「帰郷」第二節
午後一時十分。実験装置が可動する音だけの静かな空間だった。第二世代を誕生させるための数値はかなり低い。
ーーまた、失敗か。
いすにもたれかかって、舌打ちをした。
暑い、暑い夏の日の昼下がりだった。機器の関係でエアコンはつけっぱなしで、カーテンを閉めていてもそれでも暑い。
暑さで苛立ちを隠せなかった。
読んでいた書類を机に投げた。 内容が頭に入ってこない。連なる文字に飽きてしまっていた。
すると、研究員たちから悲鳴が聞こえて来た。見る限りの数字の羅列で、パソコンの画面が埋め尽くされていく。研究所内にあるパソコン全部だった。雑音が流れて画面が切り替わった。
『十河都がそちらに向かっている。十河孝。あなたには、罰が下されて、崩壊への始まりとなるだろう』
流れてきたのは、無機質な音声だった。性別すら分からない。プツリ、とパソコンの電源が切れて、何も映さず真っ暗になる。都がたどり着くまで、時間はかからない。
もう来なくていいぞ、と研究員たちを突き放した。
******
午後一時二十五分。研究室前の廊下の点灯はチカチカと点滅をしていた。耳を済ませても機械の音は聞こえず、人のいる気配もない。
一呼吸してから突入した。
都に孝は銃口を向けた。 かなり、焦っているのが目に見える。都は焦りで孝の指先が、みっともないぐらい揺れているのを見た。
「面白いほど、弱い人ですね」
鼻で笑った。 他の人には見せない冷たい表情だった。銃口を向いていても、平然としている。武器すら持たず、静かに立っているだけだ。
『人を殺さないで』
心の中にあるのは、美波との約束だった。約束を破らないためにも、都は孝に反撃をしなかった。反撃をしてしまえば、勢いで殺してしまう可能性もある。精神世界に呼び寄せて、じわじわと精神的にいたぶるつもりでいた。
「私を頃ないのか? 憎いのだろう?」
「湊兄さんや山口鈴をなめて、痛い目に合うのは教授です。二人なら、世間を味方につけて、いい方向へと導いてくれると信じています」
「死ぬだけのお前に、何ができる? 強がっているだけだろう?」
「勘違いをしないでください。僕は強がっているわけではありません」
都は意思を曲げようとせずに、背中を伸ばして真っ直ぐ立っている。丁寧に育てた花ではない。大輪の花とは違って、野原に咲き誇る力強い花を連想させる。
奈美がまいてくれた種だった。都が咲かせたのだ。母さん、ありがとうと呟く。これで、『自分』が『自分』らしくいられる。
都が出した選択に後悔はなかった。
「都」
都の名前を猫なで声で呼んだ。 まだ、利用価値はあると思われている。
――教授は何も変わらない。
――変わろうとはしない。
立てた城の壊れていく様を、目の当たりにすればよかった。指を食わせて見ていろと、と思った。
役割は終わったのである。孝の研究所も分析が完了次第、取り壊されるはずだ。あとは、湊たちにバトンタッチする予定だった。
「名前を呼ぶな。呼んでいいのは、湊兄さん、美和、お母さん、美波さんだけです」
「話は平行線だな残念だ」
「僕と教授の間に絆なんてなかった。僕は教授を父親だとは認めません」
「私も同じだ」
都は真っ直ぐ前を見続けた。
ーーあとは頼んだよ。
ーー湊兄さん、山口鈴。
後悔はなかった。
銃声が響く。
都はゆっくりと目を閉じた。




