【day2】(3)-[3]-(4)
「そりゃ、本当に動物的な、『腕っぷし』が権力の証になるパターンは、もう考えなくて良いって解ってるけどさ」
ギンは気を悪くした風も無く微笑を見せ、曖昧な頷きを見せる。
「そうかもしれないね。『国』、特に『国土』というのは〝縄張り〟の別の云い方だし。『権力』『国』は、意外と本能的で動物的なものなのかもしれない。でも、ならば何故、権力に固執する人間に限って、それを認めない――『人間』と『動物』を分けて考えたがる傾向があるんだろうねえ?」
「……え?」
「君が、それをあっさり云えるのは、君だからなんだよ?」
ギンがそう云うと、リオンは若干狼狽え、「ど、どういう意味?」と首を傾げた。
「他の動物にも権力があるんだから、人間にだってあって可笑しくはない――そんなことを、全く思いつかない人間も居るってことだよ。『人間』と『動物』は、違うと思ってる人間は、君が今云ったことが、全く理解出来ないよ? 君自身は、『必要悪』と云える権力の存在を容認、あるいは擁護するつもりで云ったのだろうにね」
「……」
「――君達の〝敵〟になっているイー・ルなんて、凄く面白いじゃないか。君達サヴァナのことは同じ人間だと思っていないのに、何だっけ、孔雀だったかな、雉だったかな……、何か、特別な鳥を崇めてて絶対殺さないんだよね」
「孔雀ッスよ……」
薄く笑みを見せているギンに、リオンは軽く眉を寄せて云った。
「孔雀と鳩は絶対に殺さねえんです」
「……。ああ……鳩もだったっけ?」
ギンは薄笑いを苦笑に変えて、
「かといって、別に、人間と孔雀と鳩を『同列』に考えてる訳ではない。人間は『神』の言葉を聞くものであり、孔雀と鳩は『神』の眷属だが、他の動物はただの『それ以外』、というふうに結局は分けている。だからイー・ルの相当敬虔な信者って、孔雀と、例えば雀を、『同じ鳥類』だと認識した状態で話をする異教徒には腹立てるだろ」
「はあ……」
「……かと思えば…、エグメリークの一番偉い人も、イー・ルとは違う『神』崇めてるが故に、人間だけが神様から選ばれた『特別』な存在だと思ってる――そんなもんだから、そこはイー・ル人と似て、『人間』を『大きな猿』として語る動物学者とかを目の敵にするんだ。で、人間以外の他の生き物は、全部人間のために『供される』ものだと思っている。『供されるもの』だからこそ、『可愛がる』『保護する』ことも、同じ命を持った生物としてじゃなくて、どこまでも上から目線。その命を『人間が』自由にしてよいものだからだと、そういう価値観を持ってるね、あの人は。『人間』より偉い存在は『神様』だけなんだ」
「……」
「――だから、人間の強さの証明として、虎の皮を剥いで敷物にするのも豹の皮をストールにするのも当たり前、昨日まで膝の上で撫でてた猫が自分の手に爪を立てた途端に縊ることも出来る。孔雀の羽は引っこ抜いて扇にしても構わないし、リオン君、知ってた? エグメリークの一番偉い人って、実は鳩のむね肉が大好物なんだよ」
「……ええ?」
リオンが大げさに目を見開いてから、アサギに顔を向けた――「エグメリーク」について詳しいのは、アサギもそうだろうと考えてのことらしい。リオンが「そうなの?」と云うふうに首を傾げると、アサギは軽く肩を竦めた後で、
「そうらしいですよ。――だから、『官僚は予算審議の前に必ず〝オレンジソース添え〟をメインにした夕食会へ一番偉い人を招く』なんて都市伝説が、エグメリークの城下町にはあるんだそうです――『間違えて鶏を使ったシェフと大臣は首を刎ねられた』なんてありがちなおまけ付きですが、エグメリークの名産品の一つが鳩肉であることは確かで」
「今、君から『鳩』って聞いた時、驚いたよ――イー・ルも、よく同盟組んでられるよね。何で君達のことは『悪魔』呼ばわりして、エグメリークとは『同盟』で『友好関係』なんだろう? どっちとも、つくづくどういうつもりなんだろうなって、不思議だけど」
リオンは口を噤んでしまい、アサギも困った顔になった。
――「何で」「不思議」と云いつつ、ギンだって解っている筈だ。たった一言、「利害関係の一致」で済む。だからこそ、イー・ルとエグメリークは、「信仰」というものをナンセンスだと考えているフシのあるCFCとも、手を組めている。その三国、本人達にとっては何の不思議も無い。
しかし本来、「信仰」とは精神的支柱、人が、まず譲らないアイデンティティである筈だ。己のアイデンティティを認めない、あるいは馬鹿にしている、「それがプンプンしている者」とは、普通なら仲良くなぞ出来る筈が無い。
いずれその三国も、同盟を解消し共食いを始めるだろうが――何故なら「世界」を「掌握」する欲求が三国とも同程度強いから――、それまでの限定した期間の話だとしても、「利害関係の一致」という即物的な理由によって「妥協」「瓦解」が可能であるなら、それは大した信仰心では無いのだ。恐らく、イー・ルの本物の敬虔なる信徒の方が、現在のイー・ル体制に歯がみしている筈である、完全に「異教徒」であるエグメリーク、己の信仰と神を小馬鹿にしているCFC、そんな国と手を組んでまで、何故サヴァナに敵対しなければならないのか……と――だが、そういう批判をする民衆が居れば、「権力者」から「背信者」のレッテルを貼られてしまう――。
