【day2】(3)-[3]-(3)
「ある意味、『生け贄』の風習がある群れのケースも、こっち――『腕っ節』の側に含めて考えても良いのかもしれない、群れの構成員全員が『ヒステリックな愚者』と思ったらさ。例えば『天災』を防ぐ、あるいは鎮めるために『生け贄』を『権力者』が選ぶ――それで天災が収まるならそのまま権力者。収まらなければ、権力者の器じゃないと見なされて、追放あるいは抹殺。『天災』が『外敵』になった場合で考えると、シャーマンや預言者は前線に赴くこと自体は免除されたとしても、『参謀』として絶大な――ヒステリックな信頼を集めているだろうから、そこにミスがあればやはり追放か抹殺だ」
「……」
「ただ、こっちの場合、『群れが絶える』条件が、『腕力』の方で今云ったのとは、逆のこともありそうだね」
「逆?」
リオンが首を傾げると、ギンは「そう」と頷いた。アサギも頷いていたので、ギンが微笑を浮かべ
「アサギ君、今度は君の方が先に察してるみたいだね」
そう云うと、「云ってご覧」というふうに手を差し出し、アサギからリオンの方にその手を振った。
怖ず怖ずと口を開き、アサギがリオンの方に顔を向けて云う。
「さっきのお話……『腕力』による権力者が『疑心暗鬼』や『利己主義』を持つ『愚者』から追放や抹殺をされる――そんな経緯で群れが絶えるのに対して、『生け贄』の風習を持つような群れの場合は、そんな風習自体へ、つまり『権力の形式』自体へ疑問を持つ人が、先に出てきても良いんじゃないでしょうか。『腕力』の方だと、『腕力が権力』という形式自体に疑問を持ったとしても、実際に強者が権力者である間は、その形式を覆すことが難しいですけど…」
「んーと…?」
もう少し具体的に頼む、というふうに首を傾げたリオンへ、アサギが続ける。
「多分、そういう『群れ』の場合、『生け贄に選ばれることは光栄』なんていう価値観が植え付けられてる、教化がされてるとは思うんですが」
「ああ、それはそうだろうな。仮に俺達がそんな群れに引っ越しでもしたら、気持ち悪くて、とても居られねえ」
「だからこそ『ヒステリックな群れ』なんですけど、――かといって、実際に自分が、というか自分自身よりも、自分の家族とか恋人とかの……愛する人が生け贄に選ばれたら余程、心の底には権力者を恨む気持ちも湧くと思うんです、腕力の方で出てきた『利己的な愚者』と同様に。でもそれは、僕らの価値観からして『利己的な愚者』とは到底思えないですよね。僕らからしたら、生け贄を出させる側、出させて何とも思わない側が、『暴君』か『ヒステリックな愚者』な訳で」
「そりゃそうだよ」
リオンがむすっと口を尖らせて云う。別に、アサギがその群れの権力者である訳じゃないのだが。――実際、自分がその「群れ」に引っ越したことを想像でもしたのかもしれない。
「それで天災なりが収まらなかったら尚のこと恨みますけど、天災がたまたま収まったとしても、そこまで群れのことだけを考えて『喜び』を感じることは出来ないだろうし、群れの人から『感謝』されても素直になれないと思います、どうしたって『悲しみ』や『恨み』がつきまとう――それを表に出すと『教化』状態から外れたことになって酷い目に遭うから我慢するってことはあるでしょうが、逆にそんな悲しみや恨みすら全く感じない程なら、それこそヒステリックだとも思いますし――。その時、生け贄や生け贄を出した家の人……遺族の方に、『感謝』というより『同情』する人が出たり、あるいは、同じように生け贄を出す世帯自体がどんどん増えたりと、『群れが維持される喜び』よりも『己の悲しみ』の方が蔓延してきたら、その風習そのものや、その風習を維持しようとする権力者に対して、疑問を持つほうが当たり前だと思うんです。――こちらもそうした『理不尽』を感じることで、権力者を追放したり、群れの形を変えようとしたりって意志が出てくるなら、『ヒステリックな〝愚者〟が理性的な〝賢者〟となることで、そんな群れは絶やすことが出来る』、って云えるでしょう?」
「ああ……そうか、それで『逆』か」
「こちらは権力者から権力を奪うこと、民――群れの構成員の側から群れの形式を変えることが、『腕力』の方よりは、比較的簡単なのではないかとも思いますし」
今度はリオンがこくこくと頷いた。が、アサギも今度は、そうした「前向き」な説明だけでなく、ネガティヴな補足も行なった。
「ただ、『腕力』の方のお話をやっぱり思い出してみれば、必ずしも『賢者』になれたからってだけでもなく、『愚者』のままで絶えることもありそうですが」
「ってーと?」
「腕力の方と同様、『逆恨み』もあると思うんですよ。ごく単純に……、『生け贄』に限らず、シャーマンや預言者等の言葉を、きちんと聞かなかった者が不利益を被ったとき、聞かなかった自分は棚に上げて責任転嫁するとかして……群れの他の構成員に権力者への不信感を植え付けるとかですね。結局は、『ヒステリックな愚者』による群れの総意が、そのまま権力者を追放する。この場合、群れの構成員側が『暴力』を手段として選択することが『腕っ節が権力』と比べて『即決』だろうし、やっぱり簡単でしょう…。――むしろ、『群れ』がヒステリックであっても、その中には『理性的な愚者』だって居るのは居るでしょうし――自分の家から生け贄が出ない間は黙ってて、その風習や権力に楯突きもしないけど、自分の家から出る、自分自身が生け贄になることになったら、途端に群れを離れたり権力に背いたり――利己的とまで云うと云いすぎだけど、『それまで決して利他的でもなかった』っていう『愚者』は居ると思うんです。――『賢者になれたから』とは云いがたい状況で、そういう群れが無くなった、ってこともあるかな、と」
