2 裏切りの前奏曲
相変わらず彼特有の気ままでだらけた調子を帯びていた。
しかし、彼の語る一語一語が冷たい彫刻刀のように私の鼓膜を容赦なく削り、心の奥深くに突き刺さった。
「アリシア、うーん……ちょっとしたことなんだけど、やっぱり説明しておいたほうがいいかなと思って。他所で聞いて誤解されるのも嫌だし。」
私の心はかすかに沈んだ。
「俺さ、この前巡察に行ったときに、道に迷っていた子羊の召喚獣を助けたんだ。
リディアっていうんだけど、すごく特別な子でさ。魔力は高くないし、完全な人型にもなれないんだ。
いつも小さな羊の耳としっぽを出していて、めっちゃ可愛いんだよね。」
彼の口調には、これまでに聞いたことのない、新鮮で強い興味がにじみ出ていた。
「あの子さ、頭の中には聞いたこともないような奇妙な考えばかりでさ、『生命は尊く、愛はその価値がさらに高い。しかし、自由のためならば、その両者をも捨てれる』って言うんだ。
はは、面白いだろ? 規則や許嫁としての責任なんて枷だってさ。
本当に……うん、俺たちとは違う、真の自由な魂って感じだ」
自由な魂?
彼の「救い」と庇護がなければ生きていけない召喚獣が、自由を滔々と説くのか?
そして、あの「許嫁の責任」が彼の口からは軽々しい「枷」となってしまうのか?
ならば、私のこの十年は一体何だったのか? この血まみれの両手は一体何だったのか?
激しい頭痛が再び襲い、ほとんど立っていることもできなかった。私は拳を死ぬほど強く握りしめ、爪が掌に食い込んだ。
レオンの声はまだ続いており、興味津々で、何も気付いていない。
「あの子は野性的で、じっとしていられないんだ。
しばらくしたら『自分探し』に行くと言っているから、安心して。余計なことは考えないで……」
長い伝言はここで終わった。
辺境の過酷な戦況についての質問は一切ない。召喚獣兵士の死傷に対する気遣いも、まったく見られない。ただ一言、「アリシア、怪我はないか?」さえもないのだ。
一言一句、すべてがリディアという名の白羊の召喚獣のこと、そしてレオンが規範として奉じる彼女の「自由はすべてに優先する」という荒唐無稽な理論のことばかりだ!
水晶の蝶の魔法は尽き、私の指先で微かな光の粒となり、血の匂いを帯びた風の中に消え去った。
半月前、私は二人の噂を耳にしていた。
彼らは皆、リディアは私の劣化コピーであり、私が辺境から帰還すれば彼女は捨てられると言っていた。
しかし、レオンの言葉の端々には溢れんばかりの魅力と溺愛が感じられ、私は徹底的に凍りつくような寒さと……荒唐無稽さを覚えた。
口元が制御できないまま、ゆっくりと、極めて淡く、そして極めて冷ややかな笑みを浮かべた。
リディアか…………ご無沙汰しているわね。
***
聖国の王都に凱旋した日、空は細かな雨を降らせ、この壮大で冷たい都市を灰色がかった霧のような雨煙に包み込んでいた。
簡単な出迎えの儀仗もなく、民衆の歓声もなく、そして……レオンもいなかった。
この許嫁の姫は、本当に歓迎されていないのね!
私は風塵と淡い血の気を纏った銀の鎧を身にまとい、大使館のバルコニーに立って、しとしとと降る雨の街の景色を眺めていた。
副官が低い声で報告した。
「殿下、東宮よりご連絡がございます。王太子殿下は…………本日…………政務多忙のためご来訪が叶わぬとのことです」
政務で多忙…………ですか?
私は思わず冷笑を漏らしそうになった。内心では嘲笑していた。あの「自由な魂」と戯れて遊ぶのに忙しいのだろう?
頭が再び重苦しく痛み始めた。
徹底的に軽視され、怠慢に扱われる屈辱感が入り混じる。両国の平和を繋ぐ許嫁の姫が、彼らの聖国のために血戦して帰還したというのに、彼の一時の享楽にも及ばないとは?
「車を準備しなさい」
私は背を向け、声は平静で波立っていなかったが、疑いようのない冷たさを帯びていた。
「東宮へ」
彼が一体何に「忙しい」のか、この目で確かめてみよう。
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