラ村に辿り着いた。
村の状況は深刻だった。畑は半分以上が枯れ、家畜も弱り果てている。村人たちの顔には疲労と諦めが色濃く刻まれていた。
「リーシャ! 帰ったのか!」
村長の老人が駆け寄ってきた。
「はい、村長さん。助けを連れてきました」
「助け? こちらの方は……」
「シオンです。元王都の人間ですが、今は訳あって旅の冒険者をしています。瘴気の浄化ができます」
「浄化を!? 本当かね!」
村長の目に光が宿った。だが、すぐに曇る。
「しかし……この村の瘴気は、森のものとは比べ物にならんほど深い。以前、巡回の聖職者が来たこともあったが、手に負えないと言って帰ってしまった」
「見せてもらえますか」
村の外れに案内された。
そこにあったのは、地面に空いた巨大な裂け目だった。幅は五メートル。底が見えないほど深く、そこから絶え間なく瘴気が吹き上がっている。
「半年ほど前に、突然地面が割れましてな。それ以来、瘴気が止まらんのです」
シオンは裂け目を覗き込んだ。
『シオン。これは——地脈が汚染されています。表面の瘴気を払っても、根本を断たなければまた湧いてきます。裂け目の奥深くに潜り、地脈を浄化する必要があります』
——地脈か。どれくらい深い。
『数百メートル。危険ですが、あなたの力なら耐えられます。ただし——一人では時間がかかりすぎる。リーシャの力が必要です。あなたたち二人の力を合わせれば、地脈の浄化は可能でしょう』
「リーシャ」
「はい」
「この裂け目の奥に、汚染の元がある。二人で潜って浄化したい。危険だが、やれるか」
リーシャは裂け目を見つめ、それから村を振り返った。衰弱した村人たち。泥だらけの子どもたち。
「やります」
迷いのない声だった。
「わたしの村です。わたしが守ります」
◇
ロープで身を結び、裂け目に降りていく。
深くなるほど瘴気は濃さを増した。シオンの体に纏う金色の光がなければ、瘴気に侵されて意識を保てなかっただろう。
「リーシャ、大丈夫か」
「はい。シオンさんの光があると、不思議と楽です」
「俺の光が瘴気を弾いてる間に、お前が周囲を浄化してくれ。少しずつ進もう」
二人は互いを補いながら降下した。
シオンが前衛で瘴気を切り払い、リーシャが後方で浄化を重ねていく。息の合った連携に、二人とも驚いていた。
「なんだか、息が合いますね」
「ああ。訓練でもこうはいかない」
底に着いたのは、降り始めてから一時間後だった。
そこには、地脈——大地の魔力が流れる光の川が通っていた。本来は清浄な青白い光のはずだが、今は黒紫に染まり、どす黒い脈動を繰り返している。
「これが……」
そして、地脈に突き刺さるように、黒い杭があった。東の森にあったものと同じ素材——邪神の呪印が刻まれた黒水晶だ。
「またこれか」
「東の森と同じ……やっぱり、誰かが意図的にやっているんですね」
「ああ。しかもこっちの方がずっと大掛かりだ。地脈に直接汚染を流し込んでいる。……リーシャ、準備はいいか」
「いつでも」
「手を」
リーシャが迷いなくシオンの手を取った。
二人の力が合流する。金色と白銀が混ざり合い、まばゆい光の奔流となった。
シオンが空いた手で剣を振り上げる。光を纏った刃が、黒水晶の杭を断ち切った。
同時に、リーシャが両手を地脈に向けた。白銀の光が汚染された地脈に注ぎ込まれ、黒紫の穢れを洗い流していく。
轟音。大地が震え、裂け目全体が揺れた。だが二人は倒れなかった。互いの手を握りしめ、力を流し続ける。
やがて——地脈が、本来の青白い光を取り戻した。
清浄な魔力が奔流となって上昇し、裂け目を通って地上に吹き上がった。
地上では、村人たちが光の柱を見上げて立ち尽くしていた。
枯れた畑に、瑞々しい緑が広がり始めた。弱っていた家畜が立ち上がり、空気から瘴気の重さが消えた。
「なんじゃ……これは……」
村長が涙を流した。
「奇跡じゃ……奇跡が起きた……!」
◇
裂け目から這い上がった二人を、村人たちが涙ながらに迎えた。
「リーシャ! リーシャ!」
子どもたちがリーシャに抱きつく。リーシャも泣いていた。
「ずるいぞリーシャ。こんなすごい力を隠してたなんて」
「わたしも知らなかったの。教えてくれたのは、この人」
リーシャがシオンを見上げた。村人たちの視線がシオンに集まる。
「あなたが恩人か」
「リーシャの力があったからだ。俺一人じゃ地脈の浄化はできなかった」
「二人とも、本当にありがとう。この恩は一生忘れんよ」
村長が深々と頭を下げた。村人たちが続く。
シオンは居心地が悪そうに頭を掻いた。感謝されることに慣れていない。
その夜、村の集会所でささやかな宴が開かれた。備蓄の食料を持ち寄った質素なものだったが、村人たちの笑顔は宝石よりも輝いていた。
「シオンさん」
宴の喧騒を離れ、外のベンチに座っていたシオンの隣に、リーシャがやってきた。
「ありがとうございます」
「さっきも言ったろ。お前の力があったからだ」
「それだけじゃなくて。わたしに力を教えてくれて、一緒に来てくれて、わたしの手を取ってくれて。全部です」
「……そうか」
夜空には星が瞬いている。瘴気に覆われていた頃にはきっと見えなかった星たちだ。
「次はどこに行きますか」
「近隣の村でも瘴気被害の報告がある。一つずつ回っていくつもりだ。――お前は、ここに残ってもいいんだぞ」
「行きます」
即答だった。
「わたしも一緒に行きます。この力は、もっとたくさんの人を救えるはずだから」
「そうか。なら——よろしく頼む」
シオンが小さく笑い、リーシャも笑い返した。
村の集会所からは、まだ歌声が聞こえている。久しぶりの平和な夜に、村人たちはいつまでも語り合っていた。