「ああ……それもそうだな」
リオンが溜息を吐く。ギンも「うん」と頷き、「それも云えるね」と云った。
「それすらも無く――生け贄に選ばれることはどこまでも『光栄』で、権力者の言葉のままに、自分や家族の命を捨てることに何の抵抗もないような教化状態が引き続くならば、それもそれで、きっとその群れは絶えますよね。ともすると、群れの『総意』として『殉死』を選びかねない価値観を持っているのですし……」
眉を顰めてアサギがそう云うと、リオンが「あ~…怖ぇ」と呟く。ギンは軽く肩を竦めただけだった。
アサギはギンに顔を向けて、
「そういうことも考えると、『権力者が前線に赴くか否か』だけの違いくらいで、『生け贄』の風習を持つようなヒステリックな群れと『腕力』が全てである群れは、ギンさんが仰った通り、大きく同じ括りに入れて良いのかもしれませんね――何にせよ、群れのメンバーの命を直接に奪ったり傷を負わせたりする『やり方』……暴力的な権力は、『人間』には向いていない……」
そう云った。ギンが「うん」と頷く。
「別の云い方をすると、『飴と鞭』だね。群れの皆が『名君』『賢者』なら、少なくとも『鞭』は全く要らないし、『権力』がそもそも要らない。『暴君』が集団になったなら、権力以前にお互い〝暴力〟を使って〝利益〟を奪い合う、その結果、そもそも〝飴を持ってる者〟が居なくなり、たった一人残った暴君は――恐らく後悔や呪詛の言葉を発しながら――滅ぶ。……『愚者』の群れは飴だけでも鞭だけでも駄目、『権力』が役割として必要になってしまうが、かと云って〝鞭〟しか手段を持たない権力者、その群れは自然と消滅する。――そもそも『飴と鞭』という言葉が生まれたこと自体、人間の殆どが『愚者』だからだとも云えるだろう。よって『愚者』であることこそ『人間的』でもあるから、『人間』の群れは微細、複雑で難しい」
ギンはそこで二人の間に目を向けて続けた。
「だからこそ、ごく原始的な――少なくとも、現在に続いている『権力者』の原初は、全て『名君』か、それに近い存在だったんじゃないかと思うんだ。そうじゃないと、『愚者』の集団を率いることが出来ない。勿論、『頭ごなしの暴力』が権力の行使のメインだって者も居ただろうけど、それは現在でも健在だ。例えば『法』に則った『懲罰』には、暴力的なものが今でもあるもんね。でも、シンプルにそれだけの場合よりは、行使される場面や方法が厳格で、限定される――その『限定の仕方』が、誰にでも納得出来て尊敬出来る『判断』の下に行われる、そうした判断を惑うことなく下すことが出来る――さっきの話で云い替えれば、飴と鞭を正しく使いこなすことが出来る『名君』。そうした存在があったからこそ、脆弱な筈の『人間』は僕らの時代まで続いたんだろう」
「……」
「しかし――そうした原初から現在までの間に、既に『権力』というものが、定着しすぎた」
ギンはそこで腕を組み、ふう……と一つ溜息をついた。
「本当の理想は、『人間が皆、基本的に〝名君〟〝賢者〟であること、実際の地位には就いていないとしても〝名君〟の資質だけは持っていること』だ。そうであれば、何処かで一時的に『愚者』の数が増えたり『暴君』が生まれたりしても、『強制力』も一時的なもので済んでいた。現在に至るまでに『権力』そのものが無くなっていても、別に不思議でもなかったんだ。だが、『人間』は、そうはなれなかった、人間は殆どが愚者だ」
「……」
「恐らく、『名君』『賢者』になることが出来ない『愚者』は、『名君』たる権力者が、強制力を持って自分の生き方を決めてくれることに頼ったんだ。自分が自分の意志だけで行動することに自信や責任が持てない『愚者』は、誰かから無理矢理に『決定』を下して貰いたがっている。それは実のところ、『愚者』は支配されることを願っているということになる――つまり、より多数である『権力を持たない者』の側が、権力者の存在を求めていた。結果、『権力』は無くならなかった。――そして、現在の僕らにとって、『権力』は生まれたときから当たり前のように存在するものであり、世界が生まれた時からあったものになっている」
「でもさ、それも当たり前っちゃあ当たり前じゃない? ――だって、人間以外の動物にだって『権力』はあるよ、ギンさん。狼や猿の群れにはリーダーが居て、ヒエラルキーがあるじゃん。だったら――『名君』にはなれないから『権力』に頼るっていうのは置いといても――人間にも、動物として本能的な権力――その『概念』っていうか、それが、あるんじゃないかな。権力を持つ方にも、持たない方にも」
別に、ギンの言葉に対して特別に「反論」がしたい訳ではない、素朴な声で「疑問」をリオンが口にした。




