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偽聖女に捨てられた公爵令息ですが、神様に溺愛されているので全く困っていません  作者: 月代


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第2話 神様の声


 王都を出て三日。シオンは街道沿いの森を歩いていた。


 行く先は決めていない。とりあえず南へ向かっているのは、南方の辺境なら人手不足で仕事があるだろうという漠然とした目算からだ。


「元公爵令息が日雇い労働か。笑える話だな」


 自嘲しながらも、足取りに悲壮感はなかった。不思議なことに、王都を離れてからずっと、体が軽い。頭も妙に冴えている。アリシアの傍にいた頃の、霧がかかったような倦怠感が嘘のようだった。


 そして——あの光。


 指先に時折灯る淡い金色の輝き。公爵邸を出てから、日に日に強くなっている気がする。


 その日の夜。森の中で簡素な野営をしていた時のことだった。


「——聞こえますか」


 声がした。


 シオンは跳ね起き、腰の剣に手をかけた。周囲を見回すが、誰もいない。焚き火の明かりが照らす範囲には、木々の影があるだけだ。


「ここではありません。ここです」


 声は、頭の中に直接響いていた。


 柔らかく、澄んだ、女性の声。だが人間のものとは思えない、底知れない深みを湛えている。


「……誰だ」


「やっと繋がりました。ああ、よかった。ずっと、ずっとあなたに話しかけていたのです。でも、あの女の結界が邪魔をしていて——」


「あの女?」


「自らを聖女と偽る者です。あの者があなたの傍にいる間、わたしの声はあなたに届かなかった」


 シオンは息を呑んだ。


「……あなたは、何者だ」


「わたしは、あなたたちの世界では創世神エルティアと呼ばれている存在です」


 沈黙が落ちた。焚き火がぱちりと爆ぜる音だけが響く。


「は?」


「そのような顔をされると思いました」


 声は——エルティアと名乗る存在は、くすくすと笑った。神が笑うものなのかとシオンは混乱したが、その笑い声には不思議な温かさがあった。


「信じられないのも無理はありません。けれど事実です。シオン、あなたはわたしが選んだ子。この世界でただ一人、わたしの力を受け継ぐ器として生まれた存在です」


「……待ってくれ。俺は魔力測定で『微弱』判定だぞ。平凡な——」


「あれは偽りの聖女が仕組んだことです」


 エルティアの声に、初めて怒りの色が混じった。


「アリシア・セレーヌ。あの者は聖女ではありません。邪神ヴォルドの眷属です。あの者はあなたの傍に張り付き、わたしがあなたに与えた力を封じていた。あなたが『微弱』だったのは、力がなかったからではない。力を奪われていたからです」


 シオンの指先が、ひとりでに光り始めた。今度は微かな光ではない。はっきりとした金色の輝きが、両手を包んでいた。


「嘘だろ……」


「今、あなたの封印は解け始めています。彼女から離れたことで、わたしの力があなたに還り始めている。まだ完全ではありませんが、時間と共に、あなたは本来の力を取り戻すでしょう」


 シオンは自分の掌を見つめた。溢れる光は温かく、穏やかで——どこか懐かしかった。


「なぜ、俺なんだ」


「理由はいくつもあります。でも一番は——あなたの心が、わたしの理想に最も近かったからです」


「理想?」


「力に溺れず、弱さを知り、それでも前を向ける心。あなたが婚約破棄された時、暴れもせず、恨み言も言わず、ただ静かに受け入れて歩き出した。あの姿を見て、わたしは確信しました。やはり、あなたを選んで正しかったと」


 シオンは返す言葉を見つけられなかった。


「それともう一つ、あなたに伝えなければならないことがあります」


「まだあるのか……」


「あの偽聖女が力を振るい続ければ、この世界は遠からず邪神に飲み込まれます。そうなれば、すべてが終わる」


「…………」


「そして、それを止められるのは——わたしの力を持つあなただけです」


 焚き火の炎が揺れた。森の静寂が、その言葉の重みを際立たせる。


「シオン。あなたにお願いがあります」


「……聞くだけ聞こう」


「わたしの本当の聖女を、見つけてください。今、この世界のどこかに、わたしが選んだ本物の聖女がいます。でも彼女は、自分の力に気づいていない。あなたが彼女を見つけ、目覚めさせてくれれば——この世界を救う道が開けます」


 シオンは長い溜息をついた。


「ついさっきまで勘当された無職だったんだが」


「ふふ。だからこそ、ですよ」


 エルティアの声が微笑みを含んだ。


「シオン。わたしはあなたを信じています。あなたが誰よりも——世界で一番、大切な子です」


 その言葉は、親にすら言われたことのないものだった。


 シオンは夜空を見上げた。満天の星が瞬いている。


「……本物の聖女は、どこにいるんだ」


「南へ向かいなさい。辺境の街レーヴェに、手がかりがあるはずです」


「ちょうど南に行くところだった」


「ええ。知っていましたから。少しだけ、道を導かせてもらいました」


「……神様って、案外お節介だな」


「大切な子のためですもの。当然です」


 焚き火の傍で、シオンは小さく笑った。


 勘当された日から、初めて笑った気がした。

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