第11話 王都潜入
東の山道を四日かけて踏破し、シオンとリーシャは王都の外壁が見える丘に立った。
「あれが王都……大きいですね」
「ああ。だが——」
シオンの目が細まった。一見、王都はいつも通りの威容を誇っている。だが、封印が解けた今の目で見ると、街全体を覆う薄い紫の靄が見えた。
「瘴気が滲み出ている。まだ薄いが、確実に濃くなっている」
『急いだ方がいいですね。アリシアの力が臨界に達すれば、一気に瘴気が噴出します。そうなれば、王都の住民に被害が出る』
「だが、正門からは入れないだろう。俺の人相書きが回っている可能性が高い」
「あの……」
リーシャが控えめに手を挙げた。
「わたし、人相書きは出ていませんよね?」
「それはそうだが——」
「先に入って、中から裏門を開けるとか」
「危険だ。一人で——」
「大丈夫です。旅の薬師として入れば怪しまれません。実際、薬草の知識はありますし」
シオンは渋い顔をしたが、他に良い案もなかった。
「……わかった。ただし、何かあったらすぐに合図を送れ。リーシャの浄化の光を上空に放てば、俺には見える」
「はい」
リーシャはフードを深く被り、旅の薬師に扮して正門に向かった。
門番は荷物を軽くあらためただけで通してくれた。辺境からの薬師は珍しくない。
王都の街並みは活気に満ちているように見えた。だが、リーシャの感覚は別のものを捉えていた。
地面の下から立ち上る、微かな瘴気の気配。歩くたびに足の裏がざわつく。この街は、病んでいる。
裏門に向かう途中、市場を横切った。
「おい、聞いたか。最近、体調を崩す人が増えてるらしいぞ」
「ああ。うちの女房も頭痛がひどいって言ってる」
「水が悪いんじゃないかって噂もある」
住民たちの会話が耳に入る。瘴気の影響は、すでに始まっているのだ。
裏門に着いた。見張りの交代時間を狙い、外から来る物資搬入の荷馬車に紛れて門を開ける手筈を——
「おや。旅の薬師さん、道に迷われましたか」
背後から声をかけられ、リーシャは心臓が跳ね上がった。
振り返ると、白髪の老人が立っていた。大神殿の神官服を着ている。
「あ、あの——」
「お静かに。わたしはテオドール。手紙を送った神官長です」
リーシャは目を見開いた。
「あなたが……!」
「小声で。聖女殿の目と耳はあちこちにある。——あなたが白銀の聖女殿ですね。光の気配でわかります」
「はい。シオンさんは外で待っています。裏門を——」
「わたしが開けましょう。こちらへ」
テオドールの案内で、リーシャは大神殿の地下通路を抜け、外壁の裏門に辿り着いた。見張りの神官がテオドールに頭を下げて道を開ける。
シオンが滑り込むように入ってきた。
「神官長殿か。手紙、読んだ」
「お越しいただき感謝します。時間がありません。こちらへ」
テオドールは二人を大神殿の地下へ案内した。一般の神官も立ち入らない最深部。そこにある小部屋に三人は身を隠した。
「状況を説明します」
テオドールの顔は疲弊していた。
「聖女アリシアは、三日後に再び大規模浄化の儀式を行うと宣言しました。だが、あれは浄化ではない。わたしには見える。あの儀式は——王都の地下に仕込まれた瘴気を一気に活性化させるためのものです」
「活性化? 浄化に見せかけて、瘴気を解放するつもりなのか」
「そうです。瘴気を一度噴出させ、混乱の中で自らが『浄化して見せる』。そうすれば、聖女としての権威は絶対のものになる。誰も逆らえなくなる」
「だが、瘴気の噴出で犠牲者が出る」
「アリシアにとって、民の命など駒に過ぎません」
テオドールの声が震えた。
「わたしは三十年間、大神殿に仕えてきました。先代の聖女様は——本当に慈悲深いお方だった。民のために祈り、民のために力を使い、最期まで民のことを想って逝かれた。それが今や……偽物がその座を汚し、民を踏みにじろうとしている」
老神官長の目に涙が光った。
「お二人にお願いです。三日後の儀式を阻止してください。そして——あの偽聖女の仮面を剥いでほしい」
シオンはリーシャを見た。リーシャは小さく頷いた。
「やる。三日後の儀式を止める」
「ありがとうございます。大神殿の内部に関しては、わたしが案内します。内側から崩す方が効率がいい」
「助かる。——神官長殿」
「テオドールで結構です」
「テオドール。聞きたいことがある。王都の地下に仕掛けられた瘴気の核は、いくつある」
「わたしが感知できた限りでは、五つ。大神殿の地下に一つ、東西南北の門の近くに四つ」
「五つか……。儀式の前にすべて潰す必要がある」
「ですが、アリシアに気づかれれば——」
「気づかれる前にやる。リーシャ、お前の探知能力が頼りだ。位置を正確に把握してくれ」
「わかりました。やります」
三日間の猶予。五つの瘴気の核。そして偽聖女アリシア。
決戦の幕が、静かに上がろうとしていた。