それを知っている異教徒は、イー・ルの権力者が使う「神」「悪魔」「異教徒」という言葉に、何の重みも感じられないのだ――、ギンの疑問は、要するに皮肉だ。
果たして今のギンの疑問を皮肉と受け取るようならば、イー・ルの権力者も「神」から見てまだ望みがあると云えようが……、権力者としてギンを嗤うなら、最早、彼らに「天国」の門が開かれることはあるまい――。
ギンは相変わらず苦笑を浮かべ、軽く手を振る。
「別に、鳩を絶対殺さない人間と鳩大好物の人間が〝仲良く〟してたって、まあ、それは『どうでもいい』話なんだけどね。特に野生の鳩のほうからすれば、どっちも『警戒すべき、自分より大きな獣』だろうし。CFCとエグメリークも、歴史的に考えたら本来、〝仲良く〟出来る価値観の共有は出来てない筈なのに『同盟関係』でもある」
「……ああ、それは……そうですね…」
リオンはエグメリークのことをよく知らないから、独り言のように云ったギンの言葉がイマイチ理解出来ないが、アサギは「そうか…」と頷きを見せた。
「そして、同盟である以上、その中ではおみそのようにフリュスを相手にしてる。――フリュスと戦してることはどうでも良くはないけど、CFCとエグメリークが同盟であること自体は、僕にとってどうでも良いんだけどね……」
「……」
「――僕が云いたいのはさ……、『人間』と『動物』に明確な違いがあるのだとすれば。そんなふうに、『人間』と『動物』を分けて考えたいのであれば。――その『権力』と『縄張り』の動物的な本能から解放されることが可能である存在こそ『人間』じゃないのか、ってことだよ」
そこでアサギとリオンが顔を見合わせた。
「さっき、少し云ったろ? 僕やアサギ君が『窓口』に居るとなめられる、その可能性が高い。だから『権力』が要るっていう話をした訳だけど……。これも、『もうそういうことはあって当たり前』として話してたけどさ、もっと根源的に云えば、『愚者』っていうより、『人間は動物』って証明みたいなもんなんだよ。外から与えられた『権力』とは違うけど……『序列』を作って、自分より下位だと決めた対象に対して『自分が優位』であるとアピールするっていう。どんなに本人が自分は猿じゃないと思ってても、やってることが猿と同じじゃん。人間が猿と同じじゃないんなら、人間は、そんな動物的な行動を執るべきじゃないよ。そして、人間が猿より理知的であるのなら、そんな本能から解放されることが可能な筈だ――僕は、そう云いたいんだよ」
そこでギンは小さく溜息をつき、
「だけどやはり、解放されてない。――人間にとっても、『縄張り』や『権力』は――外から与えられるものにせよ自分が勝手に作るものにせよ『序列』も含んで――、世界が生まれた時から在って当然のものであり、縄張りを維持、拡張することこそ権力者がやるべきことだという認識も、完全に有って当たり前。それが故に、動物と同じように、同種である『人間』であっても自分の群れ以外に属する者は排斥しても構わない。――人間はやはり動物だ、という証明が、行動上でなされている」
寂しそうな苦笑を見せて云う――。
「その上で――『権力』が『強制力』であることには違いなく、強制力の行使とは、権力者が権力者以外を『支配』することでもある」
ギンはそこで、最初と同じように、卓の上にドームを描いた。が、「いや違う」と云う風に軽く首を振ってから、
「リオン君が今『ヒエラルキー』て云ったから、そっちにするよ」
そう云ってから、ギンは卓の上の一点に指を止めた。
「このテーブルは『民』を抱える『国』、そして……『頂上』の一点に『権力者』が居る、〝ピラミッド〟」
今度は、止めていた指の位置から卓に向かって開くように、手で直線を描く。その軌跡は、確かに〝ピラミッド〟――錐体だ。卓が丸いから、正確に四角錐のイメージでは無いが。
「最早、『権力』とはあって当たり前。民という『群れ』、国土という『縄張り』、その秩序を維持するための『強制力』は最初から在るものでしかない。その結果、……愚者の群れの中には、権力者――それはつまり『支配者』……、この頂点そのものを、目的とする愚者が生まれてしまった」
アサギとリオンは顔を見合わせ、複雑な顔をしている。ギンは相変わらず微苦笑のままだ。
「人間の群れに役割としての『権力』が生じた原初は、『名君』やそれに近い者が権力者だったろう。だが、そんな権力者を、尊敬出来ない愚者というのも、やはり居ただろう、特に『暴君』に近い愚者ならば」
「……」
「『他人と比べて己が富む』ことを望む者は、同時に『他人と比べて損をしている』ことを激しく嫌うからね。自分と比べて他人が富んでいるように見える時、羨んだり嫉んだりすることに葛藤が無い。権力者は、権力者として果たさねばならない大きな義務を抱えているからこそ『上に立っている』んだが、……愚者はそれを理解しない。権力者が自分よりも『優遇』や『庇護』をされているように見える。あるいは、尊敬されたり愛されたりしているように見える。それは、そうされるだけの義務を果たしているからだ、ということが、解ってない。だから、尊敬はしていないのに『なりたい』とは思う」
「――暴君に近く利己的な『愚者』は、上に立った時に得られる利益……『特権』ばかりを気にして、権力者の『義務』には思いを馳せていない、ってことですね?」
アサギが確認する口調で云うと、ギンが「そうだ」と頷いた。




