騎士団長の息子、前を向く
王城の訓練場の端。
レオン・グランツは、何度目か分からない素振りをしていた。
カン、カン、カン。
木剣が空気を切る。
腕が重い。
息が荒い。
手のひらはもう痛い。
それでも止めない。止めたくない。
(……くそ。)
剣を振る。また振る。
だが──剣が手から滑り落ちた。
「……っ」
悔しくて、奥歯を噛み、地面に落ちた木剣を睨む。
(なんでだよ。)
父は王宮騎士団長だ。誰もが知っている英雄だ。戦えば負けなし。剣の腕は王国一。
なのに───
(なんで俺はこんな弱いんだよ。)
父の部下たちはよく言う。
「団長の息子なら強いだろう」
「将来は騎士団長だな」
冗談半分、期待半分。
でもレオンには分かっていた。
(無理だ。)
父の背中は遠すぎる。
どれだけ剣を振っても、どれだけ訓練を積もうと、追いつける気がしない。
「くそ……!」
もう一度剣を拾う。振ろうとしたそのとき。
「こんにちは。」
女の子の声だった。レオンはびくっと振り向く。
そこに立っていたのは銀髪に赤い瞳の少女。そして、思い出す。令嬢は剣を見て怖がる人もいると、
(……やばっ)
レオンは慌てて剣を背中に隠した。
「えっ、あ、えっと……」
口がうまく回らない。
「ご、ご令嬢……?」
少女は落ち着いた声で言った。
「レティシア・ヴァルローズですわ。」
レオンの頭が一瞬止まる。
(ヴァルローズ!?)
それの名前は、
「公爵家の!?」
「ええ。」
さらっと頷く。
レオンは背筋を伸ばした。
「お、俺はレオン!」
勢いよく名乗る。
「騎士団長の息子、レオン・グランツです!」
(うわ、俺汗だくじゃん。)
今さら気づく。
手は泥だらけで、髪もぐしゃぐしゃ。恥ずかしくて頭をかきたくなる。
「えっと……ここ危ないですよ。剣の練習してるし」
少女――レティシアは気にした様子もない。
「お気になさらず。」
その視線が地面を見た。
足跡。
削れた地面。
レオンは気まずく笑う。
「……へへっ、見られてましたか?」
「ええ。」
「カッコ悪いですよね……」
つい本音が出た。
レティシアは何も言わない。
レオンは木剣を軽く振る。
「俺、騎士団長の息子なのに……」
少しだけ声が落ちる。
「全然強くないんです。親父はめちゃくちゃ強いのに。」
自分でも情けないと思う。でも口から出てしまった。
沈黙。
レオンは少し後悔した。
(何言ってんだ俺。)
貴族の、それも初対面の令嬢に愚痴とか。最悪だ。
するとレティシアが言った。
「でも。」
レオンは顔を上げる。
彼女は地面を指さした。
「こんなに地面が削れるほど練習する人を、わたくしは知りません。」
レオンは固まる。
「え?」
レティシアは続ける。
「強いかどうかは分かりませんが。」
赤い瞳がまっすぐこちらを見る。
「努力していることは、誰が見ても分かりますわ。」
胸の奥が、少しだけ揺れた。
レオンは思わず言った。
「……初めて言われました。」
「?」
「努力してるって。」
苦笑する。
「みんな『団長の息子ならできて当然』って言うので。」
それが当たり前だった。出来なければ落胆される。だから、努力なんて褒められない。
でも、レティシアはさらりと言った。
「当然ではありませんわ!」
レオンは目を瞬かせる。
「努力しているから出来るのです。」
当たり前のことのように。けれど、誰も言わなかった言葉。胸の奥に溜まっていた何かが、すっと軽くなる。
「……そっか。」
自然と笑っていた。
「ありがとうございます!」
本当に、元気が出た。さっきまで重かった腕が、少し軽い。レオンは木剣を握る。
「俺、絶対強くなります!」
口から言葉が飛び出した。レティシアは微笑む。その笑顔が、なんだかすごく綺麗で、レオンは少し慌てて言った。
「それで騎士になって、あなたとこの国を守ります!」
ただ、将来王妃となり国を守るこの人とその国を守りたいと強く思った。
「楽しみにしておりますわ。」
優雅に笑う。レオンは照れくさくて頭をかいた。やがてレティシアは庭園の方へ歩いていく。
その背中を見送りながら、レオンは呟いた。
「……すげぇ人だな。」
胸の奥が熱い。悔しさじゃない。前に進める感じ。レオンは剣を構える。
さっきより力が入る。
(団長の息子とか関係ない。)
俺は俺だ。剣を振る。
カン。
風を切る音が、さっきよりずっと心地よかった。
レオン・グランツ(レティシアと同い年)
グランツ家も貴族だが、騎士の家系のため社交界にはあまり顔を出さない。
父親が騎士団長。その事がコンプレックスとなっていた。
今はレティシアが支える国を守ることが目標




