乙女ゲーム 「リリウムの光」 -1-
王城の応接間は、妙に重苦しい空気に包まれていた。
アルベルト・リリウムは椅子に座りながら、正面の扉を見つめている。
今日はヴァルローズ公爵家の令嬢との顔合わせ
父王は言った。
『ヴァルローズ家は王国でも最も有力な公爵家だ』
『令嬢は非常に優秀だと聞く』
だが側近たちは別のことを言っていた。
『気位が高い方です』
『かなり傲慢だとか』
『使用人を泣かせたという噂も……』
アルベルトはため息を飲み込んだ。
(噂なんて当てにならないが…)
そう思いたいが胸の奥に微かな警戒が残る。
そのとき、扉が開いた。
ヴァルローズ公爵家が入室する。
父王たちの挨拶の間、アルベルトの視線は自然と令嬢へ向いた。
銀髪。
赤い瞳。
人形のように整った顔。
噂通りの美貌。
だが__
(……なんだ?)
彼女の目。
美しいが、冷たく値踏みするような視線だった。
父王が言う。
「二人で少し話してみるといい」
大人たちが別室に移ると残るのは静寂
そんな中、レティシア・ヴァルローズがゆっくり立ち上がった。
ドレスの裾を摘み、カーテシーをする。
「初めまして。レティシア・ヴァルローズと申します。」
完璧だった。
作法としては非の打ち所がない。
アルベルトも名乗る。
「アルベルト・リリウムだ。」
レティシアが顔を上げると、赤い瞳が真っ直ぐこちらを向く。
そして、微笑んだ。
だがその笑みは__
どこか、上からだった。
「お会いできて光栄ですわ、殿下。」
言葉は丁寧。
だが声にはわずかな退屈が滲んでいる。
アルベルトは眉をわずかに寄せた。
レティシアは彼をじっと見て、そして言った。
「なんだか思っていたより……普通ですのね、殿下って。」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……普通?」
「ええ。」
彼女は扇子を軽く広げる。
「王太子殿下と伺っておりましたから、もう少し威厳のある方かと。」
微笑んでいる。
だが完全に___見下している。
アルベルトの胸の奥が冷えた。
(なるほど。)
噂は、間違っていない。
「そうか。」
「ですが安心しましたわ。」
「?」
「王太子殿下があまりに優秀ですと、私が退屈してしまいますもの。」
くすりと笑う。
「その点、殿下なら私が導いて差し上げられそうですわね。」
空気が一瞬で冷えた。
アルベルトは静かにレティシアを見た。
赤い瞳は確かに美しい。
だがそこにあるのは、傲慢であり、相手を対等と見ない人間の目。
(この人は、)
自分を、アルベルト自身を見ていない
ただの駒か、王太子の地位だけしか見ていない
アルベルトの胸に、不快感が広がる。
「……そうか。」
もう一度同じ言葉を言うが、声は先程より冷たかった。
レティシアは気付いていないのか、さらに続けた。
「将来、王妃になる者として殿下をお支えしますわ。」
にっこりと笑う。
「安心なさってくださいませ。」
アルベルトは一瞬だけ沈黙し、思う。
(この人が婚約者になるのか。)
政略婚約は理解している。
だが、少なくとも今この瞬間。
好意など一切湧かなかった。
むしろ、
(嫌いだ。)
アルベルトは静かに席を立つ。
「話は終わりだな。」
レティシアが少し驚く。
「殿下?」
「父上のところへ戻る。」
それだけ言うと、彼は振り返らなかった。背後でレティシアの視線を感じるが、もう見る気はなかった。
(こんな人が……婚約者?)
胸の奥に残るのは、嫌悪と不信。
先程まで感じていた緊張は、もうない。
ただ、レティシアの赤い瞳を、これ以上見ていたくなかった。
これは、乙女ゲーム「リリウムの光」での出来事
もう、起こることのないエピソード




