【day2】(3)-[3]-(2)
理解はしたけど釈然としない――そんな声色で独り言のようにアサギは呟く。リオンは「つくづくアサギ――のような性質の者――には、こういう分かりやすいけど殺伐とした『原理』がピンと来ないのだな」と苦笑を浮かべた。
ぱくっと団子を口にした後で、アサギはギンに首を傾げてみせた。
「じゃあ、その最低限の義務を果たしているのに、周囲が『愚者』であるせいで報われないことがある、というのは、どういうことなんですか?」
「それは、二つのケースが考えられるね」
ギンが人差し指と中指を立て、「二」を示した。
「まあ、二つと云っても――アプローチかな、それが少し違うだけで、『権力者が地位を失う理由』としては一つに集約されるだろうけど。すなわち、『求心力の低下』――そう表現すると権力者の側に問題があってのことに思われるのに、権力者由来ではなく、権力を行使される側、群れの構成員の側が『愚者』であることに由来する……っていう、何だか不思議な、ね――」
アサギが首を傾げる。ギンは二本のうち人差し指を残して「一」を表し「まず一つ目」と云った。
「最低限の義務が『外敵に対して最前線で立ち向かうこと』だとすると――裏返せば、外敵に襲われない限り、権力者の義務を果たしているのかどうか、実際に分からない」
「……あ」
アサギが目をぱちぱちとさせる。
「強いが故に、『この権力者が居る限り群れは安泰』だと思わせなきゃいけない、実際に構成員も思っている――けど、それを証明することが出来なければ……その機会がある程度の年月無ければ、『本当にそうなんだろうか』と、どうしても不安――それは疑い――が頭をもたげてしまう」
「え、ええ……そうかもしれませんね」
「結局は、『普段、群れの構成員だけが痛い目を見ているではないか』、そんな気分の方が増してくる。『単に自分達が弱いだけで、この権力者が実際には外敵に立ち向かえない強さだったら、どうなるんだろう?』『この権力者に権力を持たせていて本当に大丈夫なんだろうか』、そういう……疑心暗鬼みたいなものが、平穏だからこそ生まれてしまうジレンマを抱えてるんだな、この群れは。――実際に『外敵』の側も――それは野生動物のこともあるだろうし他の群れのこともあるだろう――、その群れの権力者が相当強いことを知っているからこそ襲わない、ってことなのかもしれないのにね。権力者の方にはその資格――『強さ』と『責任の自覚』が、ちゃんと備わっているのに、構成員の方がそれを信用しきれていないという意味で、求心力の低下」
そう云うとギンは、続きを云う前に碗を手に取り、底に残っているスープと崩れて小さくなった芋を纏めてスプーンに掬い、ぱくっとくわえて飲み込んだ。ふーっと息を吐いて、「ご馳走様」と云ってから、「二つ目」と指を立てる。
ギンが碗の中身を空にしたので、アサギとリオンも少々慌てた風情でスプーンを使う。それを見てギンが微苦笑を浮かべた。二人を急かすつもりではなかったのだが……。
ギンは口を噤み、二人が碗を空にするのを待つことにした。
碗を口元まで持っていきスープを流し込んだリオンが、それをテーブルに置きつつプハーっと息を吐いて「ごっそさん」と云い、アサギも、最後の一口のスープをスプーンから啜った後で、「ご馳走様でした」と云った後、説明を求めるような目をギンに見せた。
だが、ギンは直ぐに先を続けること無く、緩く腰を浮かせる。
「……碗を下げてからにしようか」
そう云い、顎をしゃくる仕草を見せて食器を下げるためのカウンターコーナーを指し、そちらに向かって歩き出した。
グルッと食堂を見回すと、ちらほらと人の姿は見えるが、食事のための食器を自分の前に置いている者は全く居ない。食器を戻すコーナーには少々年配の――アサギやリオンから見ると祖母くらいの――食堂担当の女性が居て、此方を気にしている風である。
尤もだ、とアサギとリオンは納得し、少々慌てた風情で盆を抱え、ギンの後を追った。
食事の時間――朝昼夕の提供時間を過ぎると、「食堂」は魔術士隊棟の「談話室」のようになる。ギン達以外に食堂に居る人物――魔術士達も、水やお茶を片手に何事か語り合っているようだった――少々行儀が悪いが聞き耳を立ててみると、殆どは会議の感想、そこから引き続いて「特殊対策本部」についての討論らしい――〈魔術士〉隊員である自分達は、具体的にこの状況下に於いて何をすべきなのか、自分にだったら何が出来るんだろうか、領主は自分達に何を求めているだろうか……そんなことを提案し合ったり想像したりしているようだ。
「二つ目は、一つ目よりももっと、『愚者であること』に由来してくる。権力者が権力――この場合、『腕力』という方法の強制力を何故行使するのかが理解出来てない愚者」
ギン達もそれぞれ新しく茶を補給して席に戻る。椅子に座って一口お茶を飲んでから、ギンが再び指で「二」を示しつつ云った。
「それは、どういう意味ッスか」
とリオンがギンに訊ねてから、グビッとお茶を飲む。――「腕力」を「権力の証」とする〝シンプル〟な方法について、ギンの云いたいことがある程度理解出来ていたらしいリオンも、今の彼の言葉は直ぐにピンと来なかったようだ。
