第10話 神官長の手紙
南方の最後の瘴気拠点を浄化した翌日、レーヴェのギルドに一通の書簡が届いた。
「シオンさん宛です。王都の大神殿から」
受付嬢から受け取った封書には、大神殿の印章が押されていた。
「大神殿? アリシアの息がかかった場所から手紙?」
警戒しつつ開封する。便箋には、震えた筆跡でこう記されていた。
「——金色の剣士殿、そして白銀の聖女殿。
わたしは大神殿の神官長テオドールと申す者です。南方でのお二人の活躍は、この老骨の耳にも届いております。
お二人にお伝えしなければならないことがあります。聖女アリシアの力は、エルティア様のものではありません。わたしは先代の聖女に仕えた身。本物の浄化の光を知っております。アリシアの光には、闇が混じっている。
そして今、王都の地下で異変が起きています。大地から微かな瘴気が染み出し始めている。まだ一般の民には気づかれていませんが、このまま進めば王都全体が瘴気に覆われる日も遠くないでしょう。
恥を忍んでお願い申し上げます。どうか王都へお越しください。民を救えるのは、あなたたちしかいない。
追伸。この手紙は密使を通じて送っています。聖女には気づかれていないはずですが、くれぐれもご注意を。——テオドール」
シオンは便箋をリーシャに見せた。
「王都の地下に瘴気……」
「南方の核はすべて潰した。だが、王都にも仕掛けがあったということだ」
『シオン。テオドール神官長の言うことは真実です。わたしにも王都の異変は感じ取れていました。伝えるタイミングを計っていたのですが——思ったより進行が早い。アリシアが焦って計画を前倒ししている可能性があります』
——アリシアの計画というのは。
『王都を瘴気で覆い、自らの「浄化」で民を従わせる。そしてその混乱に乗じて、邪神ヴォルドの力を完全にこの世界に引き込む。それが、偽聖女の最終目的です』
リーシャの顔が青ざめた。
「そんな。王都には何万人もの人が——」
「ああ。放っておくわけにはいかない」
シオンは腕を組んで考え込んだ。
正直に言えば、王都に対して良い感情はない。婚約破棄に勘当。あの街の人間は、誰一人シオンの味方をしなかった。
だが——
「罪のない人間まで巻き込まれるのは、別の話だ」
リーシャが顔を上げた。シオンの目を真っ直ぐに見る。
「わたしも行きます。行きたいです。どこにいる人であっても、助けられるなら助けたい」
「わかってる。そう言うと思った」
シオンは小さく笑った。この子のこういうところが、本物の聖女なのだろうと思う。アリシアには決してないもの。人を救いたいという、純粋な祈り。
「ただし、急ぐ必要がある。王都まで馬でも五日はかかる。その間にアリシアが動けば——」
「あの、シオンさん」
リーシャが手を挙げた。
「わたし、最近気づいたことがあるんです。浄化の力を応用すると、瘴気のある場所の位置がわかるんです。まるで地図みたいに」
「本当か」
「はい。集中すると……今も感じます。王都の方角から、とても大きな瘴気の塊。それと——」
リーシャは目を閉じ、両手を胸の前で合わせた。白銀の光が淡く灯る。
「王都の手前、三日ほどの場所に小さな瘴気の点が二つ。これは——伏兵、でしょうか」
「街道上に見張りか罠を仕掛けているのか。大したものだ、リーシャ。その力は使える」
リーシャが少し誇らしそうに微笑んだ。
「では、作戦を立てよう。正面から街道を行くのは避ける。東の山道を迂回して王都に入る。時間はかかるが、伏兵を避けられる」
「わかりました」
「ギルドの副長にも話しておく。万が一の時、辺境の冒険者たちにも協力を仰げるようにしておきたい」
シオンはギルドの副長を呼び、事情を説明した。
「王都にか……。正直、俺たちにゃ荷が重い話だが」
「無理は言わない。ただ、もし王都から避難民が出た時、受け入れ態勢だけでも整えておいてほしい」
「それなら任せろ。この辺りの村や街にも声をかけておく。——あんたたちが南方を救ってくれたんだ。恩返しってやつだよ」
翌朝、二人は北へ向かって出発した。
王都へ。すべての始まりの場所へ。




