乙女ゲーム 「リリウムの光」 -2-
王城の訓練場の端。
レオン・グランツは、何度目か分からない素振りをしていた。
木剣が空気を切る。腕が重い。息が荒い。手のひらはもう痛い。
それでも止めない。止めたくない。
(……くそ。)
剣を振る。また振る。
だが──剣が手から滑り落ちた。
「……っ」
悔しくて、奥歯を噛み、地面に落ちた木剣を睨む。
(なんでだよ。)
父は王宮騎士団長。王国でも指折りの剣士で、誰もが知る英雄だ。
(なんで俺は……)
「みっともないですわね。」
背後から冷たい声がして、レオンは振り向く。そこに立っていたのは銀髪に赤い瞳の少女だった。
豪奢なドレス。
背筋の伸びた姿勢。
そして、氷のような視線。
レオンは慌てて背筋を伸ばす。
「ご、ご令嬢……?」
少女は淡々と言った。
「わたくしはレティシア・ヴァルローズですわ。」
レオンの頭が一瞬止まる。
(ヴァルローズ……!?)
「こ、公爵家の……!?」
「ええ。」
当たり前のように頷く。レオンは慌てて名乗った。
「お、俺はレオン・グランツです!」
「騎士団長の息子で―」
言い終わる前に、レティシアの視線が足元へ落ちた。
削れた地面。
無数の足跡。
汗だくの少年。
少し見てから、彼女は言った。
「騎士団長の息子が、その程度ですの?」
レオンの呼吸が止まる。
「え……」
「息を切らし、剣を落とす。」
淡々と事実を並べる。
「正直、期待外れですわ。」
胸に突き刺さる言葉。
レオンは思わず言った。
「で、でも俺は――」
レティシアは遮った。
「努力している、と?」
冷たい視線にレオンは言葉を飲み込む。レティシアは気にせず足元を指す。
「確かに、地面は削れていますわね。」
一瞬、間が空く。
だが次の言葉は冷酷だった。
「ですが、それが何だというのです?」
レオンは固まる。しかし、レティシアは表情一つ変えない。
「無駄な努力ほど見苦しいものはありませんわ。」
容赦のない、静かな声
「結果も出せない人間が、ただ時間だけ費やす。」
赤い瞳がレオンを見下ろす。
「滑稽ですわ。」
レオンの拳が震える。
「騎士団長の息子なら、才能の欠片くらいはあると思っていましたが。」
わずかに首を傾げる。
「どうやら、血筋だけのようですわね。」
「……っ!」
レオンの顔が真っ赤になる。
「そんな言い方……!」
思わず声を荒げる。
レティシアは一切動じない。
「事実を言っただけですわ。それに、公爵令嬢であり王太子の婚約者に口答え?」
レオンが黙ったのをみて、静かに言う。
「弱い者は弱い。ただそれだけでしょう?。」
レオンは歯を食いしばる。
悔しい。
怒りで胸が焼ける。
レティシアは興味を失ったように踵を返す。
「安心なさい。きっと騎士になる前に諦めるでしょうから。まあ、なったとしても弱い騎士など必要ないですわ。」
レオンの拳が震える。胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。
悔しさ。
怒り。
そして、強い嫌悪。
「……最低だ。」
小さく呟く。
レティシアはもう振り返らない。そのまま訓練場を去っていった。
レオンは地面に落ちた木剣を見下ろす。
しばらく黙っていた。だが、それを乱暴に拾い上げる。
(あんな奴が将来の王妃なのか。)
剣を握る手に力が入る。
(騎士になったら、あいつを守るのか。)
木剣が風を切る。その音は、さっきより荒かった。