「『強制力』を行使する理由は、『腕っ節だけ』のタイプでも変わらないんだよ。群れの秩序を維持するためだ。それはつまり、権力者が権力を顕わにするのは群れの秩序が乱れかけている時、ということ。ならば、群れの内部で権力者が強制力としての『腕っ節』を見せざるを得ない『対象』は、群れの秩序を乱した者だ」
「ああ……、うん」
そうか成る程、とリオンが大きく頷いてから、「でもそれって」とギンに向かって少し身を乗り出した。
「『愚者』が理由だって云うんなら、条件というか、前置きが要るね。その権力者が権力を行使するのは、よっぽどの時っていう」
「そうだね」
ギンもリオンに向かって大きく頷いて見せた。――相変わらず、アサギが「ええっと」と助けを求めるような目をどちらにともなく向けている。
リオンは大体分かっているようだから、ギンはアサギの方へ視線を向けて続ける。
「群れの秩序が乱れかけたとき、乱した者に対して『権力』が発動する――『腕力』が使われるっていうところまでは、アサギ君、伝わってる?」
「あ、はい……」
「僕が今云ったのは、『愚者にはそれが理解できない』ってことなんだよ。『自分が』秩序を乱したから――まあ、殴られた――蹴られるんでも噛まれるんでも何でも良いんだけど――ってことを、粛々と受け入れられない、愚者」
ギンがそう云うと、アサギは、コップに口を付けてから、まだ首を傾げた。
「自分に暴力が振るわれるのが判ってて、粛々と受け入れられる者も居ないと思いますけど……」
するとギンが苦笑して手を振った。
「ああ、表現が不味かったな、そうじゃなくて。一度その『腕っ節』を見せられたら、その後、群れの秩序を乱すような行為をしないんなら、それはちゃんと受け入れたってことになる。そういう意味さ。――愚者は、それが『解ってない』から、痛い目を見たとき『クソウ』としか思わない。『でもこの権力者が居る限り群れは安泰』だと考えない……『群れの安泰を外敵でなく内部の自分が壊しかけた』という理解が出来てない。だから、群れを乱す行為を繰り返す。その可能性がある」
「……」
「そういう愚者は、群れの秩序を乱さないこと――云い替えれば『公・共』の安寧よりも、『私』『己』の快感や不快感の方が先に立つから、『群れの秩序を著しく乱した』ことに対する後悔や反省よりも、『自分が痛い目を見た』ことに対する不快感や怒りの方が強い。反省しないから、また己だけの快感や利益を求めて痛い目を見る――すると当然、権力者への不満が増していく」
「要は逆恨みだな」
ギンの後に引き続き、リオンがアサギに顔を向けて云う。
「ただ、それを『逆恨み』って云うためには、権力者の方は正しくなきゃいけないから、普段『腕っ節』見せる場面は限られてなきゃいけない。そういうことだよ、『前置き』ってのは。『よっぽどの時』にだけ強制力が行使されるっていう、群れの、全てとは云わなくても殆どの者が納得出来るような判断、理由が無いとさ――何かちょっと失敗したくらいでちょくちょく手が出るような奴が権力者だったら、そっちの方がもう解りやすく『暴君』に寄りすぎてて、群れのメンバーの方が可哀想だもん、『愚者』の『逆恨み』とは云えないだろ」
「――そういうことですか」
アサギはそこで「解りました」と頷いた後、「それで?」というふうに首を傾げた。ギンが続ける。
「そういう感じの、かなり利己的な愚者が、ごく一部、少数であれば、権力者が最終決断を下すより前に、他のメンバーから追放されたりするかもね。そういう群れは恐らく、強さの違いで『権力の序列』があるだろうから、最高権力者の判断より前に〝弱者よりは強者〟が、それこそ『貴方が出る幕じゃない』って感じで小さな判断と権力の行使をしてもいるだろう。しかし、そうした愚者がある程度の数揃ってしまうと……そこに加えて、先に云った『平穏であるからこその疑心暗鬼』が生まれた状態に群れがなってしまったら、群れの総意が権力者への叛意になる可能性がある――もしかすると、平穏だからこそ、そこに胡座をかいて生まれる『利己的な愚者』ってのもあって、それでなし崩しになってくってこともあるかなあ――。利己的であるが故に権力者を恨む愚者、権力者が権力の証である強さを持っているからこそ生まれる愚者――権力者が義務を果たしているにも関わらず、愚者の集団が権力者の追放を考えるようになってしまう。大きな矛盾だね」
「……」
「しかし、群れの総意すら跳ね返すほど、その権力者の『腕っ節』が物凄かったら、権力者は自分の群れの構成員を全滅させることになってしまう。それはそれで、『群れの消失』だ」
アサギはそれを聞いて、寂しそうに……あるいは不快そうに眉を寄せた。ギンは苦笑して軽く肩を竦めた。
「だから――そもそも『腕っ節』を強制力の手段とすること、極めて動物的で解りやすい、シンプルなその方法は、『人間』に向いていないんじゃないかってことなんだよ、アサギ君。僕はそれで、『そうした群れは、原初から考えると一度絶えているのではないか』って云ったんだ」
「ああ……! はい、解りました、そういうことだったんですか」
再びアサギはこくこくと頷く。




